You continue to conceal very important secrets -31ページ目

You continue to conceal very important secrets

Please help NIRVANA"LITHIUM" fan.
Help me get my feet back on the ground. Please, Please help me!

◆原始仏典(中村元訳「ブッダの言葉 スッタニパータ」から)

887:偏見や伝承の学問や戒律や誓いや思想や、これらに依存して(他の説を)蔑視し、(自己の学説の)断片的結論に立って喜びながら、「反対者は愚人である、無能な奴だ」という。

888:反対者を<愚者>であると見なすとともに、自己を「真理に達した人」であるという。かれはみずから自分を「真理に達した人」であると称しながら、他人を蔑視し、そのように語る。

973:他人からことばで警告されたときには、心を落ちつけて感謝せよ。ときに修行する人々に対するすさんだ心を断て。善いことばを発せよ。その時にふさわしくない言葉を発してはならない。人々をそしることを思ってはならぬ。

「ダチュラアイもいる」

という声を携帯音楽プレイヤーから有名アーティストさんの声で聴いて涙が出てきた。

そういう人の愛の足りなさに対して、だろうか。

自分自身に対して、そしてそこから来る他者に対する愛の足りなさに対して。

どんなに親しい仲間意識も、本当の包含であったためしはない。
輝かしい仲間意識の内に、公にされない排除が隠されていて、それ常に包含の構造そのものである。
仲間意識は排除を敵視せぬどころか、むしろ仲間意識は包含ゆえに排除を生み、排除をはぐくむと理解される。
仲間意識の形成の瞬間から包含はすでに排除を始めているのだ。
だが秘匿された排除が問題視されるまでに、どれだけ仲間内の秘密の漏洩を経過するとしても、仲間意識は全い連帯の消失に化するその瞬間まで、包含であることをやめはしない。
たとえ仲間意識の属性と考えられていないもの、
たとえば情緒的交流の断絶、たとえば敵対
によって冒されているとしても、
仲間意識の仮面は排除を隠蔽し輝いている。
仲間意識が連帯の消失にかえる時は複雑な過程を経るのが普通だ。
その後に連帯は跡形もなく霧消し、全い疎外が立ち現れる。
だが――
どんなに孤立した<外部>も、本当の外部であったためしはない。
一人も友達がいないスケープゴートへの視線の中に、目に見えぬ微少な連帯は、自己複製子のように隠れていて、それは常に包含の構造そのものである。
存在のその瞬間から<外部>はすでに、包含へと生き始めている……



どんなに純粋な恋愛感情も、本当の純粋な愛であったためしはない。
美しい恋愛感情の内に、秘められた性的欲望が隠れていて、それは常に恋愛感情の構造そのものである。
純粋とされる恋愛感情は性的欲望を敵視せぬどころか、むしろ恋愛感情は人間も生理的欲求を持つがゆえに、性的欲望を含み、性的欲望をはぐくむと理解される。
恋愛感情の形成の瞬間から、恋愛はすでに性的欲望を含み始めているのです。
だが秘匿された性的欲望が獣的なものとして問題視されるまでに、どれだけ高度な恋愛感情を築こうと、恋愛は全い恋人関係の解消に化するその瞬間まで、恋人関係であることをやめはしない。
たとえ恋愛感情の属性とは考えられていないもの、
たとえば金銭欲、たとえば権力への意志
によって冒されているとしても、
恋愛感情が交流の消失にかえる時は複雑な過程を経るのが普通だ。
その後に恋愛感情は跡形もなく霧消し、連帯の解消が立ち現れる。
だが――
どんなに無干渉な他者も、本当の他者であったためしはない。
一人の恋人もいないモテない人への視線の中に、目に見えぬ微少な恋心は、自己複製子のように隠れていて、それは常に恋愛感情の構造そのものである。
孤立のその瞬間から獣欲もすでに、恋愛へと生き始めている……



どんなに非暴力を訴える理性も、本当の純粋な理性であったためしはない。
表向きの理性の中に、秘められた野蛮が隠されていて、それは常に理性の構造そのものである。
純粋とされる理性は、暴力を敵視せぬどころか、むしろ理性は理性ゆえに暴力を生み、暴力をはぐくむと理解される。
存在のその瞬間から理性はすでに、野蛮を形成しているのだ。
だがあからさまな暴力への変化の過程に、どれだけの抑制を経過するとしても、
理性は全い暴力に化するその瞬間まで、理性であることをやめはしない。
たとえ理性の属性と考えられているもの、
たとえば合法性、たとえば穏健なコミュニケーション、たとえば客観性を標榜した事実の指摘
を表明しているとしても、暴力は理性の仮面のかげで力を発している。
理性が暴力にかえる時は一瞬だ。その一瞬に理性は跡形もなく霧消し、全い野蛮が立ち現れる。
だが――
どんな暴力も、本当の野蛮であったためしはない。
一欠片も理性がないがごとき野蛮の中に、微少な道理は秘め隠れていて、それは常に暴力の構造である。
存在のその瞬間から暴力はすでに、理性へと生き始めている……



どんなに自分の頭で考えた独創的作品も、本当の独創であったためしはない。
一点の負い目もないかのような独創の中に、多様な自己複製子が隠れていて、それは常に独創の構造そのものである。
独創は模倣を敵視する事もあるが、むしろ独創は独創ゆえに模倣を生み、模倣をはぐくむと理解される。
存在のその瞬間からすでに、独創は模倣の形成を生成しているのだ。
だがあからさまな模倣への変化の過程に、どれだけの劣化を経過するとしても、
独創は全い模倣に化するその瞬間まで、独創であることをやめはしない。
たとえ独創の属性と考えられているもの、
たとえば創造性、たとえば新奇性
を表明しているとしても、
模倣は独創の仮面の影で輝いている。
独創が模倣に変わるのは簡単だ。
その作業で独創は霧消し、模倣が立ち現れる。
だが――
どんな模倣作品も、本当の模倣であったためしはない。
一点の輝きもない模倣作品の中に、微少な独創は自己複製子のように隠れていて、それは常に模倣の構造そのものである。
存在のその瞬間から模倣作品はすでに、独創作品へと生き始めている……



どんなに豊穣な生も、本当の生であったためしはない。
一点の翳もない生の中に、目に見えぬ微少な死が隠れていて、それは常に生の構造そのものである。
生は死を敵視せぬどころか、むしろ生は生ゆえに死を生み、死をはぐくむと理解される。
存在のその瞬間から生はすでに、死へと生き始めているのだ。
だが死への長い過程に、どれだけの老いの諧調を経過するとしても、
生は全い死に化するその瞬間まで、生であることをやめはしない。
たとえ生の属性とは考えられていないもの、
たとえば腐敗、たとえば病等
によって冒されているとしても、
生は老いの仮面のかげで輝いている。
生が物にかえる時は一瞬だ。
その一瞬に生は跡形もなく霧消し、全い死が立ち現れる。
だが――
どんなに不毛な死も、本当の死であったためしはない。
一点の輝きもない死の中に、目に見えぬ微少な生は、自己複製子のように隠れていて、それは常に死の構造そのものである。
存在のその瞬間から死はすでに、生へと生き始めている……

(谷川俊太郎「灰についての私見」から引用改造)



荒涼とした景色/美しい景色
(?)/喪失したときの失望と悲しみ
ドーキンス的世界観/キリスト教的(?)愛の世界観
ドライな愛/ウェットな愛
現実界の砂漠/象徴界の(?)
アナーキー/ヒエラルキー


で何か書けないかと思っている。

すぐに変わらない。

何度か設定して2時間以上経ってもデザインが変わっていない。



ちなみに今の背景画像は灰色だから好んだけど、灰色のブロック塀はなにか刑務所を連想させるかもしれないのでやめようかと思って、別の画像を背景画像にしようとしているけど、何回やっても全く変わらない。

ちなみに背景画像にしようとしているものはこちら。



心痛

父が祖母の家の倉庫にしまっていた2012年に兄が実家(兵庫県西宮市マリナパーク)に送って来たものを今日父がはじめて私に示した。

父は「祖母の家宛てに届いた。引っ越しで必要のないものを送って来た。信之のために送って来たわけじゃない」と言っていた。

なんで3年も前の情報で家族内の情報交換で重要なものを今頃開示しているんですか!!!

と普段は大人しい私が父に怒った。

多分、警察関係の実行部隊の活動とそれを支持してきた人たちの活動を知ると、私は確実に怒るのだろうな。

13年以上前から隠されている重大な事態もあるようだしね。

テーマ「涙を流した愚人」の記事を書いた後に、


「ばいちゃ」という声が外から聞こえてきた。

とても美しい姿をした女性を思わせる声だった。

山形浩生勝手に広報部部長をやっていた玲奈のような自称美人(匿名掲示板で「この美貌な私を口説いて」「私の体エッチじゃない?」書き込みをしていたが、雑誌で取り上げられるような風貌は決して持っていない事は推測できる)で実態はどうか分からない存在ではなく、

本物の芸能人クラスの美人と思われる人の声で。



◆「ばいちゃ」の意味は

まずアラレちゃんの別れの挨拶である。そこが基本。

1、アラレちゃんは紫色の髪の毛の色をしている。【私が尊ぶものを指す時や重要な表現を指す時に使う色の文字の内容を尊いと思ったり重要だと思う人である可能性がある】

2、浅田彰先生のようなメガネをかけているようにも見える。【浅田彰先生の本を読んだ事があるし、浅田彰先生の本から得た視点で世界を眺める事もできる可能性がある】

3、まだ若い女性である。【私より年下の女性である可能性がある】

4、とんでもなく強い力を持っている。(レッドリボン軍のブルー将軍を軽く倒せる)【支持者が大勢いて何らかの分野で傑出した才能の持ち主である可能性がある】

5、2ちゃんねるVIP板で昔AA(警察アート)でブーンのAAがよく使われていたが、あれと似た走り方(両手を横に広げて走る)をする。【つまり「あなたが自宅の中でブーンとか言っているの聞いてますし見てますよ」「私は2ちゃんねらーでVIPPERですよ」という表明である可能性もある】

6、私がパソコンで「として」か何かを変換させる時にミスタイプで「つぉい」というような文字が出る事があるが、そのミスタイプのパソコン画面も見ていますよという意味。【事実の伝達の可能性がある】

7、アラレちゃんは便を棒につけて人に近づけて相手に嫌がらせをする事がある。【2012年秋頃に父が◆◆(略)、それを支持したメンバーの一人である可能性がある】

8、タイミングよく短い言葉(文字にすると4文字)を発するだけで、多様な解釈が生じる言葉を発する事ができる。(しかも私のレベルに合わせた)。無茶苦茶頭がいい人。



◆ブルー将軍で思いだすもの

1、ドラゴンボールのキャラクター(小学校時代の漫画コミュニケーションしていた友達との思い出)である。

2、女性を遠ざけようとして(?)性的マイノリティっぽい人である(?)

3、金髪でイケメンである(女性に好かれる外見は持っている)

4、鶴仙人と兄弟の桃白白(タオパイパイ)に両手両足使わせず舌だけで倒された。(つまり言葉や声だけで闘える存在を意味するかもしれない存在に倒された)。

桃白白は後に科学技術力による強化もされ、機械的に相手を分析して追跡する事もできる能力も持つが、弟子の天津飯を失望させた後に天津飯によって倒される。

壊れた鏡、または涙を流した愚か者(村上龍「タナトス」改)


ちょっと今、村上龍先生の文章からの引用改造文のタイトルを変えてみました。

これからホームページの文章のタイトルも変えようと思います。



そしてこの記事を書いた目的は新しいカテゴリー・テーマ「涙を流した愚人」を追加し、

ドライな愛を持ちながら愛に関する事で涙を流す自分について記録しておこうと思ったからです。

今日は、「壊れた鏡、または涙を流した愚か者」を読んでいて(読みあげていて)、三度程涙を流す場面がありました。(言葉がつまって読み上げれなくなった)



+++涙を流して言葉につまった場面(紫色ブルー)+++


D「子供の頃から人に優しくされたりうれしい言葉をかけてもらったり抱きしめられたりしてくると、自分はそう捨てたものではないな、そう思うことを繰り返すことで、人は自然なコミュニケーションを学ぶのです。それが足りなかった人は自尊心が低かったりする自己評価がうまくできないから上手くコミュニケーションができなくて感情表現もできなくて、自己否定的な愛の不足した愚か者になってしまう」




藤田は昔思っていた事は会話として成り立つことは少なかった。思っている事は、「人生に意味はない」と。考える他人さんは、「人生に意味はある」とおっしゃっていた。私は仮想のCDさんとその事についてもしゃべりたいと思った。
「人生に意味はないですよね」
CD「あなただけでなく人生に意味がないとするのが多くの賢者の意見です。私もそう思っている。意味のある人生なんか誰にもない、誰だって代わりはいるし、いつか意味のある人生を送ろうとしてもそういうのは無意味だ、誰かから本当に必要とされている人間なんかどこにもいない。だから俺たちは自由なんだ
K「意味を志向性とした場合、私は私の人生に意味を感じている。誰かから必要とされている人生というのも意味のある人生ではないでしょうか。藤田さんが勝手に無意味を感じていても私にとって意味の感じられない事だからよそでやってくれないですか?
多量の低能な表現を掲示板でやって申し訳ありませんでした。社会常識に反した書き込みもして迷惑で不快だったかもしれません
K「まぁ義務と礼儀として関わってあげているという感じでしたね。原始仏典の教えを尊ぶので怒りや見下す感情は押し殺していましたが




詩を朗読していた人は自己分析のために現在は村上龍さんの「タナトス」の記述を借りていた。
そこでは占い師が数字の0と1によく似た文字をノートに書き記していた。
藤田の精神の実質を見ようとしている人は藤田の心象風景を眺めて「何かが壊れている」と言った。
K「ああやはりそうだ、鏡だ、鏡が壊れている」と。
D「そのことを聴きたい、話してもらえるでしょうか?」
私は東京の新宿という街の、バーやスナックやそういう飲み屋が集まった場所といった心の風景に住んでいました。1階が現代思想研究会で、2階がフランス語の講座のあるカルチャーセンターで、3階が探偵事務所で、4階がメンタルヘルスのクリニックで、5階に住んでいました。そしてすぐ傍らに粗大ゴミの集積場所があって、ある日そこで鏡を見つけた。そしてその鏡は壊れていました
K「その鏡は、あなた自身だ
D「藤田さん、あなたはあなたと他者を通す経路が片寄っている。ある人があなたの心に入ってくるとき、その人はその通路を通ってやってくることになる、その通路以外から他者を自分の中に入れることは少ない、実を言えば他者だけではない、自分はもっとも手強い敵であったりする他者だ、あなたの心の中の風景は荒涼としている。あなたは不幸な境遇の人間に興味を持つ、安定していない自己否定的な人間と言ってもいいのかもしれない、それは、安定している人間は自分などに興味を持つわけがないと決めているからだ。愛の不足した愚人さんは最初から、全ての人間には荒涼とした景色しかないのだと決めている、愛の不足した愚人さんはその荒涼とした景色しか知らないからではない、あなたは本当はさまざまな美しい景色を知っているはずなのだ、だが愛の不足した愚人さんはそれを受け入れようとしない、美しい景色を受け入れるのは失った時の失望と悲しみが大きいからだ、それが手に入りそうになると愛の不足した愚人さんは自分のほうから、また外部からの誘導もあって荒涼とした景色の方へ行こうとする。愛の不足した愚人さんは自分に対する評価が低い。鏡としての機能を持った他者に写った自分を見て、人は自分のことを理解する。だからあなたと共に生きる人は常に暗い画面に映った自分自身を見ることになる。あなたは自分で自分をほめるということがどういうことか分からない、あなたは荒涼とした景色の険しい山々の中腹にいる、山の中腹のわずかなスペースであなたは待っている、自分によく似た旅人が荒涼とした風景の中からやってくるのを待っているのだ。やがて近づいてくる旅人をあなたは見つける。あなたはその人から求められていることがわからない、実は分からないのではなく、“その旅人はあなたを求めてはいけない”と思い込む。自分は承認を求めていながら、共同幻想の門番としてふるまったりしてしまう。本当は他者もその門番をやっていながら
私をそういう道に歩ませようとする人もいるのですか?
愛の不足した愚人である私はそう聞いた。Dは0と1の数字を書き付けたノートをめくり、たぶん、と言った。




+++自己分析も兼ねた文章を梶浦由紀先生の歌詞から引用改造してみたのを載せてみる+++


+梶浦由紀「Magia」引用改造+
いつか私が胸に刻んだ愛の喪失が、時を越えて、祝福されたい反復の世界でへと変わるだろう
沈黙の中でまなざしを向け、無意識的に模倣表現を繰り返しているのが中心の私に、人々が望むものは何?
他者の語らいに埋もれた灰色の世界の住民は、社会復帰させていただけないのでしょうか?
ドライな愛を持った私の心に、潤いを与える言葉と承認と正確な情報が欲しい
書物とペンとノートとCDとパソコンだけが頼る全てだった
言葉が心を捉えた夜に、新たなコラージュが生まれてくる
私はまだ事実を知らず、ほとんど一人きりの夜の病棟のホールで文章をつづっていた
魅力にかかわらず人は皆平等で自由に生きていていいと思っていた
無口に不快感と精神的苦痛に耐え、見世物生活の突破口となるような言葉に出会う為に本のページをめくる
書物だけが頼る全てだった



+++涙に関する自己分析+++

1、承認に関する問題で自分の心の傷にふれる事で涙を流す

2、警察関係者と勝手に思っている人の涙で涙を流す(向こうからは気色悪いと思われているようだけど)

3、戦争の悲惨さを感じた時に涙を流す

4、戦争という大規模な死をもたらす事でなくても、個人の死でも心が痛み哀しくなる。面識のない人でも

5、かつて愛を捧げた直接コミュニケーションをした事のある相手の<まなざし>を、独りの時に感じた場合(その人が私を低評価していても

6、祝福に関する事。人生の中で言葉と笑顔でもって祝福された経験の少なさについて

7、他者が負った病や心身の傷を想像する事によって

8、他者が不当に差別されている事の苦しみを理解したとき

9、尊い深い人間の心の真理に触れたとき(原始仏典、キリスト教徒の言葉など)

10、心から尊敬している人の事を思ったとき(その人が私の生を軽視していても

11、笑顔でいる家族全員が写っている写真を見たとき

12、兄のように誉められて育ちたかった、という自分の心に気付いたとき

第5景


ツバメ、レイ、E
ツバメ::あなた美しいな。歓迎のしるしに良い言葉をあげます。
レイ:良い言葉って?
ツバメ:「Amor Vincit Omnia」です。
レイ:「アモール・ウィンキット・オムニア」?どういう意味ですか?
ツバメ:ラテン語で「愛は全てを制する」という意味です。私は愛について学ぶ事はとても重要な事だと思っています。そして本当の友とは愛で結ばれています。世の中には経済的豊かさ、物質的豊かさを享受していても、愛に飢えている人は沢山います。そういう人の中にはCDや音楽プレイヤーの世界にひきこもって愛を得ようとしている人もいます。あなたには現在も親友と呼べる人はいますか?
レイ:いえ、一人も。
ツバメ:その事であなた、ずいぶん苦悩した事ない?もったいないよね、それだけ美しいのに。
レイ:友達がいない事ではよく苦しみます。Eさんも同じじゃないでしょうか。
E:はい。親友と呼べる人付き合いを現在も持ち続けていたら、私の状況はもっと早くに好転していたと思います。あなたはどうしてこの部屋にいらっしゃるの?「愛と平和と生命と人権の尊さを説く人の部屋 」に。
ツバメ:Nine Inch Nails つながりでEさんと知り合ったからです。レイさんは?
レイ:私はEさん経由でマザー=テレサさんの本に触れたからです。ちなみにEさんはどうやってこの部屋の存在を知ったの?
E:私は……気安く言える話ではありません。私たちの状態に名前をつけるとしたら、「ミザイストムファンタジーの世界」とでもしておきましょうか。漫画の「ハンター×ハンター」の世界のキャラでハンター協会会長から選ばれた12人の実力者の内の1人で、クライムハンターがミザイストムという名前です。牛のような白と黒の斑な格好をした人です。インドで人気が出るかもしれませんね。
ツバメ:「ハンター×ハンター」の中ではどういう役割なの?
E:カキンの王子のキャラを危険人物でどす黒い影がひそんでいるとして、クラピカという心理分析も行えるキャラとともに調査し、クラピカの行動範囲を増やして最終的なカキンの王子への対応をクラピカに委ねようとする存在です。
レイ:クラピカというのは?
E:中性的で理性的で知的だが、仲間に関する事では激昂しやすい存在です。そしてとてもいい眼を持っています。
ツバメ:それでなぜ私たちが「ミザイストムファンタジーの世界」なの?
E:それは気安く言えません。まぁ犯罪捜査官気取りという事で。悪の実態を追う者という事で。
レイ:やはり私たちの状態への名前は「愛の神ファンタジーの世界」にしない?
E:それもいいですね。私たちは皆、愛の重要性を知っていますからね。愛の神について詩を書いてみます。「清めの道」という宗教の「清歌」からの引用改造文です。
  愛の神は 人の心を司る 重要な道理
  何にも代え難き 我らの宝
  愛は全てを制す力 乾いた心にも涙をあふれさせる
  愛の神は 病める時の 癒しの手 癒しの言葉
  苦しき日々にも 救われる
  愛の神は 我らを生かし 人の光となり
  ミネルヴァのフクロウのように 行くべき道を照らされる
  愛の神は 生命の源 能力の源 知恵の源
  苦しかった道も 好転する
ツバメ:ファンタジー、幻想というより事実じゃないの?
レイ:“神”の定義にもよりますね。
E:「最高の支配者」という定義もあるようです、“神”には。“道理”の定義は「ことわり。人の行うべき正しい道」のようです。
ツバメ:愛の道理は人類の最高の支配者という事かな。私はそう思うよ。
レイ:私もそう思います。Amor Vincit Omnia、さっそくツバメさんから教えてもらった言葉も使ってみたくなりました。
E:私は愛に関する事でよく涙を流します。
(沈黙。Eは真ん中の長椅子に腰かけ、愛に関する良い言葉が書かれた本を手にとる)

昨日はその中の一人だと勝手に思っている人に、人生はじめてのアメンバー申請をして承認してもらいました。

やったー。

西宮北口Acta西館エレベーター内で隣り合ったような気がする。

美しい人で特に感情のこもってない表情をされていたようでした。

本屋からの帰りの同じ時間帯には、目に涙を浮かべておられる別の美人さんがいらっしゃいました。

他には昨日と今日で以前に現実で関わりコミュニケーションした事のある人らしき人お二人とお会いできた気がしました。

現実で直接対等な人間関係を築いた事のある男性の一般人でコミュニケーション可能っぽい人と会えて、できれば向こうから話しかけてくれる人と会えたらいいな、そして私に隠されてきた重大な事や真実を話してくれたらいいな、と思っています。


会いに来てくださる方は私のネット掲示板やブログには書き込んでくださらないのかな。


愛と平和と生命と人権の尊さを説く人の部屋

見世物生活中の純日本人


そういえば今日、父に「誰でも好きな人と会えるとしたら誰に会いたい?そしてどうしたい?」と聞いて涙が少し出ました。

なぜだろう。私に対して警察様がしてくださった配慮に対して?