韓流時代小説 秘苑の蝶〜龍の祈りーそなたを忘れた夜は一夜たりともなかった。もう離さない、逃げるな | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

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「月が綺麗」
 四阿の真正面には四角に切り取られた夜空が見えた。冬の星座がきらめき、細い月が澄み渡った空を飾っている。
 コンが感に堪えたように呟いた。
「そなたとこうしてまた月を眺める日が来ようとは思わなかった」
 哀しいほどに美しい冬の夜空だった。月を眺めながら、雪鈴は考えていた。
 何故、自分たちの歩く道はこんなにも隔たってしまったのだろう? 彼の言うように、あの時ー先王に望まれた時、いっそ二人で誰も知らない遠くへ駆け落ちでもすれば良かったでもいうのか?
 いや、幾ら考えてもあり得ない。この国で王の意は絶対だ。どこまで逃げても草の根を分けても探し出されるに相違なく、捕まった末に二人を待つのは死でしかなかった。
 あの場は雪鈴が涙を飲んで先王の許へ上がるしか道はなかった。今になって悔いてみても、時を戻すことはできないし、起きたことを起きなかったことにはできない。
「ー雪鈴」
 名を呼ばれ顔を上げると、コンの長い指が雪鈴の両頬に添えられた。そのまま軽く持ち上げられる。幾億もの漆黒の闇を集めたような深い瞳が間近に迫っている。
 ゆっくりと近づいてきた彼の唇がしっとりと雪鈴の唇を覆った。接吻(キス)はすぐに深く烈しくなり、離れたかと思えばまた重なる。
 口づけを交わす雪鈴の眼からは、ひっきりなしに涙が溢れ頬をつたう。いや、雪鈴だけではない、コンの眼にも紛うことなく光るものがあった。
 漸く長い口づけを解いた時、コンが哀しげに見つめていた。
「頼むから、泣かないでくれ。そんなに哀しそうな眼で見つめられたら、何もかも放り出してしまいたくなる」
 彼は袖から白い清潔な手巾を出して、雪鈴の涙を拭いた。
「そなたを取り戻すために王になった。だが、今は王位なんぞ、どうでも良い。そなたを哀しませる自分が許せない。教えてくれ、雪鈴。俺はどうすれば、そなたを昔のように笑顔にしてやれる?」
 雪鈴が眼をまたたかせた拍子に、澄んだ涙の粒がまた頬をころがり落ちた。
「でしたら、聖君におなり下さい。殿下がご立派な王にならるるのが私の一番の願いです」
 コンが憮然として言った。
「止めてくれ。そなたに殿下とは呼ばれたくない」
 少し拗ねたような物言いも顔も昔と変わらない、まるで少年のようだ。雪鈴はこんなときなのに、思わず笑いを零した。
 コンがムッとして言う。
「何がおかしい。俺は本気で言っているんだぞ」
 コンがまた雪鈴を抱きしめた。
「ああ、雪鈴。このまま帰したくない」
 しばらく雪鈴の艶やかな髪に顔を埋めていた彼がふと思いついたように言った。
「雪鈴、俺の許に来るつもりはないか?」
 刹那、雪鈴の身体の温度が一挙に下がったのは気のせいではなかったろう。
 黙り込む雪鈴をよそに、コンは俄に元気を得たように続ける。
「そなたを後宮に入れたい。もちろん、正式な室として迎える。どうだ、名案だろう?」
 名案も何も、端から実現不可能な夢でしかない。雪鈴が身をよじると、コンは不承不承解放してくれた。
「殿下」
 コンが口を尖らせる。
「だから、その殿下というのは」
 雪鈴がきっぱりと断じた。
「良いから、お聞き下さい。よろしいですか、殿下。殿下がいつか私におっしゃった私たちの関係ー母と子というのは満更、間違いではありません。この儒教国の朝鮮では、たとえ義理とはいえ母と子が婚姻を結ぶなど叶わないことです。見てはならない夢です」
 コンが駄々っ子のように言い募る。
「俺は王だ。先王が俺からそなたを奪ったように、王であれば、どんな無理難題でも押し通せるだろう」
 雪鈴が真っすぐコンを見た。
「先王さまが私を望まれた時、私たちはまだ婚約さえ交わしていませんでした。言うなれば、何の公的な約束もなく、私とコンさまはただの他人同士にすぎなかった。ゆえに、あのときと今は状況が全然違います」
 雪鈴はややあって、呟いた。
「それに、私のお腹には先王さまの御子がいます」
 思わぬ言葉が伏兵として現れ、コンがたじろいだ。しばらく何かに耐えるかのように眼を伏せた後、彼もまた雪鈴の視線を真正面から受け止めた。
「むろん、言われずとも知っている。案ずる必要はない。俺は、そなたの腹の子ごと引き受けるつもりでいる。そなたは俺の妃となり、心置きなく子を産めば良い。俺は生まれた子を我が子と認めよう」
 雪鈴は眼を見開いた。言いながらも真実を口にできないもどかしさに、心はきりきりと締め上げられるように痛んだ。
「何を仰せなのですか。この子は殿下の御子ではなく、先王さまの御子なのですよ?」
 コンは事もなげに言った。
「誰が父親であろうが、雪鈴が産むのは俺の子だ。雪鈴、俺は何も生中な気持ちで求婚しているわけではない。先王の後宮であり、懐妊までしているそなたを我が後宮に入れるからには、どれだけの非難を浴びるかも覚悟はしている。これから先、起こりうる様々な事態を想定した上で、そなたを欲しいと望んでいるんだ」