不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~ -24ページ目

不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~

子どもの中には、人生の道しるべとなる内なる教師がいます。
本来持っている生命力を取り戻し、子どもが内なる教師の声を聞き、力を発揮できるようサポートしていきましょう。
不登校や病気などの試練は、とても素晴らしい贈り物になり得ます。

こんにちは。
 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

モンテッソーリ教育では

 

子どものためのいろんな教具があるのですが

 

どの教具にも目的があります。

 

 

 

 

 

 

その教具を使うと

 

こんな力が育ちますよ〜

 

という活動の目的があるのですが…

 

 

 

 

 

どの教具にも

 

『直接的な目的』 と 『間接的な目的』

 

があるんです。

 

 

 

 

 

例えば机をブラシで磨くお仕事。

 

↓こんな道具を使います

道具はAMIトレーニング用のもの

 

 

汚れた机を

石鹸を付けたブラシでゴシゴシ磨きます。

 

 

 

 

この教具の直接目的は

 

ブラシを使う

環境への配慮

手と腕の筋肉運動の調整

活動の順序、秩序…

 

 

 

間接目的は

 

独立心

集中力

意識的運動…

 

 

 

 

 

 

この机を磨くお仕事をすると

 

 

✧︎ブラシを使えるようになることはもちろん

 

✧︎環境を配慮する気持ちが育ち

 

✧︎手の力の調整がうまく出来るようになったり

 思った通りに動かせる腕がつくられ

 

✧︎活動の順序を考えながら行うので

 物事には順序性があることに気づく。。。

 

 

こんな能力が育っていきます。

 

 

 

 

 

 

そして、今すぐにではなくても


 

✧︎自分でやってみようと思う気持ち

 

✧︎自分で出来る自信

 

✧︎活動を通して集中力が身に付いたり

 

✧︎目的がある活動を意識的に行ったり。。。

 

 

 

そういう意識や力が

少しずつ少しずつ身についていきます。

 

 

 

 

 

これは

幼児期のモンテッソーリ教育のお話なのですが

 

 

いつの間にか

どんなことにでも

当てはめて考える癖がついていました。

 

 

 

 

 

 

私は息子が不登校になって

 

色んな執着を手放さざるを得ませんでした。

 

 

 

 

それは息子の知的好奇心への

 

執着心も含みます。

 

 

 

 

 

息子が不登校になって

 

スポーツをしなくなり

 

勉強をしなくなり

 

知的なことへ興味を示さなくなっていきました。

 

 

 

 

 

 

そんなときでも

 

息子が何かを自分からすることがうれしくて

 

今まで「不要なもの」だと思っていた

 

おもちゃやゲーム機での遊びから

 

どんな力が養われていくのだろう。

 

 

 

 

 

どういう使い方をすると

 

これからの人生で

 

息子の支えとなる力が育つのだろう。

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えるようになったんです。

 

 

 

 

 

 

少しでも私自身のことを

 

安心させようとしていたのかもしれませんね。

 

 

どんなときでも何かしら学んでいるのだと…

 

 

 

 

 

 

色んな可能性を考えたり

 

物事を多面的にみようとすることで、

 

自然と息子の可能性を

 

広げていたのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息子が不登校になってから

 

一番最初に夢中になったのは

 

ベイブレードです。

 

 

 

 

息子がYouTubeを活用し始めたのは

それが最初だと思います。

 

 

 

YouTubeで調べた情報をもとに

色んなパーツを集めました。

 

 

 

ちなみにベイブレードは

タカラトミーから発売されているコマのおもちゃで

 

3つか4つからなるパーツを

組み合わせてコマをつくり

 

別のコマと戦わせるものです。

 

 

 

 

各パーツの特徴を知り

 

組み合わせたらどう動くのか予測し

 

どういう相手に力を発揮したり

 

逆に弱さがあるのかを考える。

 

 

 

沢山の組み合わせを試して

データを取る。

 

 

 

そういう学習要素があることに気が付きました。

 

 

 

 

これって何かを検討するときに

役に立ちそうですよね。

 

 

家電を買うときとか(笑)

 

 

私、システムエンジニアをしていたときに

システムで使用する機器を検討するときなどに

こういうことしましたもの。
 

 

 

 

 

実際、息子はどこで覚えたのか

まさにこのようなことを頭で考えながら

遊んでいるんですよね。

 

 

こういうデータをとって検証することが

楽しいんです。

 

 

 

 

 

ベイブレードの直接目的は

 

強いコマを作って、戦わせて勝つこと。

 

 

 

 

でも間接目的は

 

調べる力

特徴を把握する力

比べる力

検証する力

自分で考える力

独立心

 

 

こんな力が育つ可能性があります。

 

 

 

 

あ、あと市場調査?みたいなこともしてましたね。

 

今の相場はいくら位?

どこで買うのが一番安い。

これは値段が上がっている。下がってきている。

この価値は上がっている。下がってる。

 

不登校の子どもたちってこういうことを

調べるのが得意な気がする。なんでだろう??

 

 

 

 

さらに…

 

遠心力だったり、反発しあう力だったり

そういう物理的な力の作用について

実感したり、考えたり、

自分でも調べたりしていたようです。

 

 

 

 

やっていることはベイブレード。

 

バリバリのおもちゃです。

 

 

 

 

でも間接目的が沢山ある。

 

いろんなことを学べる。

 

 

 

そう思いました。

 


 

 

 

 

今お子さんがやっていること

 

夢中になっていることにも

 

かならず間接目的があると思います。

 

 

 

 

 

そういう学びがあるのだと気が付くことで

 

そういう学びの道が出来るんです。

 

 

 

本人が気が付いてなくてもいいと思います。

 

 

 

 

親が雑談の中で質問したり

 

一緒に考えてみたりすることで

 

子どもの思考は広がります。

 

 

 

 

 

このパーツの特徴は?

 

この部位はどういう役割があるの?

 

この組み合わせはどう動くと思う?

 

どっちが強いかな?その理由は?

 

なんで値段が上がっているの?下がっているの?

 

 

 

 

こんな質問をすれば

喜んで話してくれるでしょう。

 

 

 

分からなかったら考えたり、

調べたりするでしょう。

 

 

 

 

 

だって、好きなことだから。

 

 

 

親が興味をもって聴いてくれるなんて

こんなにうれしいことってありませんよ。

 

 

 

 


 

親が間接目的に気が付いていることは

大切だと思います。

 

 

 

そういう学びをしているんだって

 

親が見えていると

 

そのように子どもを見ることができますね。

 

 

 

 

 

 

子どもをただ遊んでいる人

 

と見るか

 

これこれこういう学びをしている人

 

と見るか。。。

 

 

 

 

親が子どもをどう見るかは

 

子どもに伝わっています。

 

 

 

 

肯定的な見方をしている方が

 

子どもにとっては力となるでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

そうやって、学習の素地を

 

作っていけばいいと思います。

 

 

 

きっと人生で

子どもの力となってくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

そして、やっぱり一番は

 

「楽しい!」

 

「面白そう!」

 

「知りたい!」

 

「やってみたい!」

 

 

 

そういう好奇心です。

 

 

 

 

これが一番育ってほしい力です。

 

 

 

 

だから、子どもの遊びには制限をかけずに

 

自由に広げたり深めたりしていってほしい。

 

 

 

 

 

こういう力が育っていれば

 

数年の不学習などは

 

一気に取り戻すことができると思います。

 

 

 

 

 

なぜなら

 

好奇心が強ければ

 

いつか必ず知的なものに好奇心を持つから。

 

 

 

 

今はその種となる

 

点と点と点…を沢山蒔いてほしいものです。

 

 

 

 

 

 

個性あふれる子どもたちの成長した姿を

 

見るのがたのしみになりますね。

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

当たり前すぎて

 

普段は考えないかもしれませんが…

 

 

今生きているということが

 

どれだけ素晴らしいことか。。。

 

 

 

 

 

 

生きていることに感謝すること

 

 

生きている事は奇跡だと認識すること

 

 

 

 

 

これは不登校対応において

 

おそらく最も大切なこと

 

なのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

親が

 

 

自分に対して

生きているだけで素晴らしい

 

 

子どもに対しても

生きているだけで素晴らしい

 

 

と感じていられたら

 

 

 

 

不登校対応が楽になると思いますし

 

 

子どもの自己肯定感も

育まれやすいのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

そりゃそうですよね。

 

 

 

 

子どもが生きていると言う事は

 

不登校であるかどうかよりも

 

大切なことですものね。

 

 

 

 

 

生きていないと

 

不登校になれない。

 

 

 

 

生きているからこそ

 

経験できること。

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

生きているだけで素晴らしいと

 

認められた子どもは

 

 

不登校の自分を、少しずつでも

 

認められるようになると思うのです。

 

 

 

 

 

 

不登校であっても自分は素晴らしい

 

 

勉強していなくても自分は素晴らしい

 

 

 

 

 

自分が素晴らしいことに

 

不登校も勉強も関係ないですからね。

 

 

 

 

ただただ生きているだけで

 

その人の人生を生きているだけで

 

素晴らしいんです。

 

 

 

あなたも、私も

 

子どもたちもみんな。

 

 

 

 

 

 

また

 

子どもの不足部分に

 

目が行きがちになるときに

 

ふと

 

生きているだけで素晴らしいんだ

 

と思えると、

 

 

不足マインドが消えて

 

心が満たされるように変化します。

 

 

 

 

 

 

たとえば…

 

 

子どもが落ち込んで

状態が悪化しているように見えたり

 

 

外にもあまり出ずに

何も変わっていないように見えたら

 

 

 

「このままでいいのかなぁ」

 

「どんどん悪くなっているんじゃないか」

 

 

と不安や心配に支配されるときもありますね。

 

 

 

 

 

ですがこういう時に

 

 

「生きているだけで素晴らしいよなぁ」

 

 

「生きているだけで充分だよなぁ」

 

 

と感じることができれば

 

 

 

不足部分に注目せずに済みます。

 

 

 

 

 

 

親自身が幸せな状態でいられるように

 

好きなことやワクワクすることを

 

楽しんでいればいいのです。

 

 

 

 

 

 

子どもだってきっと

 

親に不安になられたり

 

心配されたくないと思います。

 

 

 

 

 

子どもだって不安なのです。

 

 

 

 

このまま社会に出られないのじゃないか

 

 

将来働けずに

 

食べていくことができないのじゃないか

 

 

 

そういう不安は

 

少なからず持っていると思うのです。

 

 

 

 

 

だから

 

親も一緒になって不安になっていても

 

いいことは何もないんです。

 

 

 

 

親は子どもより1段上に立って

 

状況を俯瞰して見る必要があります。

 

 

 

 

 

 

本当に将来働けないのだろうか?

 

 

 

テレワークが増えている現状から見ても

 

もしかしたら、通勤しなくても

 

働けるようになるかもしれない。

 

 

 

企業に勤めなくても

 

個人でビジネスを始めるのも

 

どんどんしやすくなっているかもしれない。

 

 

 

学校に関しても

 

ネットで受けるコースも

 

増えていくかもしれない。

 

 

 

 

本人がやる気さえあれば

 

いくらでも道は開けていく気がします。

 

 

 

 

 

 

 

道はいくらでもあることがわかれば

 

今考えた方がいいことは

 

 

どうやったら

 

「本人のやる気が出るのか」

 

ということ。

 

 

 

 

 

 

やる気が出るときってどんなとき?

 

 

 

 

「やりたいことがあって

 

もしかしたら自分にも出来るかもしれない」

 

って思うときや

 

 

 

「やらないとまずいと思うことがあって

 

きっと自分にはできるだろう」

 

って思うとき

 

 

 

 

こんなときに『やる気』に

なるんじゃないかなと思います。

 

 

 

 

 

 

これにはポイントが2つあります。

 

 

 

✧︎ やりたいと思うこと

 ポジティブでもネガティブでも

 

 

 

✧︎自分に出来そうだと思えること

 

 

 

 

 

 

 

やりたいと思っても

自分には出来そうもないと思っていたら

やらないでしょう。

 

 

パワーがなければ

そもそもやりたいとも思わないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

不登校期間中に

 

 

やりたい気持ち

 

自分に出来そうだと思う気持ち

 

 

を育てるような

 

関わりをすればいいんです。

 

 

 

 

 

 

徹底的に自己肯定感が

 

上がるような関わりをするといいでしょう。

 

 

 

 

 

やりたい気持ちが先か

 

自己肯定感が上がるのが先か

 

 

 

両者は一緒に育てていくことができます。

 

 

 

 

 

 

その最も基礎となる土台の部分が

 

 

子どもに対する

 

生きているだけで素晴らしい

 

と思う気持ちです。

 

 

 

 

 

 

…とはいっても、

 

表面上は

 

生きているだけで十分だと思っていても

 

「こういう子どもは認められない」

 

と感じることもあるかもしれません。

 

 

 

 

たとえば

 

 

暴言を吐く子ども

 

部屋に閉じこもって出てこない子ども

 

一日中ゲームをしている子ども…

 

 

 

子どものこういう姿に

初めて出会ったとき、

 

こんな子どもも素晴らしいって

 

心から思えますか???

 

 

 

 

 

私は思えませんでした。

 

 

 

なんとかしなければ!!

 

子どもを変えなければ!!

 

 

そう思っていました。

 

 

 

 

 

中々に

 

難易度が高いガーン

 

 

 

 

こんなどうしたらいいのか

 

わからん状態の子どもを見たときでも

 

「生きているんだから素晴らしいよな〜」

 

って思うために

 

色んな方面から考えたり、

 

自分に対して質問を投げかけます。

 

 

 

「素晴らしい」って思えるまで…

 

 

 

 

子どもは今どんな気持ちなのかな?

 

それをすることで

何を成し遂げようとしているのかな?

 

 

今自分にできることがあるとすれば何?

 

 

 

暴言を吐くということは

心の中にどうしようもない思いが

溜まりに溜まっているということ…

 

 

辛いよね、苦しいよね、悲しいね。

 

 

 

必死に生きていることが分かれば

 

生きていてくれていることに

感謝できるかもしれない。

 

 

 

 

部屋に閉じこもるってことは

 

自分の安全を守ろうとしているということ。

 

 

 

もしかしたら、

私自身から身を守ろうとしているのかも。

 

 

そう気がついたら

子どもの心の安全を守るために

子どもを責めたり

心配したりするのではなく

そのままで十分だって認めること。

 

 

 

そう思えば、やるしかないですよね。

 

 

 

 

 

 

一日中ゲームをして

何を得ようとしているのか…

 

 

心が辛い状態で

束の間、夢中になることに没頭して

現実逃避しているのかもしれない。

 

 

でも…

こんなにパワーがない状態でも

ゲームのことなら

調べたり、試したり、チャレンジ出来る。

 

 

これも学びの1つだよね。

 

こういうところから

パワーは溜まっていくのかも。

 

 

だったら、

むしろ協力する方向で考えてみよう。。。

 

 

 

 

 

パワー不足でも

チャレンジしている子どもが愛おしい。

 

 

生きているだけで十分。

 

 

 

 

こんな風に思えるまで

色んな方向から考えてみるといいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームでも他の遊びでも

 

そんな小さなやりたいものを

 

好きなだけやったらいいと思う。

 

 

 

 

 

小さい「やりたい」を達成しながら

 

「自分にも出来る」気持ちを

 

育てていったらいいと思う。

 

 

 

 

 

 

親からの「生きているだけで十分」

 

だという絶対的な愛情を感じながら

 

子どもが自分で育てていく「出来る」感。

 

 

 

 

コツコツとした積み重ねかもしれませんね。

 

 

 

でもそれは確実なものです。

 

 

 

 

 

ついつい当たり前すぎて

 

感謝することも忘れてしまう

 

生きているということ。

 

 

 

 

 

生きていさえすれば

 

どうとでもなります。

 

 

 

 

苦しさも悲しみも

 

ひっくるめて

 

どれも人間らしくて

 

素晴らしい。

 

 

 

 

生きている自分にバンザイ。

 

 

 

生きている自分に拍手(✿︎´ ꒳ ` )♡︎

 

 

生きているだけで最高に素晴らしい。

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

先日、

 

佐伯和也さんが主催されている

 

BASEコミュニティの仲間である

 

あさやんからコーチングと遠隔氣功を

 

受けました爆笑

 

 

あさやんのブログはこちら↓

良かったら読んでみてくださいね。

『セッションのご感想』こんにちは、あさやんですブログ訪問ありがとうございます。 初めましての方は私の話娘(ぷっちょさん)の話もよろしかったらどうぞ なんと、今回ものすご~~~~く!…リンクameblo.jp

 

 

 

 

 

 

 

遠隔氣功は初めて受けたのですが

 

受けている間

 

明らかに身体の感覚に

 

変化が起きていました。

 

 

 

 

気のせい、では済まされないんです。

 

 

 

目をつぶっていましたが

 

目の前が突然ぱぁ〜って明るくなったり

 

右側の上半身が波打っている気がしました。

 

 

 

 

また

 

私は神社仏閣が好きなのですが

 

空気がひんやり

澄んでいる場所だったり

 

いるだけでも気持ちが

楽しくなってしまうような

気がよい場所が存在することがわかります。

 

 

 

 

 

見た目は何も変わらないのに

 

一体何が違うの??

 

 

 

 

 

 

不思議ですよね〜。

 

 

 

 

今の科学では解明されていないようなことが

 

きっとたくさんたくさんあるのです。

 
 
 
 
そういう不思議体験をすると
 
謙虚な気持ちになります。
 
 
 
 
当たり前ですけれど
 
この世界には知らないことが
 
たくさんあるのだなぁって。
 
 
 
 
 
見えるものだけが存在している?
 
すべてのことは解明できる?
 
 
 
 
そう考えるのは
 
傲慢なのかもしれませんね。
 
 
 
 
 
不登校対応は、
 
私にとって
 
どこまで傲慢さが取り除けるか…
 
かもしれません。
 
 
 
 
 
 
自分は正しいって
 
思っているんじゃない?
 
 
 
 
自分ができる事は、
 
他の人もできるって思ってない?
 
 
 
 
他の人ができる事は、
自分もできるって思ってない?
 
 
 
 
自分が子どものことを、
 
助けられるって思ってない?
 
 
 
 
 
ついつい
 
頑張れば何でもできるって思ったり
 
 
自分ができる事は他の人だって
できて当然だろうって思ったり
 
 
自分は正しいことをしてると思い込んで
他の人を批判や評価しようとしたり
 
 
子どものことを助けられるんじゃ
ないかと思ったり・・・
 
 
 
 
 
こんなふうに、気がつけば
 
いつの間にか傲慢になっているのです。
 
 
 
 
 
 
親が傲慢だと子どもはどうなるのでしょう?
 
 
 
たとえば
親が頑張れば何でも叶うと思っていたら?
 
出来ないのは、
努力が足りないからだと思っていたら?
 
 
 
それが叶ったのは、
本人の努力はあるとは思いますが
それだけではありません。
 
 
 
周りで支えてくれた人がいるだろうし
自分の健康な身体があるからだし
運が良かったからだし…
 
 
色んな幸運が重なっていることに気がつかずに
自分だけの力だと思うのは傲慢な気がします。
 
 
 
 
 
子どもに嫌われるかもしれません(笑)
 
 
子どもからしてみれば
 
考えが浅くて狭いと思うでしょう。
 
 
だから、親のことを
尊敬することはできないでしょう。
 
 
 
親の話を聞きたいと思わないでしょう。
 
 
 
親に自分の悩みを話したいとは
思わないでしょう。
 
 
 
親の勧めるものは
絶対にしたくないと思うでしょう。
 
 
 
 
 
親が傲慢であると
 
子どもとの信頼関係は
 
築きにくいと思います。
 
 
 
 
 
そして子どもの不登校改善も
 
されないことでしょう。
子どもが自分の力だけで頑張ることになりますから…
 
 
 
 
 
そうは分かっていても。。。
 
 
 
 
私の場合ほうっておくと
 
いつの間にか傲慢になっているのですよえーん
 
 
 
 
謙虚すぎるほど謙虚にいられるように
 
意識していないと
 
いつの間にか傲慢な自分に戻っていますガーン
 
 
 
 
 
謙虚といっても
 
自己評価を低くする必要はありません。
 
 
 
 
 
謙虚でいるためには、
 
自分に対しても
 
他人に対しても
 
尊重する気持ちを大切にすること。
 
 
 
 
 
正しい、間違い
 
良い、悪い
 
こういうジャッジを
 
自分にも他人にもしないことです。
 
 
 
 
結構難しいですよねぇ〜。
 
 
思考の癖って、ありますもの。
 
 
 
だけど
 
謙虚って、みんなに優しい感じがします。
 
 
 
 
親が謙虚であれば
 
子どもを1人の人間として
 
尊重しやすいと思いませんか。
 
 
 
 
 
子どもの考えを
 
未熟だな、
 
なんて思わないんじゃないかな。
 
 
 
 
 
そういう思いはすぐに伝わりますから
 
子どもの自己肯定感にも
 
影響しますね。
 
 
 
 
 
親に話を聴いてもらいたいって
 
思うんじゃないかな?
 
 
 
 
親の話を聴いてみたいって
 
思うんじゃないかな?
 
 
 
 
親が提案する新しいことに
 
耳を傾けようとするかもしれない。
しないかもしれない笑
 
 
 
 
謙虚な気持ちや態度は
 
不登校対応の要になる気がします。
 
 
 
 
 
 
あ、決して
へりくだったものではないですよ。
 
 
 
自分を下げるものではないんです。
 
 
 
 
自分と相手を
 
同じ位置でみることができる。
 
 
 
 
同じ位置を感じつつも
 
それぞれの立場も尊重する。
 
 
 
 
 
たとえば、
 
自分の先生のような存在。
 
自分の生徒のような存在。
 
 
 
立場は違いますが
 
対等でありたいと思います。
 
 
 
 
 
もちろん、親に対しても
 
子どもに対しても。。。
 
 
 
 
お互いに尊重し合うような
 
関係でいたいものですね。
 
 
 
 
『不思議なこと』から
 
謙虚な気持ちを思い出した
 
 
 
…というお話でした(✿︎´ ꒳ ` )♡︎
 
 
 
 
ここまでお付き合いいただき
 
ありがとうございました。
 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

もう葉桜に…

 

 

 

子どもの不登校対応で

 

とってもとっても大事なこと。

 

 

 

 

それは…

 

自分と関わるすべての人との関係を

 

改善していくことです。

 

 

 

 

 

 

子どもとの関係改善は

 

もちろん大事なのですけれど、

 

 

むしろそれよりも大切なのが

 

子ども以外の人との関係を改善すること。

 

 

 

 

 

すべての人との関係を

 

改善していくことが大切なんです。

 

 

 

 

 

なんで???

 

 

 

 

会社の同僚が関係あるの??

 

ママ友との関係も??

 

 

 

 

 

関係はないかもしれない。

 

 

 

 

ですが

 

子どもが不登校になることで

 

今まで心の中に澱となって

 

溜まっていた何かが

 

形となって表れてくるんです。

 

 

 

 

 

目をつぶって

 

見ないふりをして

 

無かったことにしていた

 

自分の悲しみ、寂しさ、苦しみ・・・

 

 

 

 

 

 

 

そんな感情が

 

子どもの不登校をきっかけにして

 

色んな人間関係の中で

 

出てくるのではないかと思います。

 

 

 

 

 

たとえば、自分の親との関係。

 

 

 

 

 

自分が子どもの頃に

 

親が言った何気ない一言に

 

ずっと縛られて生きてきたこと、

 

それゆえに苦しんでいたことが

 

私にはありました。

 

 

 

 

たとえばこんなことです。

 

 

 

私が幼稚園に入園した初日に

 

泣いている男の子がいたんです。

 

 

 

その子を見て言った母の一言

 

「泣いていて、恥ずかしいね」

 

 

 

 

きっと、母は

 

我慢して泣かない私を

 

褒めようとしてくれたのだと思います。

 

 

 

 

 

ですが、私はこう受け取りました。

 

 

(自分の気持ちを素直に表すことは

 

恥ずかしいことなんだな…)

 

 

 

 

 

そうやって

 

気持ちを言わない…

 

気持ちを言えない私が育っていきました。

 

 

 

 

 

 

義母との関係で

 

嫌だと思っても

 

我慢してやり過ごしてきたことが

 

 

子どもの不登校で

 

やり過ごすことができないほどに

 

問題が表出してきたのです。

 

 

 

 

 

 

義母との関係を改善していく中で

 

 

言いたいことを言えない自分

 

気持ちを飲み込んで我慢してしまう自分

 

いい子でいたい自分

 

他人からの評価を気にしてばかりいる自分…

 

 

色んな自分がいたんです。

 

 

色んな苦しさを抱えていたんです。

 

 

 

 

 

これらの苦しさなどは

 

向き合うことで変えていけます。

 

 

 

 

それは

 

問題が出てきた関係性の中で

 

その人との関係を改善していく過程で

 

一緒に解決されていきます。

 

 

 

 

 

長年抱えてきた何かが

 

自然と癒えたりします。

 

 

 

いつの間にか色んなものが

 

ストンと落ちていたりします。

 

 

 

 

 

 

 

 

面白いですよね。

 

 

 

自分の中の歪に曲がっていた部分が

 

誰かとの関係の中で表れてきて

 

その人との関係を改善していくことで

 

真っ直ぐな方向に

 

変わっていくのですから。

 

 

 

 

 

 

親にとって

 

子どもの不登校は

 

まるで救世主じゃないですかおねがい

 

 

 

 

 

私の場合は息子の不登校が

 

救世主でした。

 

 

 

 

 

これはきっと人によって違くて

 

別の問題となって表れてきたり

 

するのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

最初は小さな問題から…

 

 

 

その問題で解消されなければ

 

より大きな問題となって再びチャンス到来。

 

 

 

 

どこかで気がついて

 

解決していかないと

 

問題はどんどん大きく

 

大変になったりして。。。ガーン

 

 

 

 

 

なんて。

 

 

 

でも何か自分にとっての

 

問題が発生したときに、

 

その問題にはちゃんと役目があって

 

自分に何か教えてくれようと

 

しているのだと思うと、

 

なんだかありがたく思えますね。

 

 

 

 

 

子どもの不登校期間中は

 

自分の人生を再構築する

 

期間なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

本当に好きなことは何?

 

 

本当にやりたいことは何?

 

 

本当はどう思ってるの?

 

 

本当はどう感じているの?

 

 

 

 

自分をうんと大切にすることが

 

上手になる期間かもしませんね。

 

 

 

 

 

自分をうんと大切に出来る人は

 

子どものことや家族のことも大切にできます。

 

 

 

 

 

そして

 

自分と関わるすべての人を

 

大切に出来ると思うんです。

 

 

 

 

 

 

そうやって

 

色んな人との関係を改善しながら

 

自分の心地の良い人生を

 

思いっきり楽しんでいたら…

 

 

 

 

 

 

子どもは自分の道をしっかりと

 

歩き始めているかもしれませんね。

 

 

楽しみながら。。。

 

 

 

 

 

だって子どもは親のことを

 

よく見ているもの。

 

 

 

 

 

それに、

いろんな人間関係を改善することで

 

心が安定してきているんです。

 

 

 

子どものやることに

 

イライラしたり不安を感じたらすることが

 

少しずつ少なくなってくるのだから

 

子どもの力になりやすいです。

 

 

 

 

サポートできる親になっているんです。

 

 

 

 

色んな人間関係を良くしていくことで

 

自然と子どもとの関係も良くなりますね。

 

 

 

いずれにしろ

 

あなたの人生も

 

子どもの人生も

 

変わっていくということですね。

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

こんにちは。

 

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

道端に咲く福寿草

花言葉は、幸福を招く✿︎

 

 

先日

 

不登校中の小6の息子が

 

こんな話をしていました。

 

 

 

 

「過去に戻ってやり直すとしたら…」

 

「そうしたら、受験勉強はしないわ〜。」

 

 

とニヤニヤ笑っています。

 

 

 

 

 

この話を聞いて

 

私は嬉しくなったんです。

 

 

 

 

 

どうしてかというと、

 

自分にとって何が大切なのか

 

わかっているんだな〜って

 

思えたからです。

 

 

 

 

 

 

この考え方が出来るって

 

すごいな〜って思います。

 

 

 

 

 

過去を後悔するとき

 

もっとこうやれば良かったんじゃないか

 

もっとこう出来たんじゃないか

 

なんでもっと我慢したり

 

頑張ったりできなかったのかなって

 

私はよく思っていました。

 

 

 

 

 

でもそれってありえないんですよ。

 

 

 

だって、そのときはそのときで

 

一生懸命だったと思うから。

 

 

 

 

 

今出来ることだとしても

 

それは成長してきた自分だからこそで

 

そのときにはそんなことは出来なかった。

 

 

 

 

 

子どもが「気持ち悪い」って訴えているのに

 

気分的なものだから学校に行けば治るよって

 

気持ちに寄り添ってあげなかったことや

 

 

 

他の家族に子どもが責められるのが怖くて

 

出来れば学校に行って欲しいって

 

子どもにプレッシャーを与えたこと…

 

 

 

 

 

 

そういった色んな過去を思って

 

もっと上手く出来たんじゃないかって

 

なんであんなことしてしまったのかって

 

後悔してしまうこともあります。

 

 

 

 

 

 

だけど、そのときはそれが

 

精一杯だったんです。

 

 

 

 

 

 

そのときの私は

 

自分の不安や恐怖に向き合えず

 

無意識にそういう行動をとってしまったんです。

 

 

 

 

 

 

 

自分の不安や恐怖に気がついて

 

まずはそこを癒す知識も技術も

 

なかったのだから仕方がないのです。

 

 

 

 

 

 

話は戻りますが

 

息子は自分の過去に対して

 

そんな後悔の仕方はしていない

 

のじゃないかと思いました。

 

 

 

 

 

 

過去の自分が出来なかったことを

後悔するのではなく

 

過去の自分が

頑張りすぎてしまったことを

後悔しているのかな??

 

 

 

 

 

「周りがみんな〇〇しているから

 

 だから自分もやる」

 

そういう判断をしたことに

 

後悔しているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

今はもっと自分を知っている

 

からこその後悔。

 

 

 

 

 

あそこで休まなければよかった

 

 

のではなく

 

 

その前に受験を選ばなければよかった。

 

息子の行っていた学校では

受験の指導(授業)をしています。

 

 

 

 

そういう後悔って

 

もしかしたら

 

今後の人生で

 

生かすことができるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

子どもが自分の苦手なことを知り

 

好きなことや得意なことをしていきたい

 

って思えるようになっているとしたら…

 

 

 

幸せな方向に進んでいくのではないかしら。

 

 

 

 

 

周りに合わせて頑張ったり

 

競争の中を頑張るのではなく

 

 

自分の好きなことをする過程で

 

頑張るときもあるかもしれないし

我慢するときもあるかもしれないけれど

 

そういう力の使い方をして欲しいって

 

母の願いでもありますね。

 

 

 

 

 

 

 

息子自身が自分を認められるように

 

なってきたのじゃないかな〜って

 

思いました。

 

 

 

 

 

 

不登校対応の中で

 

恐らく1番大切なのではないかと思うのが

 

自分が自分であることを認める力です。

 

 

 

 

大人にとっても大切ですよね。

 

 

 

ライフワークだと思う。

 

 

 

 

だから子どもが

 

不登校中にこの力を育てていけたら

 

今後の人生の幅が広がっていくと思います。

 

 

 

 

 

学校社会に復帰したときも

 

自分であることを認められると

 

変な無理はしないですしね。

 

 

 

 

 

苦手なことは選ばない選択肢は

 

いつでもあるということ。

 

 

 

それに気がつけたらいいな〜って思います。

 

 

 

 

いやー、でも

 

これ自分にも育って欲しい力だな(笑)

 

 

 

子どもにばかり求めずに

 

自分の方こそ

 

苦手なことはしないで生きていこう爆笑

 

 

 

苦手なことを

ワクワクすることに変えていこうウインク

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。