韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は別れを告げー国王の正妃を決めるカンテクも間近。彼と逢うのも今夜が最後 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

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 けれども、すべては自業自得かもしれなかった。コンの手をひとたびは放したのも自分なら、六日前の夜、彼の誘いに応じたのも自分なのだから。
 だがー。そろそろ本当に終わりにしなければならない。あの官僚たちの侮蔑に満ちた視線を思い出す度に、肌が粟立つようだ。いや、自分はまだ良い。悪い噂の一つや二つ、既にコンとの関係を断ち切って先王の閨に侍ったそのときから、文陽君を見限った計算高い女だ、色香で王を誑かした妖婦だと悪い噂はつきまとっている。
 もちろん、先王が相違相愛だった若い恋人たちを無理に引き裂いたと、同情的に見てくれる者たちもいなかったわけではない。が、大方は雪鈴がコンに告げたように、彼女がより権力を持つ男を選んだのだと悪意に満ちた見方をする向きが多かったのは事実だ。
 何故なら、無理に引き裂かれた不幸な恋人たちであるより、雪鈴を世子より権力を持つ国王を選んだ悪女に仕立てあげる方が劇的で波乱に富んだ醜聞になるからだ。
 抜け目のない女がより力を持つ男を求めて、二人の王の間を渡り歩く愛欲宮廷絵図といえる。まさに宮廷人たちの好きな刺激的で、毒を含んだ噂である。
 だから、今になって自分に悪しき噂が増えたからとて気にはしない。だが、即位して日も浅いコンの評判に傷が付くのだけは避けなければならない。
ー明日の夜、例の四阿で待っている。
 コンは確かに別れ際、言った。明日こそ最後にしなければ。たとえ彼がどれだけ怒ろうと激しようと、哀しもうと。
 自らの思慕は明日の夜こそ固く固く葬り去らなければならない。大切な彼の体面に取り返しのつかない汚点がつく前に。
 雪鈴は窓辺に歩み寄り、窓を開けた。途端に真冬の冷気が室に流れ込んでくる。ほのかにかぐわしい香りが漂ってくるのは、殿舎前の紅梅が咲き始めたからかもしれない。
 雪鈴は気持ちを入れ替えるかのように、胸一杯にその甘い香りを吸い込んだ。

    揀擇

 紫紺の空を飾る月は、折しも半月だった。女人の胸元を飾る繊細な瓔珞のような星たちが丁度真半分の月を取り囲んでいる。
 生憎と時間の経過につれ雲が出てきたようで、折角の美しい月も今や雲に覆い隠されようとしている。
 夜もいよいよ更けて風も強くなってきたらしい。雲の塊が夜風にちぎられ、絶え間なく月や星を隠しては流れ去る。
 雲の流れが随分と速い。この分では、冬の嵐になるかもしれない。雪鈴は時折、空を見上げながら、秘苑へと続く小道を小走りに急いでいた。
 今夜の足取りに迷いはなかった。端から彼女は王の誘いに応じるつもりでいた。ただし、次はない。今夜、約束に応じたのは彼にきちんと別れを告げるためだ。ーいや、雪鈴は多分、それを言い訳にして必死で縋ろうとしているだけにすぎないのだと、自分自身で理解はしていた。
 本当は雪鈴だって、コンに逢いたいのだ。もっともらしい理由をいちいちつけるのは、彼に逢うべきではないと誰より知っているからなのだ。
 けれども、いつまでもずるずると引き延ばして会い続けても意味はなく、むしろ彼のためにはならないのも判っている。コンだけでなく、自分自身のためにも、引いては遠からず生まれてくるお腹の子のためにも、自分たちはもう逢うべきではない。
 雨の朝、コンの手を自分から放したあの瞬間から、二人は別々の道を歩き始めた。二度と交わることのない道だ。今、何の因果か、その交わらぬはずの道が束の間、交わった。
 だが、それは許されることではないのだ。今の二人の関係は世にいう〝不倫〟、道ならぬ恋だ。
 どれだけ辛かろうとも、今夜は彼に別離を告げなければならない。雪鈴は悲愴なまでに思い詰めていた。
 信頼する馬尚宮にだけは、今夜、王に逢うことを告げた。案の定、忠実無比な彼女は色をなして訴えた。
ー尚宮さま、絶対にお行きになってはなりません。万が一、深夜に殿下とお二人だけでおられるのを見とがめられでもしたら、御身の破滅です。
 雪鈴は真摯な眼で馬尚宮に言った。
ーあなたの心配はもっともだわ。でも、今夜だけは行かなくてはならないの。
 王とは今夜を限りに二度と逢わないとも伝えた。いかほど説得しても雪鈴の決意が変わらないと見るや、馬尚宮は言った。
ーそれでは、せめて私めをお連れて下さいまし。
 馬尚宮の眼は、生命に代えても主(あるじ)を守ると告げていた。馬尚宮はそうまでして我が身とその評判を守ろうしてくれている。
 雪鈴は素直にありがたいと思った。だが、今夜だけは一人でゆかねばならないのだと言葉を尽くして馬尚宮に言ったのだ。
 雪鈴の必死さが伝わったのだろう、馬尚宮は最後には納得してくれた。
 他の女官たちに知られるわけにはゆかず、ひそかに抜け出たのは居室の窓からだが、馬尚宮は涙ながらに送り出してくれた。
ー必ず、ご無事でお戻り下さいませ。
 雪鈴が戻るまでは絶対に不在を何者にも知られないようにすると頼もしく請け合ってくれた。
 恐らく雪鈴が無事に帰るまで、あの忠義な尚宮は生きた心地もするまい。優しい馬尚宮をそこまで心配させて申し訳ないと思った。