メメントCの世界 -18ページ目

メメントCの世界

演劇ユニット「メメントC」の活動・公演情報をお知らせしています。

五月の風は~

 

 

ゴールデンウイークですね。どこへいっても美しい花だらけです。

帰省しましたら、梅花うつぎが、庭で匂いもすごく割き誇っていました。

虫も多くて、蜂にさされそうです。

この季節は、お茶の季節、いちごの季節で、おいしいものが農協にならんでいて、溢れんばかりに「食べろ!」という

声が聞こえます。食べたいなあと思うのですが、だいぶ成長してしまっていて、整体の先生に、これ以上太ると益々腰が悪くならだろうから、痩せなさいと怒られるほどです。なんというこでしょう・・・

 

私の母は、スーパー元気な83歳です。村の人たちとカラオケをやったりあーでもない、こーでもない、と日々を送っています。

私がのうのうと芝居をやっていられるのも、母のお陰ではあります。

ちょうど、帰省した日に石川県で地震があり、緊急地震速報がテレビでジャンジャンなるから、

母が「家が潰れたらどうしよう」というので、私は「いつかは壊れるし人間も死ぬから、もう仕方ないよ」

と言ってしまいました。

だってねえ、いつかは壊れるものですよ。ダメですか?

今日、帰省をする前にゴミを出しにいったら、凄腕管理人のおばちゃんに話かけられたのです。

彼女は、仕事もすごいがいうこともすごい。時々、ドキッとさせられている私です。

 

「ねえ、あの映画、見た?「PLAN75っていうの」

「いえ、観てないす・・・・良かったですか?」

「私は、すごくいいと思うのよ。私いくつだとおもう?あんたも教えてくれたらおしえるわよ」

「ええ!私、56ですよ。もう体ボロボロ。おばさん、すごい若いし体の切れがちがいますね」

「そう?嬉しいわね。そんなに違う?」

「はい。仕事はやいし、ぱっぱと動いてるし、切れが違いますよ」

「あら~~私、73なの」

 

実際、おばさんはお肌はきれいだし、足は長いし、私の2倍くらいの速さで行動しているのでした。

おばさんが言うには、PLAN75は悪くないというのです。

私は見てなくて、概略しか知らないから何にもいえません。

ただ、元気なおばさんは、75歳でもまだまだ元気でしょう。

それでも、良いって言うんだからどういうことでしょうね。

私は、70歳までとても元気でいられるかわかりません。

 

「私の伯父は、95でまだ畑やってるんですよ。」

「じゃ、あなたも長生きよ」

「いやいや、そんなの無理ですよ。五十肩、2年苦しんで、先月から整体行ったら2週間で動くようなってびっくりしてます。やっぱり、直さないとだめですね。」

「サプリなんか飲んじゃだめよ。」

「え?サプリなしでその元気?」

「そうよ~~」

 

たじたじのおばさんを見ていて、矢野陽子さんを思い出しました。

 

「妄想先生」の矢野陽子さんは、本当にすごい人でした。こんなにもセーラー服が似合う人がいるだろうか?

このセーラー服3人組は、煩悩と欲望と純粋さの権化です。

矢野さんが、阿弥陀様なら、ハゲ子とブタ子は、日光月光菩薩でしょうか。

 

「駄目なところ、全部さらけだしちゃうのよ!そしたら誰かが助けてくれるわよ~~!」

「人間の脳みそが諸悪の根源。こんなもの捨てちゃばいいのよ、こんなもの!」

「元気元気!」

 

このセリフは今後、どれだけ私を鼓舞してくれることか。

「心のままに」生きて行くのは大変ですが、駄目なところをさらけ出せるようになりたいです。

え?もう出してるって?

はあ~~~まずは、体重を減らせるかどうか!

がんばります。

良き連休をお過ごしくださいませ!

 

 

 

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3月以降、2021年上演の「私の心にそっと触れて」編集版が、配信中です。各配信プラットフォームからご視聴くださいませ。

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プレオム劇「妄想先生」の学校

さて私はただ今、下北沢のスズナリでプレオム劇「妄想先生」を演出しています。

このお芝居は、中島淳彦氏の作で、卒業式を目前とした公立中学校が舞台。

主人公の国語教師の河西文子は、独身で五十代の女性。私と同年代です。

文子は認知症の母を抱え、自分の教師としての能力に悩みながら生徒に向き合う日々。そんな中、次々と事件が発生します。

大変な事態になるたびに、河西文子の妄想がものすごいことになっていきます。

その妄想に現れる恩師・坂本先生は文子が教師を目指すきっかけとなった先生だったのです〜〜〜

 

写真は、実際の中学校のチューリップ。

なぜか、どうやっても写真が逆さになってしまいます。

 

この劇は、50歳以上の人の共通体験としての中学校の「あるある」が描かれています。

特に卒業式は歌や群読など忘れられない思い出満載です。学校での歌唱も時代とともに変わりますよね。

先月、私は稲城市の中学でクラスでポエムを作る活動をしたばかりで、稽古しながら中学生の照れくさい様な面倒くさいような、

何とも言えない表情を思い出しながら、稽古に励んでいました。

そして、舞台で重要なキーワードとなるチューリップが、その中学校の門前で満開だったのも、

現実と芝居がシンクロしてる様に感じられました。

 

稽古中に、出演者たちと学校の思い出を語りあいました。

私が中学生だった40年近く前、先生はなんと!生徒をぶっ叩いたりしました。

運動部の人は、部活で顧問に暴力を振るわれた経験が多いようでした。

かくいう私も、随分ひどい目にあったことがあります。

体罰が横行していた信じられない昔、あれは何だったのか?

セクハラ、パワハラ、てんこもりの教師がいましたよね?

でも、ニュースではいまだにひどい体罰が横行しているそうではないですか。

体罰は絶対悪です。

しかし、先生も人間であるかぎり、間違いを犯します。それを大前提にしないと、

思考停止に陥り、なぜその暴力が起きたのか?分からず仕舞いとなります。

この舞台では、社会科の女性教師が暴力をふるって懲戒免職になります。

なぜ、先生は生徒を殴ったのか?

 

手を振り上げない暴力・いじめも学校にはあります。

複雑になった世の中と、学校現場、そして稽古場を行ったり来たりしている間に、

学校の存在理由についても考えました。

公立の小学校、中学校では様々な階層、家庭の子どもが出会います。

社会縮図ともいえる世界が、学校の中にあるのでした。

その中で他人とコミュニケーションしながら、人は育っていくのです。

「妄想先生」では、悩む主人公に亡くなった恩師が語ります。

 

「何をやってもうまくいかない、そういう時もある。でも、そうじゃない時もある。

それを信じるしかない。土の中でじっとしていた球根が、やがて芽を出し、花を開く・・」

 

多分、学校へ行く意味って、世界を生き抜くために他人とコミュニケーション取れるようになるためですよね?

芝居の稽古をしながら、自分も中学時代にもっとコミュニケーションがうまくできたらよかったのに、と思いました。

学校での演劇手法のコミュニケーション事業、もっともっと行われますように!!

そして、若い児童生徒がたくさん、演劇とか芸術とか、生きる糧になるものにふれられますように!

 

プレオム劇「妄想先生」初日です。

 

月曜から劇場入りしまして、怒涛の舞台稽古です。今日はとうとう初日。長かったようで短かった一か月でした。

妄想先生、どうぞお楽しみください。

本日はあいにくの雨ですが熱気あふれる劇場となるでしょう。

混みあいますので、スズナリへはお早目のご到着を!

それでは劇場でお会いしましょう!

 

 

 

 

三回忌でしたね

 

 

湖北は白いこぶしが満開でしょうか?

御参りは沢山ありましたか?

先生は西光さんにあえましたか?

浄土はないって言ってましたが本当はどうだったんですか?

質問だらけです。