あのけんか報告を受けてからママとなかなか会えなくなっていた。
小さかった私たちにとっては家庭と学校が世界の全てでママのいない日常に寂しさを覚えながらいた。
でもママがいないことが少なからず日常にもなっていった。
毎晩毎晩眠る前にお布団のなかで思っていた。
ママ、いつ帰ってきてくれるの。私待ってるのに。どうして帰ってきてくれないの。はやくパパと仲直りしてよ。
昔からこういうところは根暗だった。
いくら家族でも寂しい気持ちをさらけだすなんてできなかった。
言っても仕方ない。誰もこの気持ちには気づいてくれない。私のことは誰も見てくれない。わかってはくれない。
そうやって生きてきた。
愛情不足なところもあって心がカチカチしていたんだと思う。
そんな生活を続けるなか別居中のパパとママの提案でパパのところとママのところを交互に行き来する事が決まった。
一番はパパとママが仲直りすることだったから内心は複雑だった。
久しぶりにママに会えるってたくさん話を聞いてもらえるって嬉しさもあった。
けど、そのぶんもうパパとママは一緒にいることがなくなっていくんだって少しずつ子供ながらに実感した。
今まではパパと姉弟での生活だったけどそれからは母の実家にお世話になりママと姉弟、祖父母と叔父さん叔母さん従兄姉達との生活が始まった。
自分のお家じゃない家に住むのはどうも心が落ち着かなかった。
はっきり言ってしまえば叔父さんの事があまり好きではなかったからいつ怒りをかうんだろうとビクビクしていた。
お家においてもらっていたけどわざわざ家においてやってるんだからってそんな風に叔父さんが思っていることはすぐにわかった。
やっぱり誰も見てくれない。この気持ちは誰もわかってくれない。
いつも私の心はこれだった。
子供っぽくなくて可愛いげもなかった。
今ならわかる。
叔父さんだって人だからこう思うことだってあると思う。
私たちが家にいると邪魔だなって思う事だってあったと思う。
でも当時はそれがわからなかった。
只々、居場所はどこだろうってそう思っていた。
パパとママのところを転々としているなか、母もずっと実家にお世話になってはいられなかったようで独り暮らしを始めた。
両親は共働きで掃除の自営業をしていたから同じ仕事をしていたけど別居を始めてからは仕事も別々になった。
次第に私たちはママのお家に遊びに行くという感覚になっていた。
ママはどうして私たちを置いていくんだろう、どうして連れていってはくれないんだろう、ママにはお家があるのにどうして帰りなさいよっていうんだろう。
こんな孤独を抱くようになっていた。
もちろんこんな気持ちも誰にも見せなかった。
きっと同じことを姉弟も思っていたはずだ。
ママのお家はパパには教えない。
ママと私たちが繋がっているたったひとつの約束だった。
なぜ教えてはいけなかったのかわからなかったがママが嫌だっていうんだからパパにも教えなかった。
そこにはママを思う気持ちしかなかった。