フォーラム

 「自死・自殺をどうとらえるか~遺族とのかかわりから考える」

へ行ってまいりました。


とても深いパネルディスカッションでした。


全員が長く深く経験を積まれているパネラーの

ひとことを丁寧に考えながら紡ぐ言葉は

静かに染み渡るような内容でした。



全員が自死(自殺)を善悪では考えず、
選択肢のひとつという認識があります。

死にたくなることは当たり前にあり

死を選ぶという選択肢はある。

(けっして自殺を勧めてはいません。全員止める努力をなさっています。)



ご家族が自死された方が持つ自責の念を
どう解放するか、という話もあれば

経験者でもあるパネリストの

自分は自責の念を持ちづつけることで

亡き人への想いを確認しながら生き続ける

という選択肢も示されました。



印象的な話ばかりでしたが

ある子供が苛め抜かれて家にも帰れず道端に座っていたとき

通る大人の「そろそろ帰ったほうがいいよ」などの声掛けに対して

(わたしはこの人の目に見えているんだ。生きているんだ)

ということで自分の存在を認識したという話は衝撃的でした。



その子は大人になり、自分の道をみつけましたが

同じように追い込まれている子供も今でもたくさんいるでしょう。



僧侶の前田さんはよく相談者の方に

自殺したら、地獄に行くのか?と尋ねられるそうです。



前田さんは否定されるそうです。

本当につらい状況の場合、釈迦もそれを黙認し

地獄に行くなどとは一切言っていない、ということです。



他の僧侶のかたもそれぞれの考えがあります。

パネラーではないある僧侶の考えでは

自殺は罪だと言い切るそうです。

自分であれ他人であれ、「殺す」ということ、それは罪です。



でも、誰の罪なのか。

自殺した人の罪ではなく、この世の皆の罪であると言います。

ではこの世の皆はどうしたらよいのか。

罪を償わなくてはなりません。



今ある命を輝かせていくことが罪の償いであると

その方はおっしゃるそうです。


私たちは今このとき命を輝かせているでしょうか。

宇宙船地球号は運命共同体であるということは

こういうつながりもあるのだと

改めて思いました。



◆パネリスト:

  ・尾角 光美さん

Live on代表)

  ・鵜戸西 努さん

(キリスト教牧師 宮崎市郡医師会病院カウンセラー)

  ・前田 宥全さん

(正山寺住職 自殺対策に取り組む僧侶の会副代表)

  ・若林 一美さん

(立教女学院短期大学長 ちいさな風の会世話人)

 コーディネーター:

  ・藤澤 克己さん

(安楽寺住職 NPO法人全国自死遺族総合支援センター理事)


kiyomi
















「想いの時」 に、ある能力のある方が遊びにみえました。

深くは説明できませんが、

普通の人がわからないことがわかる人です。



手元供養品や仏壇など、大切なものが置いてあり

温度湿度管理も考えて

「想いの時」の窓は締切りです。


その人は

「いい空気だね」と言って静かに手のひらを床のほうに向け

「風が吹いているね」

とおっしゃいました。


それを聞いて私も嬉しくなりました。

なんとなく、そんな感じがしていたからです。



私はかって、風をくれる人に出会ったことがあります。

その人の近くに座った時

まるで森のようにさわやかな風が吹いてきました。

風のない室内でのことです。



スタッフと

風を止めないように、きれいな場所にしようね

と話しました。



風が止まってしまったら私もいなくなるかもしれません。
なんて、かなり先の話ですが。



kiyomi








あけましておめでとうございます!!


氏神様に新年のご挨拶におもむき

恒例の50円のおみくじを引いてうきうきして開いた・・・あと

普段は持って帰るおみくじを思わず縄に結び付けて帰ってきました。


うわ~。今までで最もシビアな内容が出ました。

今年は災いオンパレードだそうです。

家族も災い、仕事もだめ、利益なし、

失せ物は出ない、待ち人は来ない、縁談もだめ(これは関係ないか)

ひどい嵐のあとに雪が降り積もるそうです・・・。


全て良くない。待て。控えろ。こんなおみくじ生まれて初めて見ました。

これは大凶だと思ったら、この内容で「小吉」!

えええっ!!??


一呼吸考えて縄に結び、神さまに向かって

新年にこれだけ覚悟させていただけたら

何が来ても大丈夫です、頑張ります、

ありがとうございました。

と、お礼を言って帰りました。


妙にすがすがしいのはなぜだろう。

今年は気を引き締めて頑張るぞ!!


Kiyomi

今年もあと1時間というところで書き始めました。

年内に書き終わるでしょうか?



「想いの時」 にある手元供養品、仏壇、仏具の大多数は

私が直接対話して買っています。

人とではありません。商品とです。



見つめあい、「想いの時 」にふさわしいかを考え、声をかけます。

「うちに来てみる?」(あやしい・・・)



商品はほぼ買取です。売れなければ赤字です。

そうして迎えた商品には日々声をかけます。



これは私だけではありません。

散骨のメモリアルスタイル・セレモニー 担当の

松本美貴ちゃん (すみません、敬称つけます)

も同じような感覚の持ち主なので、磨きながら

「あらー、君はここが素敵ねー」

のような声掛けをしています。



私たちは、迎えた商品を愛しているのです。

また、そういう商品でなければお客様には勧められません。

中には欠点といえる個性のあるものも居ます、いえ、あります。

欠点は素直にお客様に伝えます。

愛とは甘いだけではだめなのです(母としての信条)



仕事にせよ、生活にせよ

愛がなければそのことにイノチが入らない

というのが私の信条です。



特にこの類の仕事に関わる人には

HOW TO より、気持ちだと思っています。

自然にそれができる人が

葬に関わる仕事には多いと感じています。



2012年は楽な年ではないでしょう。

だからこそ、一番強い力「愛情力」を皆で持ちながら

迎えたいと思います。



皆さま、よいお年を!



kiyomi











昔、日本人は形見に髪を持ったりました。

昔は火葬の習慣はなかったので髪だったのでしょうか。

いつ戦で死んでしまうかわからない中、

生きているうちから渡せるものだったからでしょうか。



火葬が半ば義務化された今では

形見にご遺骨という方が増えました。



今までも、お墓にご遺骨をいれてしまうのは寂しい、しのびない。

だから入れないでそのまま置いておく、ということはありました。

しかし、お墓に入れるときは全部入れる、

という二者択一のような雰囲気がありました。



一部を堂々と持っていてもいい、という視点は
抜け落ちていたのでしょう。
ショールームにいらしたかたは
「こういうものがあったの?こういう方法があったの?
 知っていたら欲しかったのに」

と、残念がる方がかなりいらっしゃいます。



さらに、今年は未曽有の震災がありました。

お墓や仏壇に対する意識も大きく変わり始めています。



伝統の各宗教の心、供養の視点も守りながら

時代に合った供養の視点を提案を

ショールームでも、このブログでも

行っていきたいと思っています。

 

↓「思いの時」ギャラリーでお待ちしている

ご遺骨の入るお地蔵さんです掌に乗る大きさです


メモリアルスタイルのブログ ~大切な人を亡くした方のお手伝い~




kiyomi☆