広戸城160(長野県御代田町広戸) | えいきの修学旅行(令和編)

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広戸城(南から)
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湯川の田切70m断崖上台地に築かれている
 天文年中の12月末、餅つきをしている際に武田軍に攻撃され落城。城主武舎加賀守は討死、奥方は崖から傘を広げ飛び降り自害、という伝承がある。
 
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縄張図
宮坂武男 信濃の山城と館1より引用、郭に番号、堀切にカナを記入してあります
 
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北西より
堀エは、道路となっている
住宅の裏側に1郭、右側に2郭がある
 
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堀ウ
用水が流れる
 宮坂先生は「城ができた頃には、引水されて、城の水の手として利用されていたことが考えられよう」としている。
 
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城内へ
 
 
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1郭  広い 
写真右手には、堀幅20~30mほどの堀アが守る。
左奥に、城主を悼み建てられた墓碑があるが、何回立て直しても割れてしまうといわれている。
 
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1郭を守る堀ア
 
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堀アは、湯川の断崖まで堀り通してある
 
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なかなか見事なので断崖側からもう一枚
左が2郭、右が1郭
 
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堀アの南端、1郭南西端から1郭
対角奥、ビニールハウス脇に墓碑がある
 
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崖っぷちの写真撮ろうとしましたが、落っこちそうになりましたので、西からの写真
 
 参考文献 宮坂武男著 信濃の山城と館1  
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