ボクが保証人になっていた人がとうとう破産しちゃった。ボクはあたまをかかえての金策だ。ねむれない夜がつづく。心身ともにくたくただ・・・。
このストレスで、ボクの体内では活性酸素がひっきりなしに発生いしている。だが、ボクはこれがもとでいくらがん細胞の卵ができたって、心配はしない。それが一人前のがんになるまえに、ボクはお墓ににげこむ予定なんだ。これはジジババの特権なのさ。ワイロも何ももらえない特権だ。ひとにゆずることのできない特権だ。
若いもんじゃそうはいかん。自前のスカベンジャー(老化などの元凶とされる活性酸素をしまつする物質の総称)があるにはあるんだが、活性酸素の大量にやられたらあぶないもんだ。
植物にはいろんなスカベンジャーがあって、それを人間さまがよこどりしているってことは、まえに書いた。そういうわけで、植物はいくら紫外線がきても大丈夫なんだが、農薬パラコートをかけられたら、おしまいだ。活性酸素の洪水がおきるからだ。スカベンジャーの分子数が活性酸素の分子数におよばなかったとすれば、これはあとりまえの話さ。
若者よ、おごるなかれってことさ。
ここでちょっと、前のことのおさらいがいる。鼻からはいった酸素はミトコンドリアへゆく。ここで燃料を燃やすわけだ。このとき酸素の二%が活性酸素になるっていったはずだが、おぼえているかな。
パラコートは、このパーセンテージをあげる農薬なんだ。これをかけられると植物はたちまち命をとられる。パラコートは自殺につかわれているが、これは活性酸素のはたらきだ。中性洗剤も、パラコート同様に活性酸素の増産剤だ。だからこんなものを飲んじゃいかん。
ここいらで金策、いやストレスの話にもどるとしよう。
活性酸素がじゃんじゃんできるから、あちこちにがん細胞の卵がうみつけられる。きずのついたDNAをもつ細胞ができるってことだ。
まえに書いたことだが、ある細胞のDNAの一ヵ所が電子ドロボーにやられただけだと、それはがん細胞の卵だ。おなじDNAが、二カ所も三カ所も四カ所もドロボーにやられなければ、一人前のがん細胞にはなれないんだ。
これはなかなかやっかいな仕事だ。よっぽどたくさんの活性酸素がなけりゃならん。一人前のがんができるのに、十九年も二十年も二十五年もかかるってのもむりはないさ。
本原稿は、1994年9月23日に産経新聞に連載された、三石巌が書き下ろした文章です。