自作の創作公開「羽衣幻想」
第 二十七 回 目
母が病気で入院したり、叔父の家の離婚騒動があったり、店で働いている若者が交通事故を起
こしたり、それからの数ヶ月は公私ともに多忙であった。いずれも大事には至らず収まったが、そ
れらの細々とした雑用の中で、私は普通なら煩わしく感じたであろう些事にまで気を配り、こまめ
に立ち働いたせいで、叔父の家族を始め店の
者達の心証まで良くするという、思わぬ好結果をきたしていた。当時の私は、意味の無い煩瑣な雑
事に自ら進んでかかずらい、時間を忙殺されることに、一種の自虐的な喜びを覚えていたのであっ
た。
五月も末になったある日、気味が悪いくらいに上機嫌な叔父に連れられて、静岡市内まで飲みに
行った。小ざっぱりした日本料理屋の座敷で、叔父が持ち出した話は私の見合いの件であった。叔
父のつもりでは、先頃の家庭内のゴタゴタで私に色々と面倒をかけた事への詫びと感謝の意味らし
い。私にとっては有難迷惑な話だったので、適当に聞き流し、結構いける味の刺身や焼き魚に頻り
に箸を運んでいた。叔父の行きつけのクラブ「胡蝶」に移ってからも、見合い相手の娘の才媛ぶ
り、親の財産のことなど、くどいくらいに並べ立てていたくらいだから、叔父としてはかなり本気
で私を口説いているらしかった。それでも、私も二三度顔を合わせて顔を見知っている美人ママが
私たちの席へ移ってきてからは、叔父は話題を得意の猥談に変えていた。色の道にかけては多額の
授業料を払っている叔父の、この猥談というのが、なかなかに聴かせるのである。随分際どい言葉
を口にしているのだが、その表現が変に嫌味な露骨さにならず、他にはこれといって取り柄の無い
叔父の、唯一他人に誇れる芸だと言えないこともなかった。着物など渋い、地味なものを好んで身
につけているが、見たところ三十歳そこそこにしか見えないママは、これまた見事に好色な叔父を
あしらって、この店へ足繁く通わせているのである。性懲りも無くもう浮気の虫を起こしている叔
父の、脂ぎった血色の好い赧ら顔を見ていると、謹厳実直で真面目一方の親父と兄弟であることが
信じられない気がして、私はつい吹き出してしまった。叔父は何か勘違いをしたようで、
「お前も、なかなか話が分かるようになったようだな…」と、隣りのあどけない顔をしたホステ
スの首筋の辺りを指で撫でながら、満足そうに私の方を横目でジロリと見るのだった。私はその
夜、大分酔っていたようだった。少し眠り込んでしまったようで、誰かに肩を揺すられて、眠い目
を半眼に開くと、眼の前に派手なワンピースを豊かに膨らませた女の胸が迫っていた。見上げる
と、さっき叔父の横に座っていた童顔の女だった。静かになった店の中には客の姿は無く、カウン
ターの向こうで若いバーテンダーがグラスなどを洗いながら、後片付けをしている気配だった。叔
父の姿を眼で探していると、女がもう帰ったと言う。そして自分が送って行く様に言いつかってい
いるから、一緒に外に出ようと、変に甘ったるい鼻声で言うのだった。女が身体を摺り寄せる度
に、安っぽい香水の匂いが私の鼻腔を刺激していた。外には美しい月が皓々と照り、通りを行
き交う車のテールランプの赤い灯が幻の様に流れている。私は女に支えられるようにして、女が止
めたタクシーに乗り込むと、その儘寝てしまった様である…。再び気がついたとき、女が頻りに、
鍵を鍵穴に挿し込もうと苛立っている。私は相変わらず、女の左腕に抱きかかえられるようにし
て、辛うじて立っているのだ。やっとドアが開き、私は倒れるように畳の上に身を投げた。女が汲
んでくれたコップの水を一息に飲み干すと、やっと眼が普通に開けられるようになった。まだ頭が
クラクラしていたが、その酔眼朦朧とした私が見た女の部屋は、意外なほど質素で清潔な雰囲気で
あった。六畳と四畳半の和室に、狭い台所、それに風呂場がついている。あらためて女の顔を見る
と、身体の方は見事に発育しているが、表情には少女のような幼さが残っていて、口唇にどぎつく
塗ったルージュだけが、その童顔に違和感を与えていた。一人で住んでいるのかと訊ねる私に、洋
子は(その女の名前である)鏡台に向かって化粧を落としながら、やはりホステスをしている姉と
二人で住んでいるのだが、今夜は姉は東京へ遊びに行って帰らないのだと、答えた。
自作の創作公開「羽衣幻想」
第 二十六 回 目
でも本当は、そんな軽佻浮薄な都会生活者達を軽蔑したり、見下したりする資格はわたしにはな
かったのです。わたしもその中の一人なのですから。一体わたしは何のために、何を求めて、この
排気ガスとコンクリートの都へやってきたのだろうか…、富と名声と権力。昔も今も変わらない大
都会の持つ魔性の吸引力。そのどれもが、何の取り柄も無い平凡な娘のわたしには、望んでも手の
届かない、遥かな彼方にある高嶺の花にしか過ぎません。そればかりではなく、富と名声と権力の
原理に支配されて生きている男の人達の世界も、わたしには疎ましく、意味の無いものに思われて
なりませんでした。結局、無知なわたしは自分ではそれと気付かずに、全く場違いな世界に進んで
踏み迷い、子供じみた儚い夢を育むことが可能だと信じていた。そして、無駄な努力を重ねようと
していた…。そんな愚かな自分の姿ばかりが目について、救いようのない絶望と焦燥とが、交互に
わたしを苦しめ続けました。Yの見え透いた甘言にまんまと嵌ったのも、当時わたしの心を支配し
ていた自暴自棄的で、投げ遣りな気持ちが、半ばそうさせたのでしょう。わたしが民俗学に強い関
心を持ち出したのは、そんな失意と焦りの最中でだったのです。かと言って、そこには明確な指針
や成算があったわけでもありません。漠然とした期待とほんの少しの確信のようなものが、まるで
突然の啓示のように、胸中を去来していただけです。ただ、平凡な娘であるために、典型的な日本
人と言えるわたしに、名もない父祖達の生き方を忠実に辿り、跡付けようと試みる学問の民俗学
が、何事かを語り、進むべき道を示唆するだろうことは、殆ど確実だと思えたのです。浮ついた夢
想では無く、大地に足を着けた小さな希望の芽が見つけられたら、どんなに嬉しかろう。そんな切
ない願いだった。
民俗学を発見したわたしは博司さんと出会い、観音様を知り、幸ちゃんを愛し、明石さんの孤独
な温もりに触れた。そしていま、わたしは優しい博司さんにサヨナラを言い、わたしの青春そのも
のだった博司さんから去って行きます。仕方がないのです、ただもう、仕方がないとしか言えませ
ん。
優子の話が終わった。そのあとに続いた長い沈黙の間、私は何を考えていたのであろうか…。
恐らく、放心に近い心理状態に置かれていたのであろうから、その時の記憶が真空のように欠落し
ていても不思議ではない。
「外に出ようか…」
冷たくなって二人の前に並んでいるコーヒーを、ぼんやりと眺めながら私がそう言ったのを憶え
ている。新宿迄送らせて呉れ、新宿でさよならしよう―、そう言う私の言葉に優子が黙って頷い
た。新宿迄行ってどうなるものでもない、それは分り切ったことだが、日比谷から新宿までの距離
だけは、そこを車で優子と一緒に走る時間だけは、あの場合に是非とも必要な気もしていた。ハン
ドルを操作しながら私は言葉を探していた。優子との別れにふさわしい最後の言葉を。しかし、そ
の努力も虚しく、空転して終わった。「じゃあ…」、これが優子に与えた私の最後の惜別の辞であ
った。優子の姿が新宿駅の中に消えたとき、重い滓のような疲労感が私の両肩にのしかかるよう
に、襲ってきた。その夜遅く、疲労困憊して静岡の家にたどり着いた私は、その儘ベッドに倒れ込
むと、泥のように眠りこけ、翌日の昼近く迄目を覚まさなかった。母に揺り起こされて目を開ける
と、まるで宿酔の時のように頭が重く、身体もだるいような感じがした。それでも正午には店の方
へ顔を出すと、「付き合いも程々にしておけよ」と叔父が渋い顔をして言った。私はきっと二日酔
いの様な顔をしていたのであろう。それから夜の八時に仕事が上がる迄の半日が、ひどく長く感じ
られて閉口した。私はひとり車を駆って、海に向かった。夏の日に、優子を連れて行って夜光虫を
見せたあの浜辺に出ると、荒涼たる砂原に肌を刺す様な寒風が、海の方から吹き付けていた。夜空
の星屑だけがあの時のように美しく瞬いているのが哀しい。そう思った瞬間、涙がひと滴、強い風
に煽られて闇に飛んでいた。痛いような風の冷たさが、却ってその時の私には、心地よく感じられ
た。打ち寄せる浪しぶきに向かって、獣の如く吠えかかりたい衝動が、電流のように走った。私
は、狂人のように荒れ狂い、或いは、駄々っ子のように叫びたいと思った。だが、そう考えただけ
で、わたしは誰も見る者のない夜更けの波打ち際に、凝然として佇んでいるだけであった…。
自作の創作公開「羽衣幻想」
第 二十五 回 目
「お部屋はどこ?」って言うと、二階の灯りがついている部屋を幸ちゃんが指差した。変だなと
思いながらドアをノックすると、中から男の人の声が聞こえる。ドアを開けると、明石さんは無精
ひげを生やした儘蒲団の中に臥せっていたのですが、私と幸ちゃんの姿を認めると、恐縮したよう
に床の上に起き直った。明石さんは悪性の風邪をこじらせて、仕事を休んでいたのです。それで、
明石さんを迎えに駅に出て、私と顔を合わせることが出来ないのを悲しんだ幸ちゃんは、今夜とう
とう我慢しきれなくなって、明石さんが寝入った隙に抜け出して行ったらしい。高熱で苦しそうな
明石さんが頻りに恐縮しながらそう話すのを聞いたら、わたし急に涙が、嬉しさと感謝の入り混じ
った涙が、止まらなかった…。誰に対する感謝の気持ちなのか、その時はハッキリ自分でも解らな
かったのですが、その時のわたしの気持ちには、確かに感謝の念が交じっていた。後になって、明
石さんと交際し出すようになってから、度々その時のことを思い返して、私はあの時一体誰に感謝
したかったのだろう?そう、考えることがありました。最初は、国東の観音様かな、と思った。次
は、その観音様のいる国東へわたしを連れて行ってくれた、博司さんかな、とも思った。そして、
亡くなった幸ちゃんのお母さん。次に、幸ちゃんのお父さんの明石さん。最後に、私をこの世に送
り出して下さった私の両親。その誰でもあるし、その誰でもない、ような気もする…。そんな風に
考えたとき、わたしは再びあの観音様の不思議な表情を心の中で反芻していたのです―、笑ってい
るようでもあり、哀しんでいるようでもある。目の前の自分を注視しているようでありながら、無
限の遠くを望んでいる眼差しでもある、仏像のお顔…。と、
ある日突然、私の頭にひとつの奇妙な考えが閃いていたのです、幸ちゃんはあの観音様が私に授け
てくださった子供なのだ、と。そんな、子供染みた、滑稽な想像です…。
話が、横へ逸れてしまった様ね、わたしは今、明石さんのことをお話しようとしていたのに。明
石さんは、東京生まれとは思えないほど、素朴で、飾り気のない、仕事熱心な人です。高校を終え
ると関西で板前の修行を積んで、六年前に大阪の或る商人の一人娘と、先方の両親、並びに明石さ
んの親方筋の猛烈な反対を押し切って、恋愛結婚したらしい。その相手の方が、幸ちゃんのお母さ
んね。で、二人は随分苦しい新婚生活を余儀なくされたらしいのですが、間もなく可愛らしい女の
子が生まれ、さあこれからという時になって、奥さんが突然病気で逝ってしまった。慣れない貧乏
生活と、実家と行き来出来ない孤独が、お嬢さん育ちの女房には過酷に過ぎたのでしょうって、明
石さん寂しように俯いた両眼に涙を見せていました。精気の抜けたような虚ろな明石さんの横顔を
見ていると、この人が熱烈な恋愛を経験したなんてこと、とても信じられない気がしました。ま
た、それ程に幸ちゃんのお母さんを愛して、その結果燃え尽きてしまったのかと、ロマンティック
な愛の裏面に潜む残酷さに、慄然とさせられもしました。明石さんは、容貌も風采も十人並みで、
前にも話したように仕事熱心な所だけが取り柄と言ったような人です。そんな子連れの三十男を何
故好きになったのか、理屈では説明できそうもありません。あなたはこう仰有るかも知れません、
わたしが愛しているのは幸ちゃんの方で、父親の明石さんではない。娘の幸ちゃんに対する愛情と
同情を、明石さんに対するそれと錯覚しているだけだと…。それは、私が自分で何度か自問自答し
た疑問だったのです。
最初の頃、幸ちゃんの「パパ」として明石さんと接し始めたわたしに、気の毒な人と思う、同情
の気持ちが働いていたことは否定できません。もっと意地悪く、自分の意識しない意識を詮索すれ
ば、子供を産めない躯を持った女が、願ってもない結婚相手を、明石さんの中に認める―、そん
な、おぞましい打算が発見されたかも知れません。その可能性を完全に否定しきれるほど、立派な
心の持ち主だなどと、自惚れることはわたしには出来ません。しかし、百歩譲って仮にそうだった
としても、そして今でも明石さんと同じくらい、或いは、それ以上に幸ちゃんに強く惹かれている
自分の心を素直に認めた上でも、現在のわたしは明石さんに対する、特別で、純粋な感情を見失う
ことはないのです。
東京に出て来た頃のわたしは、東京という大都会の生活に憧れ、ヨーロッパやアメリカなどの外
国旅行に単純に憧れ、若い娘らしい単純な夢を膨らますことができた。まるで卵から孵ったばかり
の雛鳥のように、素朴な初心さという抜け殻の破片を、体のあちこちに、まだくっつけていたので
す。でも、やがてお定まりの幻滅と失望が、わたしを大人に近づけ、いつか、街で擦れ違う人々に
皮肉な視線を投げかけている自分に、気付いていました。でも本当は、そんな軽佻浮薄な都会生活
者達を軽蔑したり、見下したりする資格はわたしにはなかったのです。