活性酸素なんて新しがり屋のことばじゃないか。藪(やぶ)のなかにひきずりこまれちゃかなわん、と思うか、思わないか。この違いで、キミが前向きの人間か後ろ向きの人間かがわかるってもんだ。九十二歳のジジイにおくれをとっていいのかね。
この活性酸素ってやつが万病のもとだってやかましくいわれだしたのは、一九八〇年代になってのことだ。がんとか心不全とか脳卒中とかのいわゆる成人病のすべてに活性酸素がかかわっていることがみつかったんだな。医者はそんこといわないって。そりゃそうだろう。医者でこれを知っているのは十人にひとりだって聞いたことがある。この数字がほんとかどうか知らんがね。
活性酸素が電子ドロボーだってこと、まだおぼえているかな。
一万円札が手にはいったらあっさり足を洗うドロボーなんていないだろう。電子ドロボーってやつは、電子がひとつ手にはいれば、かたぎになる。もう悪さはしない。本物のドロボーが恥ずかしくなるくらい感心なやつだ。自然のやることはいつだって律義なんだな。律義者ならドロボーにも使い道がある。ややこしいからくりは知っちゃいないが、からだはうまいことやっている。ボクは見なかったんだが、活性酸素、つまり電子ドロボーを手先につかって白血球が細菌をやっつけるところがテレビにでたっていう話だ。そういう番組はタメになるんだから見ておくことだな。
細菌でもウイルスでも、電子をドロボーされると死んじゃうってことだ。DNAだっておかしくなることはもうわかっているはずじゃなかったかな。
じつは電子をドロボーしてもらわないと困ることもある。排卵とか受精とかがどういうことか、キミは知っているだろう。びっくりしないでもらいたいが、これも電子を抜きとってもらわないとうまくいかないっていうんだ。おもしろいことがあるもんだな。ドロボーも使いようで役にたつってことかな。
電子ドロボーがやたらにからだに手をだすと、がんだ、老化だってさわぎになる。ドロボーよけの工夫がいるだろう。それには盗まれ役をおくことだ。これはサクラのたぐいかな。
ボクなんか全身にサクラを配置している。サクラはドロボーがくればさっさと電子をわたす。だから、からだはぶじだ。電子ドロボーは足を洗う。おめでとうっていいたいね。
サクラの正体は何だ?ドロボーの正体は?
本原稿は、1994年5月20日に産経新聞に連載された、三石巌が書き下ろした文章です。