自作の創作公開「殉 愛」
第 六 回 目
その時期に読んだ中で、どれほどが自分の血となり、肉となることができたのか、彼には全く判断
がつかなかった。或いは、全く彼に影響を与えずに、素通りしてしまったのかも知れない。ただ、
その結果として、果たしてそれが文字通り宗教書を読破した御蔭によるものなのか疑問ではある
が、やはり自分は絵筆を執らなくてはダメだと感じた。絵筆を手にして、カンバスに向かい、絵の
具に塗れていない彼は、ただの木偶の坊にしか過ぎない。そして、彼の志している理想の画家とし
ての、高邁な目標からすれば、心ならずではあるが駄作ばかり物している時の彼の行為は、土方仕
事と同様に創造・創作とは言えない。いや、ただ意味も無く、赤や青、黄などの色を油に溶き、純
白の布地を汚している馬鹿げた遊戯は、ビルやトンネルなど公共の便宜に益する施設の建設に寄与
する、土方仕事よりも遥かに劣った仕事と言わなければならない。土方仕事に限らない、額に汗し
て働く全ての肉体労働は、確実にある新しい価値創造に連なっているという意味で、貴重で、崇高
な人間行為だと言えよう。が、尚且つ彼が、自分は絵を描かなくては駄目だと、感じたのは何故
か?彼は自分の肉体を酷使する労働の辛さに、嫌気がさしたのであろうか?口先では「肉体労働
は、尊く、神聖である」などと唱えながら、心の中で密かに、その肉体労働を嫌悪し、軽蔑してさ
えいる、ある種の学者や文化人達のように、彼もまた肉体労働の辛さ、不様さ、粗暴さを離れ、
温々(ぬくぬく)とした居心地のよさが身上の、頭脳的精神労働者という支配階級の玉座に滑り込
もうと、目論んでいるだけなのだろうか?彼の本心は、特権階級の安楽さ、恰好良さ、上品さ等に
憧れ、そうした上辺の見てくれの良さだけに惹かれているくせに、如何にも尤もらしい価値付けや
自己正当化を行っている、俗人エリート共と、同じ穴の狢なのであろうか…。そればかりではな
い、宗教的権威が失墜した現代にあって、今尚、堕落と低俗化の中でも、辛うじてではあるが、精
神界の王座の地位に祭り上げられている、芸術家!彼は不逞にも、その選民中の選民、王の中の王
たる、一大天才芸術家を目指しているのである。彼は、橋爪三郎は、一人の狂人にしか過ぎないの
か…。その様な大それた事を本気で考え、自分は豊かな天分に恵まれた真の天才なのだと、固く信
じている。だから決して、正常だとは言えないだろう。確かに、彼は自己の狂気を自覚していた。
同時に、己の狂気に命を賭け、それに殉じることこそ、自分の唯一生きる道であると、観念してい
た。それは一種の宗教的な使命感だとも言えた。
確かにカンバスの上に真実の傑作を定着し得ない間の、彼の行う全ての行為は、無意味であり、
馬鹿げている。汗水垂らして働く土方仕事が生産に寄与しているのに較べ、何らの利益も、彼本人
は元より他の周囲の人々に齎さないばかりではなく、却って絵の具や画布の濫費であり、価値の破
壊である。一応は、そう言って間違いない。正しいのだ。彼自身もその事実を認めるのに吝かでは
ない。がしかし、彼にとって絵を修行するとは、本当にそれだけの意義しか持っていないであろう
か?宗教的な表現を借りれば、彼が努力して勉強を重ねて、絵を描くということは、そのままで神
と繋がる道である、と言った意味合いが、そこには覗えないであろうか…。牽強付会の説と非難さ
れる事を恐れずに言明すれば、そこには全宇宙の意志といった物との一体感が、それを切実に希求
する祈りと、願いとが込められていないであろうか。いや、神への祈願の行為そのものだとさえ、
言い切って憚るまい。既成の伝道布教宗教に帰依し切れない無垢な魂が、己の本然の姿を懸命に攫
み取ろうと憧憬する、止むにやまれぬ衝動を、満足させる道もあるのだ。キリスト教や仏教やマホ
メット教だけが神へ至る道ではあるまい。彼にとっての神への道とは、絵の創造そのものなのだ。彼
は、そう考えるようになった。土方仕事が彼に飽き足らないのは、肉体労働が遂に創造の喜びを、
彼に与えなかったからである。実用という、公共の便利に役立つ行為は、神と共に在り、神と共に
生きる実感と歓喜とを、伴うことが無かったからであった。いや、いや、人により、生き方によっ
て、どの様な職業、どの様な仕事に携わろうと、神を感じ、神との一体感に生きることは、可能で
あろう。しかし、この自分は、子供の時から絵画の魅力にとり憑かれている自分は、又、これしか
能がないのだと思い込んでいる自分には、この一筋の小径しか、辿る道が見えないのだ―。
自分との悪戦苦闘の末に、こうした謂わば、開き直りにも似た、悟りの境地に到達した彼は、ま
た以前のように絵の精進に打ち込む、一種修行僧の如き生活を再開した。今から、四年程前のこと
であった。
……宗教だとか、神だとか、大分七面倒臭い話柄に及んで、恐縮至極なのだが、これから話さな
ければならない、奴さんの奇妙奇天烈なエピソードに移る前段として、是非とも謹聴してもらわな
ければならない事だったのだから、勘弁して呉れ給え。これでも職業柄、簡にして要を得た表現を
と心掛けて、描写した心算なのだから。第一、僕同様に軽佻浮薄な俗人である君には、容易に想像
が付くと思うがなあ、僕がどんな顔をしながら、この橋爪の歯切れの悪い、長時間にわたる気違染
みた告白を、聞いていたかということが。その僕の超人的とも称すべき辛抱に比較すれば、僕の話
を聞く君の辛抱など、物の数にも入らないくらいさ。とまあ、そんな余計なお喋りはこれくらいに
して、愈々話の核心に取り掛からねば…。君は橋爪がまだ童貞だってこと、知っているようね。も
う十年近く前になるけど、東京在住の同郷同士が集まって、親睦会のような集まりを熱心に持った
ことがあったね。あの頃、皆んなして盛んに、浅草がいいの、川崎が最高だのと、トルコ遊びの自
慢をし合ったりしてさ、今から考えれば僕たちも随分と幼稚で、ねんねだったと思うよ。その時に
橋爪がまだ童貞じゃないかってことが話題になって、そんな事まるで信じられないと言う奴もあれ
ば、あの年で童貞だなんて却って不潔だわ、などと小生意気言う女の子も居ただろう。そして、ど
う見ても橋爪が童貞としか思えない事が分かると、インポなんじゃないかという奴まで現れて。僕
なんぞはその説に双手(もろて)を挙げて賛成したのだが。実際、あいつときたら女と言うか、セックスに対
して病的なくらいに潔癖だったからな。いや、君、そう焦(じ)れなさんな。この話は脇道じゃなくて、
正真正銘、肝心な話の核心に触れているのだから…、何しろ、その橋爪が女に狂って、その挙句の
果には狂い死にした顛末を、これから語って聞かせようって、趣向なのだからね。で、又、シノプ
シスの続きを読むからね―
自作の創作公開「殉 愛」
第 五 回 目
おっと、話が脇に逸れてしまった。橋爪の事なのだが、タクシーの中でも渋谷の部屋に落ち着
いてからも、始終何か夢見る人のごとくに、宙を見据えたなり無言。しかも、幼子の如く又、羊の
様に従順に、僕の命令に従う。僕はあれこれと慌ただしく考えた末に、てっきり橋爪は何かの原因で、
頭が行かれてしまったのに相違ない、と考えた。所が、それから色々と差し向かいで会話を交わし
ている裡に、その判断が誤りであることが解った。とは言うものの、僕が敢えてそう断を下すまで
には、かなりの時間が費やされた訣だがね。何しろ僕に散々に唆された橋爪が、不承不承に彼の不
可解な行動の理由の説明をする、奇妙な告白を語り終えた時には、春の夜が白々と明け初めていた
のだから…。ここに、橋爪の話を総合して、手短かにシノプシス(梗概)風にまとめたメモがある
ので、これから読み上げてみるよ、仕事の上で何かの参考にでもなるかと、数日前に書いておいた
のだ。
―― 彼、橋爪三郎は四国の県立高校を卒業すると、同級生の誰彼が、関西や東京の大学に進学
する中で、ひとり独学で油絵の勉強を続けるために、東京に出て来た。彼の所謂「画道修行」の場
所として、特に東京を選んだ
ことに関しては、格別深い理由は無かった。ある種の、漠然とした
期待と憧れが彼の胸底に蟠っていたことは否定し得ないが、何と言っても、世界に誇る日本一の大
都会である。様々なチャンスや、目に見えない貴重な刺激。更には、大勢の有能な人々に出会える
だろう。また、身体さえ健康であれば、食うに事欠くことはないだろうと、高をくくってもいた。
それに、彼は好きな絵の勉強さえ出来るのであれば、どの様な環境に置かれても、へこたれない確
とした自信もあった。俺には才能がある。今に、世界中をあっと言わせる大傑作を、ものして見せ
るぞ。それまでは、一流大学に進学して、のうのうと生活している同郷出身の級友や先輩始め、日
本中のエリート指向型優等生グループの蔑視や嘲笑には、甘んじて耐えよう。いや、世界中の支配
階級と、次代の優秀なる後継者たるべき、エリートへの堅実で、安全なハイウェイを脇目も振らず
に疾駆している 高級車族 も、この虫けらのような東洋一の貧乏書生を嗤うなら、哂え。いつの
日か、諸君と小生との立場が逆転して、諸君が逆立ちしても小生を笑い者に出来ない時が、遠から
ずやってくるのだ。いや、俺の絵の才能が、近い将来に於いて実現させずには置かない。アレキサ
ンダー大王やナポレオン、或いは又、ジンギス汗や織田信長が、嘗て武力に依って獲得した絶大な
力を、俺は芸術の神通力を縦横に駆使して、掌中に納めてみせる。西洋の諺にも言うではないか
「ペンは剣よりも強し」と。俺はそのペンならぬ、絵筆によって全世界を席巻し、人々の渇仰を一
身に集める心算だ。天地開闢以来、様々な聖人、偉人、英雄が犇めき合っている中で、血の一滴も
流さずに(清らかな涙の雫は滂沱として流れ落ちるかもしれないが)、真の意味の 無血革命 を
人類史上にもたらすのは、この俺だ―、とまあ、真夏の積乱雲の如くに、鬱勃として昂まる気概
や、天馬が大空を翔けるような雄大な野心は、胸中に燃え滾ってはいるけれども、現実という地上
を低徊する生身の人間の悲しさ。彼はいつの間にか、深い、深い虚無の深淵にすっぽりと落ち込ん
でしまい、気がついた時には、にっちもさっちもいかない、まるで身体の自由も、精神の自由も利
かない己の姿に、愕然とした。彼は焦った。焦って、焦って、我が身が燃え尽きるのではないか
と、危ぶまれるほどに、苦しみ足掻いた。一時期、絵筆を文字通りに折って、完全に絵画から離
れ、無二無三に肉体労働に打ち込んだこともある。ビルの建設現場、地下鉄のトンネル開削工事、
ダムの修築やそれに伴う道路工事等など、様々な肉体を酷使する労働に従事して、毎日を送った。
そうして土方仕事に打ち込み、全身汗まみれになって働いている間は、胸の中に宿っている、鴉
の羽のように
不気味な虚無の脅威を、忘れることができた。しかし、一日の過酷な仕事を終えて粗末な食事をし
たため、綿の様に疲労した四肢を堅く冷たい寝床に投げ出した折に、泥のような微睡みの中で襲っ
てくる、何とも形容しようのない蟻地獄にも似た、息苦しい苦痛の侵入は防ぐべき術も無かった。
悪戦苦闘、疲労困憊の最中で、藁をも掴む心境で手にしたのが、聖書やお経の本であった。実際
その時の彼は何物かに祈りたいような、縋るような切ない気持ちで、それらの一般向けに平易に書
かれた宗教関係の書物の、一行一行を辿ったのである。また、それらの宗教書をより良く理解でき
るようにと、手に入る限りの入門書・解説書の類も手にした。
自作の創作公開「殉 愛」
第 四 回 目
橋爪はどうしてたかって?それが、奴さんは細長い店の、奥の方のカウンターに腰を下ろして、
何か考え込むように前を見たまま、入ってきた我々の方など、見向きもしない。彼の前に置かれた
レモンスカッシュらしい飲み物も、少しも口をつけた形跡がないし、彼を挟むような恰好で勝手に
ビールを飲んでいる店の女の子達も、まるで白け切った表情をしている。で、我々二人の姿を見る
と、救われたというような露骨な感情を剥き出しにして、女の子達はさっさと我々の席の方に来て
しまう。橋爪は元よりそんな事には頓着せず、依然として、前を向いた儘の姿勢を、崩そうともし
ない。流石にその時は、僕も立って行って橋爪に声を掛けずには、いられなかった…。
「やあ、君か…」
僕の顔を認めると、橋爪がニコリともせずに、ぼそりとそう言うのさ。何かに憑かれたような眼
附きと言うのか、僕の顔を正面から数秒まともに見据えるようにして見詰めた後、又前のようにカ
ウンターに向かって、黙っている。白皙で面長な橋爪の顔が、照明のためばかりではなく、確かに
異様に蒼褪めて、血の気が感じられない。瞳は、君も知っている通り普段でも、神秘な湖の碧さを
連想させるほどに澄み切っているのだけれど、その時僕を見た奴の眼差しには、鬼気迫るとでも形
容したくなる、不思議な迫力が籠もっていた。広い額から頰にかけて肉が削げたように痩せて見
え、そう言えば身体全体が小さくなった感じがする。「お前も、隅に置けないな。何時の間に、そ
んな修行を積んだのだ」、そんな風な冷やかしの言葉を用意していたのだが、橋爪の隣に腰を下ろ
した際には、そんな言葉も何処かに消えて無くなっていた。それどころか、好い機嫌に酔っ払って
いたアルコール漬けの頭も、急に酔いが冷めて、シャキっとしてしまった。
「あらっ、お連れさんのお知合いの方だったのですか。梶田さんもお人が悪い、さっきの電話の
時に、一言そう仰って下されば良かったのに…」
その時、如何にも世故に闌けた、老練そうなママが、僕をその店へ案内した若手演出家に、言っ
たのさ。酔が醒めてしまったばかりで無く、妙に深刻な気分に襲われた僕は、そのママの言葉を耳
にすると、橋爪の両肩を抱くようにして立ち上がっていた。自分でも、その時何をしようと考えて
いたのか、明瞭には分からない。唯、橋爪をこのままにして置いたら大変だ、何とかしなくて
は…、虫が知らせるととでも言うのか、ザワザワとした胸騒ぎのような不安感に、すっぽりと呑み
込まれていた。演出家の梶田にどんな説明をして店を出たのか、どうせ支離滅裂だったに違いな
い、いくら女好きの僕でもあの時ばかりは、眼前に迫った、待望の金髪に対する欲望も、すっかり
萎えてしまっていたのさ。兎に角、通りかかったタクシーを止めて、渋谷の僕の仕事部屋まで、真
っ直ぐに橋爪を連れて行ったと、思い給え。
知っての通り橋爪は、今時珍しいような聖人君子振りが特徴の、絵に描いたような物堅さ。酒は
飲まない、女遊びはしない、賭け事にも一切手を出さない。定職には就かずに、アルバイトで稼い
だ金は全部絵の勉強、いわゆる、奴の口癖の表現を借りれば、画道修行の為に使ってしまう。田舎
の高校を卒業してから、かれこれ十年以上にもなるのに、ずっとそういう生活を続けている。不真
面目な昔の同級生である僕なんざあ、橋爪の爪の垢でも煎じて飲まなければならない。いや、実際
そう思っているよ。全く、敬服の至り、頭が下がる思いだ。本当さ、心底からそう思っている。堕
落し切った、自堕落な毎日を送っているからこそ、心の底から、そう思えるのだよ。
そりゃあ、意志薄弱で、諸々の誘惑に脆い、煩悩の奴隷である凡夫たる我々こそ、真に人間らしい
人間なのだ、などと屁理屈にもならないオダを並べ立てて、自他共に煙に捲くこともあるよ。自分
の不甲斐なさにあまりに情けなくなって、正視するに耐えなくなった際などにはさ。誰だって、悔
しいから負け惜しみや、減らず口くらいは叩く事があるよ、君のように、そう人をおちょくってば
かりいるものじゃない。こう見えても、上辺ほど悪じゃなし、他のもっと徹底した連中と比べれ
ば、案外純情でお人好しの部類に入るのではないかと、密かに自惚れてもいるくらいだから。実
際、連中ときたら物凄いからね。僕や君の比ではないよ。人間、反省などという下劣で、女々しい
性癖を捨てきれないうちは、本当の悪党には成れない……