この暑さで体調を崩されたかたも多いかと思います。
私も久々に気管支炎からぜんそくを起こしました。

なかなか治らないけれど会社も休めない。
この暑さだから外でのマスクは苦しい。

そんな道すがら、いきなりたばこの煙を吸い込んだときの
苦しさったらありません。

ただでさえ呼吸が苦しいのです。
その状態で、たばこを吸っている本人より危険な
副流煙を吸わされるのです。
しかも、他にない同じ道を駅まで同じペースで歩かれたら・・・

わかるでしょうか?この苦しさ。
外なら煙が薄まってたいしたことないでしょう
と思われるかもしれませんが、
5メートルくらい離れても、臭いは漂い、苦しいのです。

たばこは中毒なので、我慢できないという理屈はあるでしょう。
でも、とりあえず、普通に歩いている人の中にも
こんな思いをしている人は結構多いのです。

人に火をつける危険性や、町を汚すこともあり、
やはり、歩きたばこはやめていただきたいです。

本人に悪気がないのが分かっていても、
つい、気持ちがむっとするし、
ちょっとした恨みの感情も投げてしまいます。

私の発する悪意が相手に飛んで刺さってしまいますね。
原則としてそれはまた私にも返ってくる・・・という
いやーな循環を起こします(TT)

知らないうちに、人の悪意を受けないためにも
歩きたばこ防止にご協力くださいm( _ _ )m

kiyomi☆

当社で応援している


お坊さんであり、社会活動家でもある中下さんが
孤独死に向き合うさまざまな活動をしています。

彼の活動の「自殺と貧困を考えるシンポジウム」から生まれた本が
今までの出版常識を覆す形での発売になりました。

「自殺と貧困から見えてくる日本レポートブック」

なんと、販売価格の50%が社会活動費に充てられます。
今回の収益の半分は、日本でもっとも自殺者が発見されている、
富士の樹海のある富士吉田警察署エリアから、
生きる支援ネットワークを作ります。


その、出版記念イベントが9月2日に開かれます。

■日時:9月2日(木)19時~21時
■場所:淀橋教会

    (新宿区百人町1-17-8)
    JR新宿駅から1つ先の
    JR新大久保駅改札左側(山手線)徒歩3分
    JR大久保駅北口改札右側(総武線)徒歩1分

■入場料 無料(当初は有料でしたが無料になりました)

孤独死問題を知りたい、考えたい。
本の出版形態に興味がある。
NPOなどで活動について参考にしたい
中下さんや精神科医の香山りかさんに会いたい方など、
ご興味のある方はぜひいらしてください。

私は当日本を販売しています。
本は1200円でーす。


kiyomi☆


ここ数カ月でいくつかのケア関係のセミナーに行きました。

みなさん素晴らしい活動をなさっています。

孤独死を無くすため
行き場のない子供を救うため
家族の死から立ち直れない人をいやすため
自殺を考える人と向き合うため

皆様のパワーもすごいです。
でも、どこでも同じく感じたのは
背中に回るととても疲れを感じて痛々しくもありました。

そして、ご本人からも言葉でSOSを発信されていました。
支える側(自分たち)が倒れる。
支える側を支える制度が欲しい、と。

アメリカではカウンセラーは、別のカウンセラーに
自分が自費でカウンセリングを受けることを
義務付けられるようです。
しかし、自費・・・。

こうなると、やはり「行政」になるのか、
自主的なサポートのサークルが出来た方がよいのか。

同じような内容でも、団体ごとのポリシーが微妙に異なるので
完全な連携がしにくいのも難しいところです。

自分としては、行政では時間がかかりすぎるので
「わ(輪・環・和)」の協力体制ができないかと思います。

自分の所属団体は何をできるのか。
と、いうか自分がひとりでも何をできるのか、ですね。
とてもとても小さいことでも、見つけたらその場で行いたいと思います。


kiyomi☆








一体何をしている会社かと言われる当社ではボランティアで
「いのちのフォーラム」 という場も提供しています。
(私はいのちのフォーラムの事務局員でもあります。一人きりですが・・・)

そこでは約月に一度、いのち、生きることに関する
様々な活動をしている方を招いて
中下さんという中心者とともに、フォーラムを行っています。

9日は「橘ジュンさん」という女性で
渋谷で行き場のない少女たちに寄り添う活動をしている方です。

彼女の話は行き場のない少女たちの
心と体と命の問題でした。

そのなかで、生きているのに自分が居ない、分からない
という話がありました。
回りに合わせて。家族に気を使って。
または家を飛び出して話す相手もなくて。

寂しい・悲しい・死にたい・自分が空っぽで
自分がいるのかどうかさえ分からない
と思う少女があまりにも多いことを聞きました。

そして、情報不足から、悪い大人の餌食になってしまうことも多い。
少女には、行き場が必要でそれを橘さんが必死で作っています

でも、心の面では、これは少女に限らないですね。
私の回りの一見満たされている主婦も
ニートの男性も、家族に阻害されているお父さんも
自分が生きている気がしない・・・。

生きようと思えばそう簡単には死なない程度の恵まれた「日本」の
全体的な傾向だと思います。

「自分」はいるが、自分の中身はからっぽ。
表面的なつきあいしかなく、
考えることはテレビやネットの情報のコピー。ハリボテのよう。
わたしは「中身はだれにもある」と思っています。
使わないと退化するように
見えにくくなっているだけなのだと。

昔のひとは中身がパンパンにありましたよね。
医療も進んでおらず、食べ物も満足でない時代、
なぜでしょう。

地に足を付けて生きて、自然や命を見つめ目をそらさず
命が先祖から受け継がれてきたことを知り、
食べ物も、命も与えられていることの感謝を
忘れずに生きていたからではないかと
自分は思います。
死も葬儀も日常でした。命の循環も感謝も日常であったのです。

人間は自然の一部です。自然から離れるほど、
色々と狂って行きます。地球も狂ってきています。
間に合うでしょうか。

間に合わなくても、寿命を延ばしたい、と思いますね。
自分の家族のように。

kiyomi☆
ちなみに、うちの本業は葬儀後の香典返しやら、仏壇やお墓、手元供養やらの
販売なのです。

きのう、地元のビジネスホテルのランチに
久々に行った時のこと。

地味なホテルですが、味はかなりいい。
997円からコースがいただけます。
でも、人員が足りない。

10テーブルくらいあるのに、
当日の顧客対応が年配の男性1名のみ!
しかも口調が
「あ、つぎのつぎね。」
あちらの椅子でお待ちくださいも、順次およびいたしますもなし。
ホテルでしょう?ここは。
とんでもない対応に、私たちの前の組は
「とんでもないわ、ここ」と帰る始末。
でも、美味しいし、10分くらい待つ。

席について注文のとき、997円のコースに
デザートがついて1280円のコースがあるのですが、
1280円のコースを頼みかけたら
先程の無愛想な男性が
「ああ、それなら、はいこれ」と紙きれをテーブルに置きました。

よく見ると地域のフリーペーパーのデザート無料クーポン券
「それつけると、1280円のランチが997円になるからね」
にやりと笑って戻って行きました。
友達と顔を見合わせて「町の個人食堂?」

とても美味しくいただきまして、帰りのレジで997円を払おうと
「デザートご馳走様でした」と、10000円札をだすと
先程の男性がじっと顔を見ています。

「・・・もしかして・・お札大きいですか?」
「ここはみんな1000円札握って来るんだよ」
ホテルでしょう!ここは!?駅の側だし一応ビジネスだし・・・。

しかたないねえ、とお釣りと共に
先程のクーポン券をまた2枚くれました。
「5月いっぱい使えるからね」

うーーーーん。。。。。
でも、なんだかまた5月中に1000円握ってこようかな、
と思わせるのはなぜなんだろう・・・。

kiyomi☆