韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は求婚するー臣下から非難されても、俺は雪鈴を正妃にする。想いは変わらぬ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

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 コンがひそやかに笑い、雪鈴の髪を撫でた。
「それにな、俺は元々、中継ぎの王になるつもりで即位したんだ」
 今度は雪鈴が抗議する番だ。
「ですから、ご自分を卑下するような言い方は止めー」
 コンの面から笑みがかき消えた。
「いや、黙って聞いて欲しい。俺は何も卑下しているわけじゃないんだ。俺と先王は親戚とはいえ、他人同然の血の薄さだとは話したろう? だから」
 雪鈴が頷いたのを見て、彼は続ける。
「だから、先王から次の王にと指名されたときも、そのつもりで引き受けた」
「では、最初から長く王位にとどまるつもりはなかったと?」
 雪鈴の眼を見て、コンは頷いた。
「そうだ、玉座は天からの預かり物だ。俺の他に適任者がいないというなら、王族の端くれとして生まれた身ゆえ一時は引き受けるが、正当な王位継承者が現れれば、すみやかに、その者に返すつもりでいた」
 ああ、何ということだろう。雪鈴は空恐ろしくなった。コンは雪鈴の産む子が先王の御子だと信じて疑ってはいない。だからこそ、もし雪鈴が王子を出産すれば、その子に王位を譲ると言っているのだ。
 でも、雪鈴の胎内にいる子は先王の胤ではない。この子の父親はコンなのに。
 雪鈴はいつかもコンに告げたのと同じことを繰り返した。
「生まれるのが男の子とは限りませんよ?」
 コンが明るい笑みを浮かべた。
「俺は別に王子誕生に拘っているわけではない。健やかでありさえすれば、男女の別はない。女の子なら、そなたに似て賢く美しい姫に間違いないだろうから、それはそれで楽しみだ」
 あたかもコンは我が子の誕生を待ちわびる父親であるかのような口調だ。
 雪鈴は急に息苦しくなった。コンは雪鈴のお腹の子が我が子だと知らず、先王の子だと信じ切っている。
 その上で、雪鈴を腹の子ごと引き受けようというのだ。更に先代の王の側室を新王の後宮に入れることで、どれだけ世間の非難を浴びるかも覚悟の上だとも。
 だが、言うは易し行うは難しとは、まさにこのことだろう。コンは覚悟しているとはいうけれど、事はそんなに容易いものではないのだ。歴代王の後宮において、父王の寵姫を息子が寵愛した例がないわけではない。
 けれども、それはあくまでも父の妻と息子が父の死後、再び夫婦の縁を結んだというのではない。コンと雪鈴の場合は次元がまったく違う。コンは雪鈴を正式な妃にしようとしている。
 雪鈴は先王の後宮ではあっても、側室でさえない一介の承恩尚宮でしかなかった。先王の唯一の遺児を身籠もっているというだけの理由で後宮にとどまっているが、生まれてくる御子の性別によって、これからの処遇は大きく変わってくる。
 そんな複雑な立場の女をーいわば、いわくつきの女を後宮に入れると知れれば、コンは下手をすれば、女に狂った暗君とのそしりを受けてしまう。女の色香に眼が眩んで常識と理性さえ働かなくなった愚かな王、立場上、〝母〟ともいえるべき立場の女を我が物にするという人の道に外れた王と末代までの笑いものになるだろう。
 嘘の上にまた一つ嘘を重ねることで、雪鈴は余計に追い詰められていた。
「そろそろ行かなくては。お付きの者たちにバレてしまいます」
 雪鈴がコンの上衣を畳み、彼に返す。コンはそれを受け取りながら、端正な面に翳りを落とした。まるで月が心ない雲に閉ざされたかのようだ。
「そう、だな。雪鈴、また逢えないだろうか」
 コンの黒瞳が揺れている。到底、否と言えるものではなかった。いや、断れないのを彼のせいにするのはあまりに卑怯すぎる。
 雪鈴自身が、彼女の心が、望んでいる。一度、引き返そうとしてできなかったように、誘惑に負けてしまったときのように、走り出した心はもう止められなかった。雪鈴がかすかに頷いたのを見て、コンの面には、どこかホッとしたような表情が浮かんだ。
 雪鈴が一礼して四阿を出た時、コンの切なげな声が追いかけてきた。
「雪鈴、先刻の返事は」
 雪鈴は一旦立ち止まり、振り向かずに応える。
「少し時間を戴けませんか」
 コンのいらえは早かった。
「判った。もちろん、急がせるつもりはない。子が生まれるまでで良いのだ、返事を聞かせて欲しい」
 雪鈴は小さく頷き、逃げるかのように四阿を後にした。秘苑の小道を歩く雪鈴がふと見上げた空は今し方までが嘘のように雲に覆われ、既に細い月は姿かたちさえ見られなかった。
 雪鈴は重い息を吐き出すと、転ばないように細心の注意を払いながら、殿舎までの道を急いだ。
 一方、四阿に残されたコンもまた瞳を揺らしながら、夜空を見上げていた。雪鈴が去ったのを月まで察したかのように、紫紺の空には鈍色の雲が垂れ込め、最早、月も星も見えない。今の闇夜はまさに我が心を映し出したかのようだーと、孤独な王もまた腹の底から長い息を吐き出したのだった。