春山城2 大城 | えいきの修学旅行(令和編)

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綿内要害(6月撮影)
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では要害本編
                  
大城要害部(4月撮影)                                                                                     
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 郭・堀名は宮坂武男(2013)『信濃の山城と館2』、戎光祥出版に準拠し、おおよその位置に書き込んだ。 測量値も同書に拠る。
 
まずは主郭(郭1)の北、堀イからアを、それから主郭へ入り、クまでこってり辿ります。 
主郭の北は、堀イが厳重に守るが、他に厳しい造作はない。
南の小城方向は、重厚に手を加え厳しく備えている。 
また、城内に据わる岩々は、山岳信仰の聖地を想起させる。

 

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主郭北 堀イ
蓮台寺からのトレッキングルートがここに入る。
 
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堀イ東端
蓮台寺からのトレッキングコースが入る。
 
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堀イ西端
 
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堀イ北 

尾根に要害普請の厳しさはない。

 

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堀イから約30mで堀ア

岩の先は急降下のためか、造りは緩く、遮断機能はない。

 

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急降下

直下を上信越道綿内トンネルが通過。

天王山口からのトレッキングコースが整備されている。

 

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岩上から西直下

 

 このように、大城主郭の北の厳重な構造は堀イのみで、急傾斜・急登地形のためか他に厳重な造作は見られない。
 

                   

堀イに戻り主郭へ
 
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北から堀イこしに主郭

上幅20m城内最大。

 
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イ直上主郭北西隅
には大岩が櫓台状に据わる
 
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主郭へは、北東帯郭を二段経て入ったか
帯郭は後掲。
 
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しかし障壁状に帯郭への進入を阻止しているようにもみえる
 
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導線、はっきりしない
 
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大城主郭1
写真奥に南辺土塁(後ほど)。
 
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北西隅櫓台城大岩
 
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櫓台上から堀イ
 
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大岩直下堀イ西端際
 
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北西隅櫓台大岩上から主郭1
土塁は南辺。
写真左、東・北東下方は帯郭を配する。
右、西辺下方は急壁で普請なし。
 
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西辺下方
急壁で普請なし。
 
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北東帯郭
帯郭は土塁で北東・東に区画される。
 
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東帯郭
 
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郭1南辺土塁
土塁下に堀ウ。
 
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土塁天端は陣地ともなりうるか
 
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土塁上から堀ウ
上幅9m。
 
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土塁上(南)から郭1
 

           
大城主郭の南
 
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土塁の西から郭外へ
 
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堀ウの先、郭2
 
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ウ西掘り下げ
 
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ウ東掘り下げ
 
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郭1南壁
 
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郭2
半岩場。
ここから郭5まで聖地感並々ならないものがある。
 
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郭2の南
右(西)側に土橋状に通行か。
 
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西に土橋、東側に土塁がある
南北は堀オ・エ、郭4・2に挟まれ、狭いが頑強な造りである。
弾薬庫かなにか、重要物資の倉庫でもあったのではないか。
 
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東の土塁
 
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郭3の南
土橋の東(左)に堀オ。
片側土橋残し通行は武田圏下における改修と考える。
土橋の郭3側たもと西(右)にも竪堀の痕跡あり。
 
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土橋の郭3側たもと西竪堀の痕跡
 
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堀オ
 
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オの南に主郭に次ぐ広さの郭4
南と西に土塁をそなえる。
 
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郭4
兵の常駐が可能な広さを有する。
東に竪堀カ。排泄口?
南土塁線下は堀キで、重要な防御戦闘ラインであろう。
郭4は南の重要な防御拠点である。
 
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南塁線前
南の重要な防御防御ライン。
 
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堀キ底と郭5
郭4よりも狭いが、南方舳先を囲うように土塁を備え、堀キラインを頭上から守る。
大城は、南方小城方向に厚く構えている。
 
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堀キ西方掘り下げ

岩利用で圧巻。

 
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郭5南方舳先を囲う土塁
 
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堀ク
大城南の前線。
 
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ク底
 
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ク西掘り下げ
 
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ク東掘り下げ
 
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堀クの先は岩細尾根
約100mで堀ケ。ケには西の春山側から道が入る。ケの先約150mで小城に至る。
 
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堀クこしに郭5
小城方向に向かって立ちはだかる。
 
 このように、大城の南・小城方向に向かっては、厳重に手が加わり重厚に備えられている。私は武田圏下における改修と考える。
 
 参考文献 宮坂武男(2013)『信濃の山城と館2』、戎光祥出版