一日のタンパクの必要量は体重の千分の一。それがボクの栄養学のもとだ。体重五〇キロならタンパク五〇グラムってこと。ボクの仲間はこれをまもっているんだ。ことわっておくが、このタンパクは良質のものでなけりゃならん。
このルールをはずれたら、どんなトラブルがおきても不思議はない、とボクは思っているんだ。『どんなトラブル』なんていわないで、万病といったほうがわかりやすいかな。
バス放火事件ってのが十四年前の新宿であった。亡くなった人が五人いたが、あやうく助かった女性にボクは紹介されている。去年の秋のことだがね。そのときボクは、手をみせてもらった。
顔はなんともないが、全身にケロイドがあるときいた。
ことしの正月、彼女の夫の杉原荘六氏にあって、はじめて症状をあかされた。春がくるとあせがでる。それが、ケロイドのすきまのまともな皮膚からわきだすので、かゆくてたまらん。そこをかくと出血するから、夏になると全身が血だらけになるというすさまじい話。
ボクはその場で、良質タンパクとそれにまぜるビタミンと、皮膚がとくに要求するビタミンAとの一ヶ月分をおくった。
ボクは高タンパク食でケロイドをなおした経験をもっているわけじゃない。ここでの判断は、経験からきたもんじゃなくて理論からきたものなんだ。
ボクが彼女にいったことは、『DNAがやられていなけりゃ、設計図がそのまま残っているはずだから、いずれはなおるだろう。だけど時間がどれほどかかるかわからない』だった。
ボクの判断がただしいかただしくないか、キミはどう思う?
彼女からグッドニュースが届いたのは三月だった。二ヶ月ほどしかたっていないのにだよ。
その杉原三津子さんは、バス放火事件を小説に書き、ドキュメンタリー作家としてデビューした人だから、少女時代から指にペンだこができていた。これが気になっていたところ、ある朝、それがなくなっていた。かゆくてかいても血がでなくなった。
彼女はこれを主治医に話すといっているが、医者先生はどういう顔をするか。『これは一生なおらない』といっていたそうだが・・・。
本原稿は、1994年11月25日に産経新聞に連載された、三石巌が書き下ろした文章です。