もうあちこちで水害が発生していますね…
どこも大変なことになっていますが、これ以上被害が広がらないこと、死傷者が出ないことを祈っております。
明日は我が身かもしれません…
さて。
私は、国内だけではありますが、子どもの頃から引っ越しが多く、いくつかの地域に住んでいたことがあります。
が、人格形成期は首都圏で育ったので、たぶん、私の母語は「標準語(もしくは、ほぼ標準語)」と言えるかと思います。
そんな私ですが、高校の途中で大阪に引っ越してから2年間は、大阪の高校に通いました。
そうなると、当然ながら周りの友達も先生も、みんな大阪弁。
街中も大阪弁。
大阪弁ネイティブの荒波に揉まれ、私もほどなく大阪弁を日常的に使うようになりました。
がしかし。
高校卒業と同時に、関西圏ではない他の地域に引っ越し。
大阪弁を使う機会もなくなり、いつしか忘れていってしまいました
所詮、ネイティブではないので、忘れ去るのは速かった…
がしかし。
先日、大阪の高校時代の友達と集まった時は、もう会った瞬間から、私の口からは勝手に大阪弁が飛び出てきました。
というか、大阪弁しか出てこなくなりました。
体で覚えたことは、体に染みついているのですね。
「非宣言的記憶」というやつですね。
しかもこれが、私の場合「大阪人といると大阪弁になる」わけではないのです。
「大阪の高校の友達といる時だけ大阪弁になる」のです。
他の大阪人が目の前で大阪弁で話していても、私の口からは大阪弁は出てこないのです。
それはなぜか。
大阪に住んでいた当時、街中で大阪弁を「聞く」ことは日常でした。
でも、街中で自ら「話す」機会はあまりなく。
外向けには丁寧語を使うため、標準語でも問題なかったので。
つまり、友達といる時ぐらいしか、大阪弁を「話す」ことはほぼなかったからだと思うのです。
「古典的条件づけ」いわゆる「パブロフの犬」ってやつですね
私にとっての言語スイッチは、「大阪の高校の友達」です
ちなみに、大阪の高校で勉強したことは、大阪弁(アクセント)で覚えています。
高校の先生方が大阪弁で教えていたので。
聞いたことは、そのまま定着しているのですね。
だから、当時学んだ言葉を標準語で聞くと、なんか違和感あるのです
このように私の場合、方言レベルの話ですが。
言語レベルでも、同じような現象が起こると思います。
成長してから、母語とは違う言語を使う国に引っ越し。
その言語にどっぷり漬かって、その言語を習得。
後に、母国に戻り、その言語を使わなくなっても。
その国の人と話す時、自然とその言語が出てくる。
ネイティブの中で生活しながら「自然と身に付く」第二言語。
学校や教科書で体系的に「学ぶ」第二言語。
その過程や定着には、違いがあると思います。
第二言語習得の研究はたくさんありますが、個人によっても様々な経験もあり、面白いなと思います
そして、先生のアクセントやイントネーションや口癖なども、学生は身に付けちゃうということですから、気をつけないといけませんね
まあ日本語学校などでは通常、1つのクラスを複数の先生が教えますから、特定の個人の癖が学生に伝染することはあまりありませんが。
学生の「先生のモノマネ」って、かなり精度が高いのでw、学生は先生のことをよく見て聞いてるということですから、オソロシイですね
※先日、大阪の高校時代の友達と集まった話。
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大阪:変わらぬ友と生誕50周年の会 | やっぱり日本語教師 再デビュー
