6日目


数時間だけ眠り、眠い目をこすって朝日を浴びる。

机の上には、昨夜の不可思議な写真が収められたカメラがあったが、なるべく目に入らないように身支度を整えた。


朝食を済ませ、予定より早めにチェックアウトした。

フロントには朝木がいたので、挨拶をしてから手続きをする。朝木は、祐太郎の様子が気になったようで

「昨夜は、お休みになれなかったのですか?」

と聞いた。

「うん。デジカメで撮った旅の写真を見ていたら、後のほうで僕が撮った覚えのない写真がいくつか出てきてね。それがどうも恐くて、寝付けなかったんだよ。帰る前に寺に行って、カメラを供養してもらおうと思うんだ」

「それは大変でしたね。ぜひ、そうなさってください」

「あ、そうだ。きみはこれ、何だか分かる?昨日たつじいがくれた土産の袋の中に入っていたんだけど」

と、祐太郎が財布に付けた地蔵のキーホルダーを朝木に見せる。朝木は

「さぁ?私も今まで見たことがありません。でもたぶん、祖父が寺で買ったお守りの一種かもしれませんね。もしかしたら、花坂様を守ってくれるようにと、授けたのかもしれません」

「うん。僕もそう思ったんだけどね。まぁ、これも寺で聞いてみるよ」

そう言うと、祐太郎は朝木に見送られてホテルを出た。

夜のうちに雨が降ったのか、路面が濡れていた。


村の入口に着くと、沙夜が待っていた。祐太郎は沙夜に昨夜の奇妙な出来事を話し、

「今から寺に行くけど、行く?」

と聞くと沙夜がうなずいたので、2人で無言寺に向かった。


寺に着くと、住職が境内の掃除をしていた。

2人が来たのを見ると、不思議そうな顔で近づいてきた。

「住職、頼みがあるんだ。このカメラを供養してもらえないか?」

住職は祐太郎の持っているデジカメに視線を移し、

「こちらでお話をお聞きしましょう」

と、本堂のほうへ2人を誘導した。

祐太郎は住職に事情を説明し、例の不可思議な写真を見てもらう。

住職は、写真の一つひとつを丁寧に見ていく。そして、祐太郎が不気味に感じたあたりの写真に目を落とす。

「これは、本当に花坂様が撮られたものではないのですか?」

「あぁ。僕は全く撮った記憶がない。もし誰かが操作していたなら気づいたはずだが、そんなこともなかったんだ。本当にいつ撮られたものなんだか、さっぱり分からなくてね」

住職は、なるほどというように何度かうなずきながら、デジカメを操作していく。そして、

「では、こちらでは遺品供養ということで祈祷をさせてもらった後、遺品整理の業者に引き取ってもらう形になりますが、よろしいですか?」

と祐太郎に聞いた。

祐太郎は、せっかく撮った旅の写真を失うのは惜しかったが、不気味なものをいつまでも手元に置いておくわけにもいかず、また改めてカメラを買って、村に来た時にでも撮り直せばいいかと考え、住職に全てを任せることにした。

「お願いします」

住職は、祐太郎と沙夜に座るように促し、祐太郎のデジカメを台座に置き、お経を唱えはじめた。

祐太郎は静かにその様子を見守っていたが、隣に座る沙夜は、かすかに身体が震えていた。

祐太郎は気になり、沙夜に

「寒い?」

と聞いたが、首を横に振ったので、不思議に思いながらも前を向いた。本堂に冷房はかけられていなかったのだ。

しばらくして、供養が終了したようだ。住職が2人のほうへ身体を向け、

「ご供養をさせてもらいましたので、これは後で私のほうから、業者の方へ送っておきます」

と言って、台座に載せたデジカメに布をかけた。

ふと、祐太郎は思い出して鞄の中から財布を取り出した。

「住職、これ知ってる?たつじいがくれた土産の中に入っていたんだけど、ここで売られているお守りかな?」

住職は、祐太郎の手から財布を拝借し、そこに付いている地蔵のキーホルダーをじっくり眺めた。

「いえ。こちらでは、このようなお守りは販売していませんね。もしかしたら、私より以前の時代には、販売されていたのかもしれませんが。私も初めて見ました」

「そう」

(となると、やはりたつじいが何らかの意図で祐太郎にくれたものなのか、たまたま入ってしまっただけなのか?これは、もう一度たつじいを尋ねて聞いてみるしかないか)

「ありがとう。また来るよ」

祐太郎は住職に手を掲げ、沙夜を伴って寺を出た。


少し歩いたところで、沙夜が祐太郎の手を繋いできた。

「どうした?」

と聞くと、沙夜は首を横に振り、下を向いた。

祐太郎は、沙夜が先ほどお祓いの時に震えていたのが気になった。きっと怪現象の事が恐かったのかもしれないと思い、安心させるために声をかけた。

「大丈夫。カメラは住職が祈祷してくれたし、専門の業者に送ってくれるみたいだから。沙夜さんが気にすることはない」

すると沙夜は軽く微笑み、こう伝えてきた。

(そういえば、さっきのキーホルダー、なんとなく口無神社のお地蔵さんに似ていましたね)

「え?あの寂れた神社にあった、病気の治癒を願って奉納されたっていう、あれ?」

(うん)

「まぁ、確かに似ていなくはないけど。でも、何でそれが僕のところに?」

沙夜も首をかしげる。

とにかく、たつじいなら何か知っているかもしれないと先を急いだ。



たつじいの家に着くと、たつじいは縁側で冷たい緑茶を飲んでくつろいでいた。

祐太郎と沙夜の姿を見ると、笑って手を振ってくれた。

「たつじい、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

と言うと、たつじいは部屋に入るよう勧めてくれた。

3人で座布団に座り、祐太郎が例のキーホルダーをたつじいに見せる。

たつじいは、しばらくそれを眺めていたが、無言で卓袱台に置いた。何も言わず、茶を啜る。

しびれを切らした祐太郎が尋ねる。

「たつじい、これは一体・・・?」

たつじいは、一言

(口無神社のお守り)

と伝え、また茶を啜った。

「だから、どうしてそれが僕のところに?」

たつじいは、首をかしげる。たつじいにも分からないということだろうか。だとしたら、あれを入れたのはたつじいではないということになる。

(あそこに行ったのか?)

「はい。たつじいに最初に会った時、神社の場所を教えてくれましたよね。その時に行きましたよ」

(魅入られたのかもしれんな)

「と言うと?」

(口無神社の神様に)

そう言うと、たつじいは祐太郎のほうを見て静かに微笑み、昔の話を紙に書いて教えてくれた。

(口無神社は今でこそ寂れてしまったが、昔はそりゃあ栄えていた有名な神社だった。村人たちが奉納した地蔵を見ただろう?)

「はい、あの無数にあった。病気の治癒を願って納められたと聞きました」

たつじいは、うなずいて話を続けた。

(あの神社は、病気の治癒はもちろん、開運や厄除けなど、あらゆる願いを叶えてくれると評判で、村人だけでなく、村の外からもたくさん観光客が訪れていたこともあった。

最後の宮司が重い病にかかってな。その時も家族が口無地蔵を奉納して、一心に回復を願ったんだが、叶わなかったようだ。それからは跡を継ぐ者もいなくて、だんだんと寂れていき、客足も途絶えていった。

そのお守りは、そこで売られていたものだ)

「じゃあ、これは僕が神社に行った時に、そこの神様が僕に授けたんでしょうか?」

(たぶん)というふうに、たつじいがうなずく。

「でもそれが何で、たつじいからの土産の袋に?」

と改めて聞くが、たつじいも首をひねるばかりだ。

(見たところ悪霊の類いではなさそうだ。持っていても問題はないだろう)

「いや、でもさすがにこれは気味が悪いですよ」

(では、わしがもらおう。そのうち、寺に持って行ってお炊き上げでもしてもらうよ)

たつじいがそう言ってくれたので、祐太郎は言葉に甘えて、キーホルダーをたつじいに渡した。

(あんた、その荷物は?)

「あ、今日村を出て自宅に帰るつもりなので」

(なるべく早く出たほうがいい)

「そうします。じゃあ、沙夜さん行こうか」


祐太郎は、沙夜と2人でたつじいの家を出る。たつじいは何かを感じていたのか、沙夜の後ろ姿をじっと見ていた。

玄関まで見送りに来たたつじいは、また何やら持って来て祐太郎たちに渡した。

「え、また?」

(1人では食べきれなくてな)

ビニール袋の中を覗くと、いくつかの野菜と缶ジュース、お菓子類が入っていた。

「ありがとう。じゃあ、また」

お互いに手を振り合って別れた。

腕時計を見ると、12時少し前だった。

「昼ご飯を食べに行こうか」

(うん)

「どこがいい?」

と沙夜に聞きながら、祐太郎は帰る前にもう一度『喫茶 時空』に行ってみようかと考えていた。

「『時空』でいい?」

と聞くと、沙夜がうなずいたので、2人で向かう。



『喫茶 時空』に入ると、今日は意外にも混んでいた。

(珍しいな)

と思いながら、空いている席に沙夜と向かい合って座る。

先日の夜祭りで出店に立っていた従業員の男性が注文を取りに来たので、沙夜はサンドウィッチとクリームソーダ、祐太郎はハンバーグランチとコーヒーをそれぞれ注文して待つ。

「今日は、やけに混んでいるね」

と言うと、沙夜は

(きっと、夏休みの時期に入ったからでしょう)

と、事もなげに言った。

「ふ~ん。そんなもんか」

しばらくして注文したものが届いたので、2人で食べ始める。

クリームソーダを飲みながら、沙夜が聞いてきた。

(祐太郎さん、本当に今日帰ってしまうんですか?)

「あぁ、仕事もあるからね」

(寂しいです)

と、沙夜は薄く笑った。

「また、時間を見つけて来るよ」

(では、帰る前に母のお墓に寄っていってもらえませんか?)

「まぁ、それくらいなら」

腕時計を見ると、まだ14時過ぎだった。少しなら大丈夫だろう。

食事を終えて、沙夜の分も会計をして店を出る。

まだ十分に陽は高かった。



田畑の間を歩くと、山の中腹にある墓に着いた。ここは、無言寺が管理している墓のようだ。

沙夜が手桶に水を汲み、母親の墓の前まで歩いていく。祐太郎も後ろを付いていった。

墓には「田島家」と記されている。沙夜の名字は田島というのかと、今さらながら気づいた。

沙夜が墓に水をかけ、目を閉じて手を合わせる。祐太郎も、とりあえず沙夜に倣って手を合わせる。

少しして、沙夜が目を開けて村のほうを見る。そして、筆談で祐太郎に自分の思いを伝えてきた。

(ここは、静かな村です。自然がたくさんあって、のんびりしていて、とても落ち着きます。でも、私はここに長く居すぎました。もっと外に出て、いろんな世界を見てみたい)

「いつでも出ておいでよ、僕が案内するから。沙夜さんの行きたいところ、どこでも連れて行ってあげる」

すると、沙夜は嬉しかったのか、祐太郎に抱きついてきた。

祐太郎もまんざらでもなく、

「このまま、きみとずっと一緒にいられたらいいのになぁ」

と、口を滑らした。その時、沙夜のほうから突然声がした。

「じゃあ、ずっと一緒にいてください」

と、明らかに沙夜のものではない野太い声が、彼女の口から発せられたのだ。

そして、なぜか沙夜の目が赤く光っていた。それは紛れもなく、あの夜見た悪夢の中の口無地蔵そっくりだった。

(!!!)

祐太郎は慌てて離れようとするが、抱きついた沙夜の力が強く、なかなか離れてくれない。

「沙夜、頼む!離してくれ!」

祐太郎は叫びながら、その場に倒れ込んだ。

その時、ゴーンと無言寺のほうから鐘の音が鳴り響いてきた。

不思議に思い、慌てて腕時計を見ると、16時を指している。

(なぜだ?まだ1時間も早いのに。まさか、この時計が遅れているのか?)

と気づいた時には、次のゴーンという音が聞こえてきた。

2回目の鐘だ。これがあと3回鳴り終わるまでに村を出ないと・・・

そして、ようやく沙夜の腕から解放されて、入口のほうまで一気に走った。

ゴーン・・・3回目が鳴る。あと2回。

ゴーン・・・4回目。あと1回。

もう少しで村から出られる!という時、祐太郎はポケットの中を探った。だが、お札とお守りがなかった。

(!!!)

さっき墓で倒れた時に落としてしまったようだ。

愕然としたまま立ち尽くした祐太郎の目の前が、ぐるぐると歪みはじめた。

(もうダメだ)

観念して、その場に膝をつく。

その時、後ろから目を光らせた沙夜がゆっくり近づいてくる。

(やめろ、沙夜。やめろ!わぁ~~~~~~~)

ゴーン・・・無情にも最後の鐘が鳴り響き、祐太郎は目を閉じた。