今井城遠景 (川は信濃川)
仙当城より信濃川沿いに越後方向へ6kmほどはいった段丘突端に築かれている。
来歴は伝わっていないが、志久見口からの武田勢の侵攻に備えた、城坂城、仙当城の後方の拠点で、この先は越後国内妻有庄。
位置は仙当城その2を参照郭ください。
17号に、今井城への登り口案内があります。
現地説明版に、私のブログ説明用に白字で書き込んであります。
三郭南まで林道で行け、説明版があります。
東西北の三方向は急崖で、南面に堀切と土塁で防御する構えです。
○三郭ー二郭は鉤形堀で横矢をかけた地点に橋台と思われる遺構があります。
○二郭ー主郭は大堀切で隔て、ここも橋で繋がっていたようです。主郭土塁は重厚厳重で、橋の繋がる切り口以外は侵入を拒んでいます。
三郭をすすみます
三郭の橋台は堀切で括られていて、西からのみ入ります。
現在、橋はないので三郭ー二郭の堀底に降ります
この堀切が、防御の第一線
かぎ型に折れます
東は三郭側(左)の土塁が高い
二郭にすすみます
二郭西は一段低くなっています
東側は一段高く、遊歩道が主郭へ続きます
北東すみから二郭ー主郭を隔てる大堀切に降ります
二郭(左)と主郭を隔てる大堀切
二郭よりに敷居があります
敷居
駆け降りた敵が止まる線でしょうか。そこを主郭から撃つ。?
用途はいまいちわかりません。
主郭ー二郭を隔てる大堀切も、
二郭からやや突出する橋台から橋で主郭へ繋がっていたようです。
橋が架かっていたと思われる主郭の切り口
遊歩道は西からまわって主郭へ入るようについていますが、私は直登しました。
主郭切り口から直下をみる
同じ 性(さが)の友達。
攻撃を受けながら、とても攻め登れません。
切り口から
主郭
主郭内から土塁切り口を見る
今井城は、大堀切と、この土塁を突破しないと攻略できません。
ここに籠り、ここには入れない、という気概の伝わる見事なお城です。
土塁上には
祠があります。
主郭切り口から
二郭橋台をみる
主郭の北、突端部にもう一段削平地があります
その先の堀切
北端の郭から主郭を見上げる
主郭から 千曲川上流信濃方向
主郭から 越後方向
御館の乱の最中の天正6年9月8日、景勝が小森澤行部少輔と金子二郎右衛門へ宛てた書状の中で妻有筋の備えを固めさせています。その地を、この今井城と推定する説があります。
「…妻有筋之備如何、無心元候、…堅固之仕置専一候、… 其地普請用心、昼夜之気遣不可有油断候、猶万吉重而、謹言、
九月八日 景勝
小森澤行部少輔
金子二郎右衛門とのへ」