メメントCの世界 -27ページ目

メメントCの世界

演劇ユニット「メメントC」の活動・公演情報をお知らせしています。

まっくらやみー2

 

 

とりあえずの脱稿をしたものの、謎は深まります。

あれこれと考えている時に、たまたま、2014年の「ダム」か「安全区」かどちらかでお世話になった北九州の

谷瀬さんとチャットで話す機会がありました。

そこで、抱僕というキリスト教教会のNPOが、あの工藤会事務所後に、寄る辺ない様々な人のシェルターを作るというのだという

話を聞いたんです。その中で何でまたそういうものが必用なのか?という話で、炭坑労働の歴史的な特徴について話すことになりました。

 

私が資料していたのは、上野英信さんの「追われ行く坑夫たち」「地の底の笑話」や、もちろん、森崎さんの聞き書きシリーズです。

その中で、下罪人、下罪人という言葉が去年からとても気になっておりました。

そんなつらい名前って何だ~~???ということで、まあ順々と読書していくなかで封建から近代工業化、殖産とか富国強兵とかの、闇をたっぷりとみることになりましたよ。

 

江戸時代、佐渡金山が有名ですが、流刑囚などを鉱山労働に苦役として従事させて、懲罰と労働力のダブルおいしい事を江戸幕府はやっておったわけです。

いろんな公共事業的なことは、明治政府もそのやり方を踏襲しました。

で、九州の炭鉱労働もそうやって始まっていたので、囚人が鎖に繋がれたまま、掘って掘ってまた掘っていたわけです。

それで、病気になったり、事故が怒っても、死んでも平気、という感覚で労働させていました。

そういう囚人労働現場に、明治維新でくいつめた人々が全国からどっと来る。それで、一緒に仕事している間に、

炭坑労働者は下罪人という差別的な偏見が定着したのでした。

懲罰がものすごい。キリシタン弾圧か!と思うような縄で縛りあげてつるしたり、逆さにつって火であぶったり。もちろん、死にます。姦通の場合に、裸にして道で貼り付け状態で、通りかかった人に陰部を叩かせるっていうのがありました。

これには、キリシタン弾圧は関係してないのでしょうか?それとも、日本人ってそういうのが好きなんでしょうか?

もう、悲鳴続出です。

 

なんとまあ、恐ろしいことでしょうね。それで、その人権無視の労働力として、帝国主義になると植民地の台湾とか、沖縄とか与論島とか、朝鮮半島とか色々なところから、人を呼んで来ましたよ。それで、こき使うわけです。

非常に危険な労働を担う人を差別的に拘束するわけです。

これって、今でもあるやつです。技能実習生とか入管とか、恐ろしいです。

 

ああ、恐ろしい、しか言ってませんね。

 

森崎さんは、朝鮮半島で育ち、支配者階級としてチョゴリを着たオモニに背負われて過ごしたそうです。

お母さんは病気で早々となくなり、終戦間際に引き上げて女学校に入ります。

それで、日本に帰国して初めて、肉体労働する日本人、を見たそうです。

ぶったまげます。

そして、美しい標準語の日本語しか話さない自分、個人主義の核家族で育った自分、女学校で高い教育を受けて来た自分と、

敗戦の日本の折り合いを付けられずに悩み苦しんだそうです。

森崎さんは、自分が異邦人であること日本の封建的な価値観と相いれないことをつぶさに感じたのですが・・

舅も姑もいない新婚生活の中、子どもを二人、当時珍しいラマーズ法で産んで、夫とその喜びを分かち合っていたはずなのが・・・

 

ひたすら、だったのに・・・が続きます。

 

帰国子女なのか、現代の女学生がタイムスリップしたのか、森崎さんは子連れで自分探しを始め、炭坑地帯に行ったというわけです。

労働者階級の中での「サークル活動」を中心とした生活は、彼女の日本へ対する思いをまた変えて行きました。

サークル活動でなんで、生活できるのか?私の大いなる疑問ではありましたが、やりくりの大変さは、上野英信さんの奥さんが書かれてた「キジバトの記」にあります。まあ本当に大変な貧乏。

彼女をそこに引き出したのは、谷川雁という詩人です。その谷川とは・・・(続く)

女を探して・森崎の原点

 

 

とりあえず脱稿して、雑務におわれまくってます。こんなに根を詰めたのは何時いらいか?

別に他の作品に根をつめてないんじゃなくて、森崎和江の闇と闘ってグラグラです。

主なメインストーリーは、森崎和江の女坑夫からの聞き書き「まっくら」ですが、

題名はまっくらやみ、とつけました。なぜなら女の闇は真っ暗闇なんです。

闇黒の穴の中で働く女、闇黒の闇の中に囚われる女。

森崎さんのある一時期を辿るのには、谷川雁との同棲時代を外せませんし、そこが彼女の「原点」でもあります。

二人の恋愛や共同生活は、今の私には想像もできないようなある種の野蛮と前近代が土台にあるように感じました。

 

私の母は今、84です。彼女の人生は正に労働との格闘でした。

女坑夫らの話の中には労働が人生の中の食事、と同じ位離れないものだというのが分かります。

それで、無産者(ホワイトカラー)からは想像もできないのですが、長時間の肉体労働が当たりまえなんです。

全く、私の様に原稿を書くのが大変だの雑用がいっぱいとか、芝居がどうのこうの、を寄せ付けない極北な

労働人生を女坑夫らは生きてました。

しかも、女性の特性を待ったく無視したような肉体労働なのに、なぜか、女性の労働者が男性よりも活き活きと労働を語るのです。

上野英信さんの、「追われ行く坑夫」の話などは、本当に悲惨で、悲惨で、どこにも生きてる陽の部分を感じられませんでしたが、「まっくら」に登場する女坑夫は待遇などに恨みはあっても、労働に恨みを見出しがたく、働くことと男女が五分五分に

坑内で石炭を掘ることによって、自由と主体を手に入れている様子がうかがえます。

 

何をしてその違いを生じさせているのか?

 

森崎さんの問い掛けは、核家族で自由でインテリ女性から、ブルーカラーの最底辺の問い掛けです。

そこの中で、自分とは何か?という疑問に突き動かされる森崎さんと、労働する存在であることを疑わない女坑夫らの

土台の違いに、知性や学問というものが見出し得ない人間の作られ方を感じるのでした。

 

簡単に言うと、動くのに働くのに前提を必用としない女坑夫。そして、男女が五分五分だという炭坑内の労働環境。

そういうものが、教養とは違うプライドと経験則による生きる術が個人の尊厳を揺るがないものにしているようです。

 

植民地で支配者階級として暮し、女性としても高学歴だった森崎さんは、著書の中で「私は日本人が泥だらけになって働くのを、引き揚げてから初めて見た。」と書いてます。肉体労働は被支配民族の仕事ということだった時勢です。

そういうわけで、彼女の当惑と日本への馴染めなさは、カルチャーギャップを飛び越えるほどの衝撃だったわけです。

 

続く

 

 

 

椿組公演「まっくらやみ」 脱稿しました!!

 

 

気が付いたらサッカーが終わっていました。

我が町は鷺沼で、鷺沼兄弟でフィーバーしていたようです。

ああ、森崎和江を理解することができたのかどうか?いろんな疑問が湧き上がるなか、書いて書いて書いて。

すこしずつ、森崎さんを理解できたような気がします。

ここ数年で、最も重く振れ幅が大きいような脚本になりました。

しかし、モンスターの様な人です。

本当に恐ろしい。

でも、少しは彼女の孤高とエロスに近づけたようにおもいます。

 

なんと!!この作品は、全ての助成に落ちました!!なんでだ!!!わからない!!

まあ、自分の納得と時代の流行は会う訳ではないのですが、森崎をやる!という初志を貫かせてくれた外波山さんに感謝です。

何でかわかりませんが、2018年の椿組も、堀田善衞と加藤道夫さんの青春という超文学ド直球でした。

劇団四季でもないのに、加藤道夫さんのことをやっちゃったのです。あの「かくも碧き海、風のように」も

忘れられない作品です。文学やりながらエンタメでした。

 

今回は、女性の凄さというか驚くほどの闇と光に、観客はぶったまげるでしょう。

と、自分で煽っておきます。

日本のアレクシエーヴィチともいえる森崎和江と筑豊の旅、是非、ご覧ください。

チケットは、メメントCまで、mementocdefg@gmail.com でメールいただくか、

チラシのQRでお申込みください。

 

椿組2023年春公演 

「まっくらやみ・女の筑豊(やま)」

作:嶽本あゆ美(メメントC) 

演出:高橋正徳(文学座)

主題歌:山﨑ハコ

■2023年2月9日(木)〜19日(日)11日間・14ステージ

■木戸銭:指定席4500円/自由席4000円/

学生・養成所割引:3000円/中高校生2000円/小学生1000円 

◎予約 椿組:☎︎080-5464-1350 Mail:tsubaki.ticket@gmail.com

◎予約フォーム:https://ticket.corich.jp/apply/210536/

[木戸銭発売日:2022年12月15日(木)14時より]

[出演]

田渕正博/木下藤次郎/趙徳安/斉藤健/井上カオリ/長嶺安奈/岡村多加江/山中淳恵/望月麻里/土屋あかり/鈴木彩乃/佐久間淳也/辻親八/水野あや/山本亨/外波山文明

椿組クラウドファンディング進行中です!!

https://motion-gallery.net/projects/tsubaki-gumi

「まっくらやみ・女の筑豊(やま)」メインビジュアル解禁!

 

黒田征太郎イラストのチラシです‼️

 

ついに、ついに、チラシのビジュアルが来ました!

脱稿も、8合目です。いや、熱い熱い。灼熱の炭鉱で日夜、脚本を書いております!!

決して蕎麦屋の出前ではありません!!!!!

 

 

私ごときが大胆にも、森崎和江、谷川雁の1958~1964年、そして、「まっくら」に描かれた女坑夫の物語を、

書いております。もっと年をとってから書くものでしょうが、いやはや、森崎女史のエネルギーが凄いので。

年をとってからでは、力がもたない!!!しかし彼女の探し物、それは本当の女ですが、女が女探してもみつからない。

女ってなんでしょう?

椿組の熱量と演出の高橋さんの剛腕に期待します!(無責任)

でも、本当に大変な戯曲になりそうです。青春の門・筑豊編ではあありません!

女のヤマの話です。

 

チケットは12月15日からですが、メメントC予約を承ります。

チケットを郵送いたします!!良席が限られますのでお早目に!

DMは12月半ばに発送します。(早すぎ?)

来年のことですが、ご予定が決まりましたら、

メールで、

mementocdefg@gmail.comまでメッセージください。

お申込み方法を必ず返信いたします。

 

 

 

 

椿組2023年春公演 
「まっくらやみ・女の筑豊(やま)」
作:嶽本あゆ美(メメントC) 
演出:高橋正徳(文学座)
主題歌:山﨑ハコ

■2023年2月9日(木)〜19日(日)11日間・14ステージ
■木戸銭:指定席4500円/自由席4000円/
学生・養成所割引:3000円/中高校生2000円/小学生1000円 
◎予約 椿組:☎︎080-5464-1350 Mail:tsubaki.ticket@gmail.com
◎予約フォーム:https://ticket.corich.jp/apply/210536/
[木戸銭発売日:2022年12月15日(木)14時より]
[出演]
田渕正博/木下藤次郎/趙徳安/斉藤健/井上カオリ/長嶺安奈/岡村多加江/山中淳恵/望月麻里/土屋あかり/鈴木彩乃/佐久間淳也/辻親八/水野あや/山本亨/外波山文明

椿組クラウドファンディング進行中です!!
https://motion-gallery.net/projects/tsubaki-gumi

雲霧仁左衛門「龍 三益高根の雲霧」感想まとめ

 

中山精一

 

『吉原の中江別館 金村のお座敷で恒例の江戸人情噺

駒塚由衣 江戸人情噺「龍見益高根の雲霧(りゅうと みますたかねのくもきり)」作: 藤浦 敦

 

話は、「雲霧仁左衛門」の話であるが、池波正太郎の雲切、山崎努のニヒルな雲霧を描いていたが、そこは藤浦先生。江戸時代中期の享保年間に活動したとされる盗賊。池波さんが近くにと言っても、500M先辺りにお住まいだったので、興味深い。因果小僧六之助、素走り熊五郎、木鼠吉五郎、おさらば伝次、七化お千代も登場しない、登場人物4人の藤浦版。

 「肥前の小猿が鰍沢から富士川沿いにすうっと下ってきまして、駿河街道を宮ノ花の宿場に着いたのは10月はじめのことでありました」とすっーと、ゆったりと語り始めると情景が浮かぶのです。

 「鰍沢」か、日本三大急流のひとつ富士川に面して、三つの川の合流地点であり、舟運の拠点、鰍沢河岸、落語で有名だなと思いながら。すうっと下るとあるが、下部温泉、身延山はどうしたと思いながら。色が濃いから避けたかな。いいリズムだね。10月初めということは旧暦で11月。紅葉はどうかと・・。

 印象的だったのは、雲霧の「寝顔」。やられましたね。これは山崎務ではなく、中井貴一の方が近いなと思う。「無垢」で可愛い仁左衛門。「無垢」で可愛い仁左衛門、そんなわけないだろうと思いつつ、術中に嵌っていく。そこは、駒塚さんの女性ゆえの慈しみも感じる。

 そんなこんなで、万沢の宿まで下ってくる。

 ・・・ネタバレしたら面白くないので・・・

 藤浦さんの「凄み」は学識の深さ、雲霧仁左衛門の話の元ネタは、歴史学者の大石学によれば、安永7年(1778年)に甲斐で起こった盗難事件を元に、後世の大岡政談で大岡忠相が裁いたと創作されたというから、何らかの根拠がある、

 越中には「立山」、加賀には「白山」、そして駿河の国には「富士山」と語っていく。日本三霊山をさりげなく。

 富士山と書くのは近年、「福慈岳」、二つとない山ということで「不二山」、山頂の雪がなくならない(尽きない)ということで「不尽山」なんかもある。ペコちゃんの不二家の「不二」も、「ルパン三世」に出てくる峰不二子の名前も。山辺赤人が「田子の浦ゆ、うち出でて見れば真白にぞ、不尽の高嶺に雪はふりける」という歌が万葉集に。秦の始皇帝から「不老不死の薬を持ってこい」とむちゃぶりされた徐福がここに来たという話から「不死山」。

 11月27日まで、吉原 さくら鍋中江別館にて。

 吉原商店会長の「吉原」の蘊蓄も。今回は桜鍋「中江」のご主人が語った吉原、いいね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

嶽本あゆ美

『藤浦先生の新作、「龍 三益高根の雲霧」駒塚由衣さんが10年続けている江戸人情噺、藤浦敦先生の新作。

こういう題名は何を意味するのか、勉強が足りない私は、文字を読んだだけでは俄に分からない。

けれども芝居のラストがそういうことなのね、とつくづく納得しました。

錦絵の様な世界というか、藤浦先生は情景の描き方が凄まじい。絵がどんどん見えてくる。

以前、よく聞かせてももらった「妲己のお百」も「猫頭」も、江戸時代の街の様子が手に取るように語りで繰り広げられる。

どうしてああいう風に書けるのか?しったこっちゃねえ、まだまだ修行が足りねえよ!!と声が飛んできそう。

今回の、雲霧の話は、最初の出だしからすぐに町の旅籠の薄暗い部屋に持っていかれるし、登場人物に馴染みがなくても、その情景の細かな色合いが伝わってくるので、ひたすら絵を追っていくような、不思議な体験となしました。

ある名詞とか、形容詞、オノマトペを語る時の声や温度の高さ、軽重、色合い、乾き具合、湿り気、そういうものがぴたっと来ないと、音は絵にならない。

聞いているだけで、ひりひりしたり、寒くなって腕をかかえたくなったり。

足の裏に地面のごつごつした木の根道を感じたり。

富士川のひやりとした冷気が漂ってくる。江戸ではないのだ。

それを語りで全て体験させる芸は、大道具も音楽も無いのに、豊穣で豊か。芝居の原点なのです。

 

 

そういうものが、日本語の美しさだと思う。

紫いろの時雨れた様な声が、今回の大発見です。

終演のあとに、藤浦先生の直筆原稿を見せて頂いた。

うーん・・・達筆すぎて読めない・・・・・

 

そして終わった後で、この話はひょっとして、また続くのだろうな、という余韻に満ちていた。駒さんの語り口は、いつもの江戸とまた違うし、じっとりと富士川端の湿り気を帯びていました。きっと千秋楽までどんどんと、深いものになっていくでしょう。

 

一つ。

私は昭和42年生まれの静岡は遠州育ちだった。秋になると田んぼがすっかり黄金色になった頃、小学校の帰り道に、

山の方から、ドーン!と鉄砲の音が聞こえてきた。

熊とか鹿とかイノシシを撃つ音だ。ああ、そういう季節だな、と子ども心に心が弾んだ。

決して、野生動物を哀れんだりはせず、時々到来する、鹿肉とかイノシシ肉を思ってほくほくしたのだ。

野蛮でしょうか?

 

鰍沢から始まる語りだしの地理は、落語の人は「鰍沢」を思い浮かべる。そして静岡(しぞーか)の人間には富士川沿いに富士山の横を甲州へ上がっていく身延線という寒い寒い路線を思い出させる。私も、コロナ前に、茅野市の会館の仕事から、掛川に戻るのに、中央線で甲府に出て、そこから身延線で降りていって東海道線に出たことがある。富士川の雄大な眺めも素晴らしいけど、兎に角寒いのだ。余程でもない限りそのルートを私は使わない。

でも、身延山に御参りに行くのは、お題目を唱える叔母さんだったか、そう言えばよく行ってたっけ。

こんな事を書いていて、この話の先が見えた様で、あっ!と思った。見て聞いて欲しい。

藤浦先生の筆の鮮やかさ、駒さんの精進、学ばせて頂きました。

 

静岡県一帯に武田信玄の足跡があるのは、伊那谷、駒ケ根などの南信の天竜ルート、そしてこの富士川ルートから武田軍が南下したから。

昔のルートは、今と違うので川沿いに開けている。そして足でてくてくと、進んで行くわけで、旅というのはそれだけの重みと理由が無ければなされなかったのだろう。

今、私は脳内劇場で筑豊の炭鉱を経めぐっています。

坑口を目指して、石炭を掘るのでした。』

 

 

 

 

 

演劇ジャーナリスト:山田勝仁

FBより転載

 

『昨日マチネは吉原・中江別館金村で駒塚由衣江戸人情噺「龍 見益高根の雲霧(りゅうと みますたかねのくもきり)」(作=藤浦敦)

 地下鉄三ノ輪駅を降りたら出口が違うので一瞬、方向感覚がなくなったがいつもの出口を見つけてそこからスタート。

 吉原。道の脇で若い客が店までの送迎車を待っていたようで、迎えの人が「〇〇さんですか」と迎えに来る光景と2回遭遇。吉原に来る若い客はそれなりに富裕層なのだろう。

 

 駅から道沿いに15分。あしたのジョーの等身大の像が目印で、そこから先を右に折れると大門通り。

 店の案内所となっている喫茶店が何軒か。吉原といってもこの一角しか知らない。

 勝手知ったる金村。玄関で靴を脱いで2階へ。

 

 まずは中江の主人による”風俗街ではない”昔の吉原の芸者と遊女の話を10分ほど。ツボを心得た話しっぷり。

 そして駒塚さんの一人語り。

 今回は雲霧仁左衛門の話ではあるが、切った張ったの血なまぐさい話はナシ。

 登場人物4人と、これまでの大人数の藤浦噺とは趣きを変えた一編。

 後に雲霧一党の身内となる肥前の小猿が雲霧の子分になるべく駿河の国までやってくる。二人の出会いと、甲州原沢村の文蔵から千両を盗み出す策略の顛末は…。

 

 いつもながらの歯切れのいい口跡。時代ものはおぼえにくいというが、流れるような駒塚噺。女優とは凄いものだ。

 この肥前の小猿が登場するのは大岡政談の中の雲霧話だとか。

 93歳の毒舌家、藤浦先生も年には勝てず、養生中とのことだが、元ネタはあるにしても原稿用紙にさらさらと書き進める筆の巧みとその博学さよ。

 ご本復して次の作品を書いてほしいものだ。

 14時~15時15分。11月27日まで。

 

ちなみに、馬に括り付けた千両箱の重さはどれくらいかというと約25キロ。徳川家康が造らせた慶長小判は1両4.76匁=17.85g。千両なら約17キロ。箱の重さを5〜6キロとして千両箱1箱は約25キロ。米一俵の半分以下か。

 帰りは見に来ていた大西多摩恵さんと駅まで。

親戚が下町に住んでいたとのことでこの界隈も詳しく、「芸者になりたかった」とか。芸者でも向島と新橋などで格が違うらしいが。』