塩素と母、そして
時々、関西に出張します。今回は児童青少年演劇協同組合の戯曲講座の講師でした。日大の西田豊子さんと一緒です。ユーダイ君もいます。
この三人の珍道中は毎回、楽しいのです。一番、パワーが無いのは私。定年超えの西田さんは、超凄いパワーで若いころ、世界を駆け巡って作品作りをしていたからこその、俯瞰した芸術論と戯曲論を持っている最強の人です。最強のオバサンが二人であちこち行きます。
関西の講座では、人形劇団クラルテさんや京芸さん、他のフリーの関西演劇人が、戯曲の書き方、デバイジングによる練り上げ、リーディングと書き直しを繰りかえして短編を一本書き上げるという講座です。
その為に時々、小学生二人の面倒を田舎の母に頼みます。母は上京すると、わが家を「汚い汚い」といって、掃除しまくります。一応、私も怒られないように、色々と捨て、小道具とか衣装で出しっぱしの雑物を、デカい段ボールに詰め込んで隠して家を離れます。そして帰宅すると、母は家中の食器を消毒してあるのです。キッチンハイターの香りがあちこちからします。
母は68歳まで看護師として仕事をしていたので、殺菌が大好きです。いいとか悪いとかおいといて、殺菌しないと気が済まないのです。急須がハイター漬けになっていたのに気が付かず、濯ぎが足りなかったので、お茶をいれようとして葉っぱを無駄にしました。香り立つ塩素の匂い。これが物心ついたころからの母の匂いです。
この先は、心臓の弱い人は読まないでください。責任持ちません。
よど号の御祈祷の話と母が看護師だったころの話を何かに書いた覚えがありますが、母と車で走っていると、「ああ、昔ここで足を拾った」とぼそっと言うんです。それは、東海道線沿いの抜け道でのことでよくよく聞くと、母が若い時代は監察医制度も、帳場を建てる鑑識制度も整ってなかった為、東海道線で飛び込みや人身事故が起きると、近くの病院で当直している医師や看護師が駆り出されて、遺体を拾い集めて捜査しました。ありえねー感じですが、あったことなんです。また終戦から20年位は、戦争の影響や様々なことで発狂する人が滅茶苦茶多かったので、母は激しく暴れる女性患者を警察と一緒に静岡の脳病院へ移送する仕事をしょっちゅうしたそうです。狐が憑いちゃった人、刑事事件を起こした人、いろいろいたと言う話でした。そういうわけで、かなり母は血と骨に感覚がおかしい人でしたから、炒り卵を作りながら、昨日、盲腸手術で器具渡しをした話をして、「その人の脂肪がこんな感じだったで、私は食べたくない」と私によこすのです。私は私で「へえ」と言うしかありませんでした。
母の見て来たものは、私には想像もつかないことばかりです。でも看護師さん、ナイチンゲールと呼ばれた職種には、苛酷な現実があったんでしょう。それらをボソっと言う母の胸の内は分かりません。そんなもんなんですよ、親子だって。
もう少し母の良い部分を話すと、脳内出血を起こして「画像上では死んでます」と言われた父を、蘇生させ気管切開を塞がせ、胃ろうを取り、立ちあがって移乗が出来るほどに再生させた力は凄いです。父は、何と習字が出来るまでになりました。しかもかなり達筆に。実は父は習字など習った事などないのですが達筆でした。三年前はまだ字が書けなかったのに、父は幸せです。
今、当たり前の法律、刑事事件の場合の鑑識や捜査方法が合理的で科学的になったのは、それほど昔のことじゃないんです。だから、沢山冤罪も生まれるし迷宮入りもあるわけです。
最近、ある芝居の為に調べものをしていて、「証拠物件の紛失」がよくあるのだということを知りました。再審請求でその前の判決で証拠となったものを請求すると、「紛失」と言う答えが返ってくるそうです。又は、検査用の試料がなくなっていたり、再鑑定が出来ない事がざらにあるというのです。ゲゲゲゲです。
今、巷を騒がせている病院の点滴への界面活性剤混入のニュースで、まず母の消毒好きを思いおこしました。全く事実関係ありません。それと、昔、仙台北陵クリニックで起きた、筋弛緩剤殺人事件も思いだしたのです。「彼の僧の娘」の公演の後に、その筋弛緩剤殺人を冤罪だとして被告の支援をしている宗教関係の方から、手紙をもらいました。それで、やはりググってみると、冤罪だという話が出て来る出て来る。
もう決着がついたものだと思った事件は、実はそうではなかたし、いろいろな鑑定医どうしが対立していました。是非、ググって下さい。
和歌山カレー事件も、スプリング8の分析結果の読みこみ方が間違っていると、違う見立てをしている科学者が学会で異論を発表しています。これらが再審請求を動かしていくことになるのか、注目したいと思います。冤罪なら真犯人がいるのか、それともそうでないのか、失った時間、亡くなった被害者は戻ってこないのですが、真実を明らかにすることができなければやはり、もっともっと被害は膨らむのです。何とか近い将来に「真実」が追及されることを祈ります。
関西戯曲講座では、葬儀関係のお仕事をされている女優さんに、葬儀の司会業について伺いました。彼女は遺族から故人の方のプロフィールを聞き取り、それを葬儀の前に時代背景も含めてリーディングするという司会をしているそうです。本当に沢山の方の聴き取りをされた彼女の言葉の説得力と臨場感あふれる話に驚嘆しました。80代の方には必ず戦争の鮮やかな記憶があるそうです。それを聞きとるのは心にも負荷が掛かるのでしょう。貴重な仕事だと思い敬服しました。
戯曲講座では、登場人物のプロフィール、場面の状況などのプロットだけを頼りに、インプロで即興的にオープニングシーンを作ります。身体が雄弁に語るので、少ないセリフに説得力がでます。脚本家がセリフを書き始める前に、俳優が状況を体現して出て来る言葉を探るのです。デバイズィングという手法ですが、二次元だけで考えていては分からないことが分かるのです。裁判記録などを読んでいて、有りえない記述があります。それは通常ならばそういう風には人間は反応しないだろう、とか思うことがよくあるのです。動機無き犯罪というものが多数ありますが、人間は一人では生きていない、他者の影響をどんな形でも受けて行動が生まれる動物です。そういう判決文などがストーリーありき、になっていればやはりおかしいのです。そういう時に、大逆事件の判決文を思い起こすのです。
白水社から出た戯曲事典に載っているよ、と教えてもらいましたが、目を凝らしてその画像を見ると、私の大事な処女作「かつて東方に国ありき」が「かつて当方に国ありき」という誤字で掲載されています。出版の際に確認があるわけではなく、私は全く預かり知らぬことですが、非常に恥ずかしいことです。武田泰淳と堀田善衞に謝ろうにも謝れません。後の祭ですね。ああ、恥ずかしい。そして「太平洋食堂」は大逆事件の話です。観ないで紹介書いたなら仕方ないけど、やはり作者にとっては辛いことです。仕方がないから黒ヤギさんに葉書でも書きます。
というわけで、心乱れてあれこれ書ました。気持ち悪い話でごめんなさい。春先からダムのチャリティーをや試演会シリーズなどで、疲労困憊した私ですが、じっと休める余裕がまだありません。思えばもう秋です。暑くないと書くのも楽ですから、がんばって横浜夢座公演「風の吹く街・野毛ダウンタウンストーリー」を執筆中です。来年、1月22~29日に桜木町のランドマークタワーホールで上演です。お楽しみに。