自作の創作公開「殉 愛」
第 九 回 目
しかしやがて、彼が半ば無意識に予想もし、恐れてもいた瞬間が、来た。彼の筆はぴたりと止ま
ったきり、完全に行き悩んでしまったのだ。あの画竜点睛とも言うべき女性の姿が、顔の輪郭が、
どうしても筆にのぼらないのだ。この仕事に取り掛かる前までは、ありありと見えていた、清楚に
して、崇高典雅な美人のイメージが、気が附くと濁り淀んだ汚水の中の月影のように、本来の生彩
を失ってしまっていたのだ。
彼は愕然として筆を投げ出した。そして必死に、自分自身に言い聞かせた、疲れだ、疲れが溜ま
っただけだ。休養を取れば、二三日休養を取り、気分転換を図りさえさえすれば、大丈夫。余りに
も完成を急ぎすぎたのが、いけないのだと。しかし、結局は駄目だった。身体の疲労が抜けてから
も、筆は遅々として、行き悩んだままである。何度描き直しても、頭の中で感じているイメージ
が、カンバスの上に現れようとはしなかった。まだ倹約すれば、部屋代を払った外に、二ヶ月以上
は優に生活できる蓄えもあったが、彼は働いてみようと思った。仕事で肉体を酷使している内に、
新しい想像力が復活するかもしれない。それに何よりも、彼の性分としては手持ち無沙汰のまま
で、無為の時間を送ることが出来なかったから。彼は自分の肉体を痛めつけて、苦しめることが、
この窮地から抜け出し、打開する最善の策であることを信じきっているかのように、猛烈に働い
た。昼も夜も、殆ど睡眠らしい睡眠も取らずに、働き通した。世間はまだ新年の正月気分が残って
いる、一月の末だと言うのに、彼は物に憑かれた如くに、アルバイトからアルバイトに飛びついて
行った。
あの時も、早朝から夕方にかけて大型ダンプで東名高速を京都まで往復し、その足で、今度は新
車の陸送を仙台まで、折り返し定期便のトラックの助っ人で東京へ戻り、直ちに暮れの大掃除の際
にやり残してあった、高層ビルのガラス拭きの仕事にかかる。夜間の仕事は特別に危険なので、表
向きには厳禁とされているが、それだけに身入りも大きい。深夜寒風に吹きさらされ、それこそ背
骨も凍りつく、寒さに耐えながら地上数十メートルの上空で、命綱一本に身体を委ねてビルの壁に
へばりついていると、流石に自分で自分が生きているのかの、見境さえつかない意識朦朧たる状態
に陥る。ある瞬間、はっとして自分がまだ生きているのだと気づいた時など、いっそこの儘地上に
墜落して、粉微塵に砕け散ってしまいたいような、誘惑に駆られる。事実、夢とも現ともつかない
意識の中で、空中を枯葉のように回転しながら落ちて行く、自分の姿を想像して、救われたように
気分が楽になった。歯を食いしばって耐えてはいたが、実際泣きたいほどの辛さであったから。
明け方、まだスティームが暖まっていない一番電車の、座席に身を投げ出した彼の様子は、瀕死
の重病人か、泥酔して道端に倒れ込み、幸い凍死せずに立ち上がって来た、酔っぱらいの如く見え
たことであろう。彼はどうやって家路を辿り、貧寒とした部屋の、敷きっぱなしにしてある冷たい
寝床に潜り込んだか、覚えていない。だから、気が附いた時自分が枕元の電話の受話器を手にし
て、何事か喋っているのを知って、慌てた。相手は女の声であった。咄嗟に、郷里の母親かと考え
たが、それにしては声が少し若過ぎるようだ。低いが、艶のある、澄んだ声音であった。聞き覚え
のないものである。間違い電話かも知れない、寝惚けていて、無我夢中で電話に出たのだから。ト
ンチンカンな返事が、偶々、相手の言葉に合致したりして……。しかし、それにしても様子がおか
しかった。相手は確信のある口調で、淀みなく話し続けている。その声の感じが、確かに初めて耳
にするものに違いないのだが、何とも懐かしい、郷愁に似た、甘酸っぱい憶いを掻き立てずにはお
かない、響きを伴っているのだ。
自作の創作公開「殉 愛」
第 八 回 目
しかし、彼の方にも、それに対する反論の用意がある。あなた方は、果たして現象を本質に於
いて把握し、冷静に現実を分析し、判断していると言えるのか?また、自分で見極め得た問題に、
正しく対処出来ていると言い張るのか?更には、その様な能力がご自分に備わっていると、本気で
信じているのですか?受験戦争や交通戦争の齎している地獄の様相の「地獄」が、単なる比喩、今
日風な気の利いた言葉の綾、洒落たレトリックに過ぎないなどと、本気でお考えになられているの
ではないでしょうね?
交通戦争から植物人間が生まれたように、受験戦争からも「精神上の植物人間」が量産されない
と、誰が断言できるのか?また、自然を征服し、完全に自分たちの支配下に置こうと目論んだ、人
類の意志が今日の公害を齎したように、他人を飽くまでも支配し、隷属させようとして止まない
人々の心が、地上に 不信 という有毒ガスを撒き散らし、我々の精神機能を麻痺させ、完全に狂
わせている。この物心両面にわたる救い難い荒廃の実相を、諸君は正視して、しかも、たじろぎも
しないと仰有る…。人と人とが殺し合い、大量の血を流し合う戦争が、許し難い悪であるとして、
その己の悪・不正を自覚しつつ、ある正義の旗印の下に参戦していた先人たちと、真紅の血潮が
人々の血管を破って、外に流れ出していないというだけの理由で、事実上、以前の戦争状態よりも
陰に籠り、内攻しただけ明らかに悲惨さ、残忍さ、凄惨さを数倍増している現状を、平和と呼んで
いる我々とどちらが真に賢明であり、進歩していると言い得るのか……。
我々現代人は、真に美しい物、真実に善なる物、真正に正しい物を、それと理解して求める心
を、すっかり失ってしまったのではなかろうか?神や、神の住む天国など、自分たちには無縁な存
在なのだと、決め込んで、見向きもしようとしない。その傍らで、幸福なバラ色の未来を根拠もな
く、夢見ている。それが、我々の心というものなのであろうか?彼には到底承服できなかった。満
足がいかなかった。それでは、彼はどうするのか…。彼には何ができるのか?無論、彼に可能なの
は、絵を描く事、そうして描き上げた傑作を世に問うことしかない。がしかし、それが仮に世紀の
大傑作だったにもせよ、一個の芸術作品に、どれ程の影響力が期待できるのか…。しかし今は、そ
れを問うまい。今はただ只管、人の心を打ち、昂揚・昇華させ、魂を浄化する作品の制作に、打ち
込むべき時なのだ。モチーフはとっくの昔から、この胸の内に宿っている。後は筆先に全身全霊を
籠めて、入神の瞬間を招来し得るか否かだ。最後はやはり神仏の御加護に待たなければならないだ
ろうが、今はもう人事をとことん盡くすのみ。彼は興奮と緊張とで、全身がぶるぶると戦慄(わな
な)くのを覚えた―。
ダ・ヴィンチのモナリザか、あるいは正倉院の鳥毛立ち樹下美人。又は、ミロのヴィーナス、中
宮寺の弥勒菩薩像の喚起する優美で気高い美人のイメージが、彼の意図している絵の構図の中心
に、据えられていた。傑作が生まれるか否かの鍵は、かかってこの女性像を、描き切ることができ
るか、どうかにあった。
それからの二三ヶ月というものは、彼にとって嘗てない至福と恍惚境を味わうことの出来た、貴
重な日々であった。絵筆をとること、カンバスに向かうことは、子供の頃から大好きであったし、
発表の当てのない、描くそばから塗り潰してしまう習作にもせよ、絵の制作に取り組んでいる彼
は、いつも倖せそのものであった。心は充実感で満たされていた。しかし、今回のそれは、質的に
全く別種の幸福感であった。宗教的な法悦の境地とは、この様な心の在り方を指すのではあるまい
かと、一人で合点したりした。第一、今回の彼の心は孤独では無かった、彼の心は謂わば神の心を
感じていた。また、見も知らない大勢の人々の、眼に見えない熱い視線を、肩越しに浴びていたか
ら。しかしやがて、彼が半ば無意識に予想もし、恐れてもいた瞬間が、来た。
自作の創作公開「殉 愛」
第 七 回 目
彼は以前の様に、一時期、懸命に働いては金を溜め、それが或る一定の金額に達すると、ぷっつ
りと働くのを止めて、昼も夜も一室に閉じこもって絵の制作に励み、有り金を使い果たすと再び何
等かの職に就いて何がしかの貯金を作るという、徹底して風変わりな生活を始めた。短期間に少し
でも多くの収入を得たいと望んだので、勢い危険を多く伴う、リスクの大きな仕事ばかりだった。ボ
イラーマン、ダンプの運転手、高層ビルのガラス磨き、鳶職の補佐、等など。その他にも力仕事や
肉体労働と名のつくもので、彼が経験しなかった職種は皆無と言って良い。人の嫌って敬遠する仕
事を、手当たり次第に買っ出た。彼のように定職に就かずに荒稼ぎする、純然たる食う為の労働者
には、仕事を選ぶ自由など与えられていなかっからだ。彼は働くだけ働くと、寸暇を惜しんで作品
の制作に没頭した。彼の絵の題材は、主として神話の世界にあった。古事記や万葉集を透かして見
えてくる、太古の日本人の夢の世界をイメージしていた。ギリシャやローマ文化に培われた西洋風
な造形美とは異なった、独自の観点からスタートし、日本人の魂の追求という特殊に徹しきること
で、人類に普遍な、素朴な原始情念といったものを、瑞々しく表現したい、とするのが彼の宿願で
あり、生涯のテーマでもあった。中でも彼のモチーフの中心には人間が据えられていた。神々や英
雄、そして妖怪や怨霊などの形をとって現れてくる極めて人間臭い情念。生々しくリアルな、現実
感に溢れた感情の発露であり、時には暴力的なまでの噴出である。謂わば、生命の根源から発せら
れた声が、人間の肉体の上に翻案され、演じられる、一瞬のドラマの神秘を、そのクライマックス
の頂点に於いて、カンバスに定着しようと目指しているのだ。従って、彼は目の前にモデルを必ず
しも必要としなかった。戸外の風景をスケッチする時間も要らなかった。モデルや自然は既に彼の
頭の中に、存在しているのであるから。
半年ほど前の事であった。彼は早朝のラッシュ前の、まだ空いている電車に揺られて、帰宅の途
中だった。徹夜の仕事の疲れが強い酒を飲んだ時のように、肩の辺りから重苦しく、のしかかるよ
うに降りてきていた。しかし、頭は変に冴えかえって、透明状態だった。何気なく中吊りの広告等
を眺めているうちに、ふと或る受験校の広告の写真が眼に止まった。小学生らしい少年少女が勇ま
しいハチ巻き姿で、机に向かって勉強している様子を写したものである。ハチ巻きには必勝とか、
初志貫徹とかの文字が書かれているらしい。しばらくその写真と受験校の勧誘字句を見比べながら
眺めていた。しだいに怒りに似た、強い憤りの感情が、彼の胸に湧いた。「ああ、我々人間は、い
や、我々日本人は、何と愚かなのだ!」、またぞろ性懲りもなく、戦争を繰り返しているではない
か…。完膚なきまでに叩きのめされて敗北した太平洋戦争に懲りて、原爆の残酷非道な暴力を心底
憎み、敗戦の屈辱と反省から生まれた平和憲法を、高らかに掲げて、永久に戦争を放棄したはずの
国民が、国家再建、経済力増強の名の下に、再び戦争を志向し、戦争の惨禍という犠牲の上に築い
た、先進国の一員としての立場、経済大国の名誉ある地位を保持する為に、今やその戦線を極限に
まで、拡大している。今度も、国民の誰彼、そして恐らくは政治家や文化的エリート達は、この隠
れた戦争の悲惨さや残虐さに、気付いている。いつの時代でも、その時代の不幸の最大の被害者で
あり、時代の皺寄せを最も多く蒙っている、社会的弱者達は、悲痛な叫び声を発している。しかし
ながら、事態は日増しに悪化する一方のようだ。学徒動員どころか、小学生や幼い児童までが、彼
等の両親の手によって、戦場に狩り出されている。「仕方がないのだ、こうしなければ、生きて行
けない世の中なのだからね、可愛い子供たちや。相手に殺られる前に、こちらが先に相手を打倒す
ることが出来るように、父さんや母さんは、早くから最新式の軍事教練を、あなた方に施すのです
よ。戦争では、戦場では、強者のみが生き残り、勝った者だけが正しいのですからね。しかも今次
の戦争は、言葉の最も正しい意味での 全面戦争 なのですからね。味方はいない、自分一人なの
だということを、しっかりと肝に銘じておかなければ、いけないのだよ。友情だとか、他者への信
頼だとか、博愛精神などという耳触りの良い、謳い文句などに、騙されたはいけない。そんな物を
本気で信じ込んだが最後、間違いなく命取りになるのだから。但し、上辺だけは心底信じているよ
うな、振りをすること。それは呉呉も忘れないように!この、信じているような振りをするという
のは、柔道の受け身の様な物で、咄嗟の際に危険からあなたの身の安全を、守ってくれるのですか
ら。可愛くてたまらないあなた達だけを、苦しい戦場に、無理遣り狩り立てようというのではな
い。私達大人も、日々、血みどろの戦いを、必死の思いで、歯を食いしばりながら、戦い続けてい
るのだ。
だからこそ、我が子が可愛いからこそ、私達親は、こんなにも心を砕き、気を揉んでいる。誰も
好き好んで、戦争を続けようとしているのではない。そうしなければ仕方がないので、それ以外に
道が無いので……」、その様な大人達の弁解がましい声が、聞こえて来るようにさえ思えた。
彼はその朝、自分の部屋にたどり着いてからも、神経が昂ぶり、なかなか寝付く事ができなかっ
た。この訳の分からない、殺意にも似た憤激の憶いを、何処に向けたらよいのか?人は、その様な
彼を見て、鼻の先で嘲笑うであろう。現代日本社会が抱えている様々な矛盾、とりわけ受験戦争に
代表される教育の荒廃は、夙(つと)に識者並びに政府当局者が、由々しき問題として、深く憂え
ているところである。既に十分では無いが、幾つかの有効な諸対策が講じられてもいる。また、今
後も、抜本的な改革が施されるに相違なかった。お前の如くに、現象を皮相に捉えて、心ある者な
ら誰もが心を悩ませている、謂わば 万人に周知 の陳腐な見解を、今更らしく、唯我独尊的な態
度で、我一人がする独創的な卓見であるかのごとくに、論(あげつら)うのは笑止千万である、
と。