自作の創作公開「殉 愛」
第 三 回 目
前置きが大分長くなって、済まない。いよいよ本題に入ろうと思うのだが、はて、どこから話
したら好いのか…、そうだ、あの橋爪が六本木のサパークラブに通い詰めていた時期があるといっ
たら、君もビックリするだろうね。無論アルバイトをしていたのではなく、純然たる顧客としてだ
よ。えっ、そんな事信じられないだって、そうだろう、この僕にしたって、最初は同じ思いだった
さ、それが紛れもない事実だと知ってからも、何だか狐にでもつままれた様で、変だった。あれは
三月の始めの事だったから、もう半年以上にもなるな。春の番組改編期を前にして、撮影を終了し
た作品や、四月から新しくスタートする新番組やの打ち合わせが錯綜して、勢い銀座や新宿辺り
を、局プロや制作会社のプロデューサー達と飲み歩く回数が多くなって、あの晩も真夜中近くま
で、仕事の話をしながら皆で飲んだ後で、今度は仕事を離れて、一人でゆっくり飲み直そうと考え
たのだ。で、顔馴染みになったばかりの銀座のホステスと、待ち合わせる為に寄った店が、問題の
高級サパークラブだったって訣。僕がその店に着いたのは夜中の十二時近くだったけれど、あの店
としては開店したばかりで、まだ宵の口といった按配だから、薄暗く広い店内はがらんとして、客
席には人影もない。と、最初はそう思い込んでいたのだが、ボーイが運んできたビールを舐めながら
一服して、何気なく一隅に視線を遣ると、薄暗い照明をなおかつ避けるようにひっそりと、隅のテ
ーブルに蹲るように座っている、人物がいる。僕と同様にホステスか誰かと待ち合わせている客だ
ろう、くらいに軽く考えて、再び視線を目の前の琥珀色のグラスに移したのだが、妙にその人物の
事が気になる。で、もう一度、今度は意識してゆっくりと、意識して観察するように、その人物を
眺めた。僕の方に横顔を見せているとは言っても、明瞭には物の形や色が判別出来ない室内の明る
さといい、日本酒とウイスキーをちゃんぽんに、それもかなりの量を飲って、僕としては酩酊の部
類に属する位に出来上がっている。謂わば、酔眼朦朧とした視力では、相手の若い男の客の顔形を
鮮明には把握するのは、難しい。しかし、じっと瞳を凝らして見詰めていると、何だかその横顔に
見覚えがあるように思える。最初の一瞥で変に引っかかる所があったのも、同じ意識が殆ど無意識
のように作用したのだろう。で、よくよく眼を凝らして見直している裡に、その顔が橋爪のものだ
と気付いたってわけ。だけど、酒は愚か、女遊びなどには正真正銘、てんから縁の無い彼が、この
様な場所に居るはずがない。きっと他人の空似なのだろう、一旦はそう思い込んで、またビールを
ちびちびとやって女を待っていたのだが、タクシーが拾えないかして手間取っているか、女はなか
なか姿を現さない。電話くらい呉れてもよさそうなものだなどと、少なからず焦れて来る。そのう
ちにバンドの演奏が始まり、客の姿もちらほら店のあちこちに見えだした。そして、こっちから女
の店に電話してみようという気になって、電話ボックスに立った際に、またもや視線がさっきの人
物に落ちたのさ。身動きひとつせず、先刻と同じ姿勢を保って、影の如くにひっそりと蹲ってい
る。橋爪だと直感したのは、その時のことだった。顔見知りのレジの女性に、それとなく聞いてみ
ると愈々もって橋爪に違いないと確信を深めた。つまり、レジの女性が話す所によると、橋爪はこ
こ二週間以上もの間、一日も欠かさずに通って来て、必ずあの隅の席に座を占めていると言う。勿
論、レジの女性は橋爪の名前も職業も知らないのだが、あまりに橋爪の様子が風変わりだったの
で、眼に止まっていたのだね。
ある日突然に一人でやって来て、オレンジジュースを注文しては、ああして明け方まで一人でじ
っとしている。店の規則だからと言うと、ボトルをキープして自分では全然口もつけずに、店の女
の子達に飲ませてしまう。別に外のお客たちに迷惑になる事をするでもなく、勘定の支払いもきち
んきちんと、毎回、規定の最低料金以上の金額を支払ってくれる。ある意味では大変結構な顧客で
ある。だが、お店のママも言っているように、どことなく薄気味の悪い感じがして、仕方がない。
まあ、こんな具合に説明する。それでその時よっぽど声をかけて、橋爪からその奇妙な行動の理由
を、訊き質そうと決心したのだけれど、一つにはお目当ての女が丁度その時、遅ればせながら姿を
現したこと、もう一つには、こっちの方が主たる要因なのだけれど、橋爪の様子が、あの真夜中の
サパークラブの片隅に座っている、橋爪の異様に寂しげな、心なしか両肩をがくりと落とした、後
ろ姿が、幼馴染の僕でさえ気軽に声を掛けるのが憚られるような、他人を容易には寄せ付けない、
厳しい拒絶の表情を示していたのだよ。誓って言う、これは本当なのだ、先日の君とのケースとは
まるで事情が、違っていたのだ。そうでなかったら、たとえ女と一緒でも僕はきっとその場で、彼
の肩を軽く叩いたに相違ない。
それから一週間ぐらいは、打ち合わせやら何やら、仕事の忙しさにかまけて、忘れるともなく、
忘れていたのさ。所がまたもや、思いもよらぬ場所で橋爪に出食わしたものだから、実際驚きだっ
たよ。一体、何処だったと思う。君には到底見当もつかない所さ。僕は例によって、したたかに酔
っ払って、数日来すっかり意気投合した若手の演出家と二人で、赤坂の某クラブに乗り込んだと、
思い給え。クラブとは言っても客に売春婦を斡旋する、所謂「キャッチバー」の一種で、その種の
店としては、まあ高級の部類に属するらしい。何も知らずにポン引きなどに連れられて入れば、そ
れこそ目の玉が飛び出る程にぼられるらしい。だが、連れの演出家が、その道の裏の事情に精通し
ている名代の遊び人で、そのクラブでも大変な顔だと承知していたから、こっちは大船に乗ったよ
うな気で、安心してついて行ったって訣。そのクラブで橋爪の姿を発見した時には、さすがの僕も
暫くは呆気に取られて、声も出なかった。
自作の創作公開「殉 愛」
第 二 回 目
相手の意向などには頓着せず、己の欲するままを堂々と押し通すのでなければ、大物とは言わ
れない。が、矢張り僕はまだ、大物の域にはほど遠い存在らしい。そうか、思った通り、図星だっ
たか。まあ、いいから遠慮なく言ってみてくれ給え。話を聞いてみないことには、お役に立てるかどうか
分からない…。うん、橋爪のことは僕も少なからず知っている。新聞や週刊誌等にも色々と載って
いたのだし、君が書いた記事も読んだ。あれ以外の事で、僕だけが知っている特別な事などといっ
ても、何もなさそうだけれど…、唯、確かに僕は最近の橋爪の動静に関して、外の連中よりは比較
的接触が多かっただけ、幾分は詳しいと言える。そして君の期待に応えられるかどうか、甚だ心も
とない限りなのだが、或る隠れた事実を知っている。或る隠れた事実だなんどと、秘密めかして、
人の気を惹く三流週刊誌の見出しみたいで、気が引けるけれど、兎に角、僕はあの橋爪の突然の変
死に関する、謎の部分を解明する鍵のようなものを、握っているよ。それは嘘ではなく、本当の事
なのだけれども、それを第三者に説明するとなると、非常に困難な仕事に思える。その謎を解く鍵
なるものが、特別に主観的と言うか、非現実的な、作り話めいた印象を聴く人に与えるのではない
かと、恐るのだね。
何時だったか、確かほら、こんな話をしたことがあった筈だが、覚えているだろうか。現代では
メロドラマというものが成立しない、と言うよりは、成立させるのが難しい。映画でもテレビドラ
マでも、メインの観客や視聴者である女性層には甘美なメロドラマが受けることは分かっているの
だが、現代、それも今日の日本社会の状況では、男女の純粋な恋物語を、擦れ違いを多用したメロ
ドラマに仕立てるのが、ひどく難しい。ドラマだけではなく、現実そのものが既に、メロドラマふ
うではなくなっているのさ。分かり易い例を挙げれば、譬えば、封建時代の義理と人情の対立のよ
うに、愛し合う男女の仲を有無を言わさずに、残酷に引き裂いてしまう、確かな説得力を持つ、真
実に障害というものが見当たらない。早い話が、戦争があって恋人同士が別離を余儀なくされる、
ということになれば、もうそれだけで哀切な恋物語の骨格が、出来上がってしまうのだけれど…、
それが無い今日では、どの様な設定や条件を持って来ても、皆苦しい嘘になってしまう。もともと
作り話には違いないのだけれど、ドラマの受け手の側は、出来るだけ本当らしく描かれたフィクシ
ョンの世界に、ヒロインに感情移入することによって、惑溺したい願望に駆られている。安易でご
都合主義の擦れ違いドラマでは、酔うにも酔い切れない。映画やテレビドラマの制作者側は、観客
や視聴者の熱烈な渇望に添うべく、日夜悪戦苦闘しているのだけれども、土台無理なものは誰がや
っても同じこと。しかし甘美な悲恋物語に対する需要が市場に存在する以上は、資本主義経済を建
前とする我が国では、必ず需要に見合った商品が生産されずには置かない。台本制作職人たるシナ
リオライターは仕方なく、恋人同士が、本当に何もかも捨てる覚悟を固めさえすれば、解決してし
まう、従って本質的には悲恋でも、悲劇でも何でもないストーリーを、あたかもヒロイン達の意志
や気持ちではどうにもならない、客観的な桎梏が其処に存在しているかの如くに、眼を瞑って書き
飛ばすって寸法さ。おや、これはとんだメロドラマ談義になってしまっようだが、これもお尋ねの
橋爪に関連する話の一部なのだから、勘弁してくれ給え。
またまた弁解めいて恐縮だが、実際僕がこれから話そうとしている、橋爪の変死の謎を解く鍵な
るものに触れようとすると、どうしても或る抵抗を、正直に言うと、自分でも半信半疑なところが
あるだけに、語るのに躊躇せざるを得ないのだ。益々、心ならずも持って回った言い方に傾いて行
くようで、切りがないのだけれど、それだけシナリオライターの僕には、喋り辛い内容なのさ。い
や、僕の商売が嘘っぱちばかり、実(まこと)しやかに書き連ねている、台本作家だからこそ却って、表現し
難い、心の真実ってものが、稀には有るって訳。兎に角、ここまで言った以上は一通り君に話して
みるが、呉呉も真面目な話として受け取って呉れないと、困る。いや、少なくとも僕は、可能な限
り真面目に語ろうと思う。
自作の創作公開「殉 愛」
第 一 回 目
「 殉 愛 」
(殉愛とは、ひたむきな愛を貫くために、自己の命を投げ出すこと、を意味しますので、現代で
は全くの死語と化した言葉です。もしかしたら、現代だけでなく、どの様な時代でも 殉愛 は人
間技では不可能な行為なのかもしれません。それを承知で、作者はこの無謀極まりない冒険に、果
敢に挑戦してみたのですが、結果はいかがだったでしょうか…?)
先日は失敬した。ヒョンな所で、思いもかけぬ御仁と出食わしたものだから、こちらは大分、面
喰らってしまったのさ。それに、見たところ、そちらも相当お安くなかった。そう、咄嗟に感じ取
ったので、ああしてさりげなく素知らぬ態度を装うのが、紳士のエチケットというものだろうと、
気を廻したわけだが、どうやらそれはとんだ早合点だったようだね。近いうちに何かで、きっと埋
め合わせをする心算だから、何分、家の奴には内聞に願うよ…。しかし君、こう言うと何か弁解が
ましく聞こえるかも知れないが、あれは謂わば、シナリオライターとしての肥やしの様なもので、
皆が噂している様な悪い病気などと言う物じゃないのさ。そりゃ学生時代から、この方面にかけて
は、君に負けないぐらい前科があることは素直に認めるよ、だが君、自分でこう言うのも可笑しい
けれど、最近の僕はひと頃とは別人の如く、真面目に生き、真剣に仕事に打ち込んでいる。いや、
そうせざるを得ないと言ったほうが、正しいのかな。君のように、今のように発言する側から、全
部混ぜっ返されて冗談にされてしまっては、閉口なのだがね。兎に角、真面目一本槍で、毎日を真
剣そのもので送って、文字通りに一分一秒を惜しんで生活をしている僕は、遊んでいる時は勿論、
酒を飲んでいる時でさえ、ついでに言えば、女性を口説いている最中でも、古風な表現を借りれ
ば、全身全霊を捧げて打ち込む、非常な緊張のうちに生きているわけで。
この前の電話の際に、君も褒めてくれた、あのドラマね、あの番組がきっかけで僕がひと皮剥け
て、一段飛躍したなどと言う批評家もいるけど、僕に言わせれば全く逆でね、日頃の生活態度、血
の滲むような精進が、漸く書くものに反映するようになっただけの事。あれはまだほんの序の口
で、僕が本当の実力を発揮するのは、これからなのさ。酒に酔った勢いで、勝手な気焔を上げてい
る相手が、週刊誌の敏腕記者だからと言って、それも発行部数が優に数百万部を誇る『××誌』
に、僕の宣伝記事を載せろなどといった、大それた下心を持っているわけではないのだから、我慢
して聞いてくれ給え。
どうせこんな時間に、僕の所に電話して来るくらいだから、君の方だって暇を持て余している
に、違いないのだからね。譬えば、抜け目のない君の事だから、さりげない世間話の後で、ちゃん
と肝心な商売の種だけは、聞き出そうという魂胆かもしれないが、暫くはこちらの無駄話の相手
に、なってもらうよ、いいかい。いくら今売り出しの、若手シナリオライターNo.ワンを自他とも
に許す僕だって、四六時中、机に向かって遮二無二、原稿用紙の
桝目ばかりを埋めている訣にも、いかないのさ。忙中に閑あり、さっきも言ったように、謂わば命
懸けで女を口説く時間が、是非とも必要欠くべからざるものになる。その辺の微妙な因果関係は、
斯かる生き方に正に身体を張っている当事者でなければ、理解できない…、なんて、まあ、こんな
下らないお喋りをしながらも、君、こう見えても僕は意外とお人好しでね、さっきから君が電話し
てきた本当の理由の事が、頻りに気になっているのさ。