韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は抱擁するー教えてくれ。雪鈴、そなたは俺のために先王に抱かれたのか?  | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

******************

 夜のしじまにひそやかな足音が聞こえたかと思うと、雪鈴の真後ろで止まった。
 一体、どんな顔で彼を見れば良いのだろう。これまでさんざん彼を拒絶し続けながら、あっさりと口車に乗って夜更けにこんなところまで来るなんて。さぞ自制心も節操もない女だと呆れられるに違いない。
 コンがもう一度、静かに呼んだ。
「雪鈴」
 深い心の奥にまで染み渡るような声だ。雪鈴はこの声が大好きだった。それでもまだ、雪鈴は振り向く勇気を持てなかった。
「雪鈴、顔を見せてくれないか」
 懇願するような響きの声に、自制心は脆くも崩れた。雪鈴が恐る恐る向き直った手前に、コンがいた。今はこの国の王となったひとだ。
 コンは王衣ではなく、青灰色のパジチョゴリを纏っている。あたかも今宵の空に浮かぶ月の光をより集めて織り上げたかのような、光沢ある美しい色合いだ。一方の雪鈴といえば、当然ながら純白の薄い夜着一枚だ。良人でも恋人でもない男の前で見せる姿ではない。
 コンが切なげに綺麗な眉を寄せた。
「そなたを忘れたことはなかった」
 そう、まるで去年の初夏の別離にまで刻を遡ったかのようだ。その間にコンと再会して交わした上辺だけの空しい言葉の応酬、あれらがすべて存在せず、雪鈴が別離を一方的に告げたあの雨の朝からいきなり今、この瞬間へと時が飛んだような錯覚さえしてしまう。
 眼前に佇む彼は、雪鈴がよく知る昔のコンだった。
 雪鈴の眼に大粒の涙が溢れた。
 コンが大きく両手を広げる。雪鈴をなおも細い理性の糸がその場につなぎ止めていた。
「そなたを苦しめるのは俺の本意ではない。だから、そなたが本当にそこまで俺を嫌うなら、もう今夜で止める。二度と雪鈴に近づくこともなく、そなたの心を乱すようなこともしない」
 やはりと、思った。コンは今夜を区切りにするつもりだったのだ。雪鈴は彼に向かって一歩を踏み出した。最初はゆっくりと歩いていたのが、いつしか早足になり駆けていた。
 コンもまた雪鈴に向かって走っていた。二人はどちらからともなく抱き合った。
 コンが雪鈴を強く抱きしめた。
「まさか来てくれるとは。夢を見ているようだ」
 コンが雪鈴の髪に顎を乗せ、想い人の香りを胸に吸い込む。雪鈴もまたコンが衣にたきしめた若葉の清々しい香りを心から懐かしんだ。
 コンの少しくぐもった声が降ってくる。
「済まぬ、そなたを追い詰めるつもりは毛頭ないのだ。そなたが止めてくれというなら、今夜を最後の歓びとして雪鈴への想いは生涯封印すると誓おう。そなたにみっともないところばかり見せて、これ以上嫌われたくない。俺にもまだ少しは男として誇りが残っていたということだ」
 雪鈴は小さく嫌々をするように首を振った。
「あなたを忘れられるなら、いっそ、その方がどれだけ楽だったでしょう」
「ーっ」
 コンが凍り付いた。
「雪鈴、もしや、そなた」
 雪鈴は涙でぐしゃぐしゃになった顔でコンを見上げた。
「意地悪な方。これまでさんざん私の心を翻弄しておいて、今更な科白をおっしゃるのですね」
 コンが真摯な面持ちで言った。
「教えてくれ。 夜のしじまにひそやかな足音が聞こえたかと思うと、雪鈴の真後ろで止まった。
 一体、どんな顔で彼を見れば良いのだろう。これまでさんざん彼を拒絶し続けながら、あっさりと口車に乗って夜更けにこんなところまで来るなんて。さぞ自制心も節操もない女だと呆れられるに違いない。
 コンがもう一度、静かに呼んだ。
「雪鈴」
 深い心の奥にまで染み渡るような声だ。雪鈴はこの声が大好きだった。それでもまだ、雪鈴は振り向く勇気を持てなかった。
「雪鈴、顔を見せてくれないか」
 懇願するような響きの声に、自制心は脆くも崩れた。雪鈴が恐る恐る向き直った手前に、コンがいた。今はこの国の王となったひとだ。
 コンは王衣ではなく、青灰色のパジチョゴリを纏っている。あたかも今宵の空に浮かぶ月の光をより集めて織り上げたかのような、光沢ある美しい色合いだ。一方の雪鈴といえば、当然ながら純白の薄い夜着一枚だ。良人でも恋人でもない男の前で見せる姿ではない。
 コンが切なげに綺麗な眉を寄せた。
「そなたを忘れたことはなかった」
 そう、まるで去年の初夏の別離にまで刻を遡ったかのようだ。その間にコンと再会して交わした上辺だけの空しい言葉の応酬、あれらがすべて存在せず、雪鈴が別離を一方的に告げたあの雨の朝からいきなり今、この瞬間へと時が飛んだような錯覚さえしてしまう。
 眼前に佇む彼は、雪鈴がよく知る昔のコンだった。
 雪鈴の眼に大粒の涙が溢れた。
 コンが大きく両手を広げる。雪鈴をなおも細い理性の糸がその場につなぎ止めていた。
「そなたを苦しめるのは俺の本意ではない。だから、そなたが本当にそこまで俺を嫌うなら、もう今夜で止める。二度と雪鈴に近づくこともなく、そなたの心を乱すようなこともしない」
 やはりと、思った。コンは今夜を区切りにするつもりだったのだ。雪鈴は彼に向かって一歩を踏み出した。最初はゆっくりと歩いていたのが、いつしか早足になり駆けていた。
 コンもまた雪鈴に向かって走っていた。二人はどちらからともなく抱き合った。
 コンが雪鈴を強く抱きしめた。
「まさか来てくれるとは。夢を見ているようだ」
 コンが雪鈴の髪に顎を乗せ、想い人の香りを胸に吸い込む。雪鈴もまたコンが衣にたきしめた若葉の清々しい香りを心から懐かしんだ。
 コンの少しくぐもった声が降ってくる。
「済まぬ、そなたを追い詰めるつもりは毛頭ないのだ。そなたが止めてくれというなら、今夜を最後の歓びとして雪鈴への想いは生涯封印すると誓おう。そなたにみっともないところばかり見せて、これ以上嫌われたくない。俺にもまだ少しは男として誇りが残っていたということだ」
 雪鈴は小さく嫌々をするように首を振った。
「あなたを忘れられるなら、いっそ、その方がどれだけ楽だったでしょう」
「ーっ」
 コンが凍り付いた。
「雪鈴、もしや、そなた」
 雪鈴は涙でぐしゃぐしゃになった顔でコンを見上げた。
「意地悪な方。これまでさんざん私の心を翻弄しておいて、今更な科白をおっしゃるのですね」
 コンが真摯な面持ちで言った。
「教えてくれ。雪鈴、そなたはやはり俺のために身を引いたというのか?」
 雪鈴が泣き笑いの表情で言った。
「私の存在はコンさまの進まれる道の妨げとしかなりません。ゆえに、先王さまのお召しに従ったのです」
 コンが愕然と呟いた。
「そなたの人なりは自分なりに理解しているつもりだった。だからこそ、そなたが突如、心変わりして先王の許にゆくと言ったときは我が耳を疑ったんだ。そうではないかと疑っていたが、よもや真に俺のために自分を犠牲にしたとは」
 クッと彼が小さく呻いた。
「何故、あの時、そなたを無理にでも奪い返さなかったのか悔やまれる」
 雪鈴は真顔で首を振る。
「そのようなこと、なさらず良かったのです。私がお別れを告げた時、コンさまは仰せでしたね。二人で遠くへ逃げようと。でも、そんなことはできっこないのは、コンさまはあのときも今も判っておいでのはずです。この国に暮らす限り、何人たりとも国王殿下には逆らえないのですから」
 コンの眼から涙が流れ落ちた。
「さりながら、俺はそなたの心も知らず、酷(ひど)い科白を突きつけた」
 雪鈴は涙を堪(こら)えて微笑んだ。
「もう良いのです。コンさまが私を傷つけた以上に、私もコンさまを傷つけてしまいました。お相子です」
 コンが差し出した手に、雪鈴もごく自然に手を重ねる。彼に手を取られ四阿に導かれた。
 二人して四阿に常備されている絹の座布団に腰掛けた。クシュンと可愛いクシャミが聞こえ、コンが慌てた。
「そんな薄い夜着で出てきたのか! そなたは懐妊中だろう。もっと自分を労らねば」
 コンはすぐに自分の上衣を脱いで雪鈴の肩にかけてくれる。昔と変わらず、彼の細やかな優しさに触れて泣きたくなった。
ーこのまま刻が止まってしまえば良いのに。
 雪鈴は自分から身を寄せ、コンの肩に頭を預けた。コンも黙って雪鈴の肩に腕を回して引き寄せる。

 雪鈴が泣き笑いの表情で言った。
「私の存在はコンさまの進まれる道の妨げとしかなりません。ゆえに、先王さまのお召しに従ったのです」
 コンが愕然と呟いた。
「そなたの人なりは自分なりに理解しているつもりだった。だからこそ、そなたが突如、心変わりして先王の許にゆくと言ったときは我が耳を疑ったんだ。そうではないかと疑っていたが、よもや真に俺のために自分を犠牲にしたとは」
 クッと彼が小さく呻いた。
「何故、あの時、そなたを無理にでも奪い返さなかったのか悔やまれる」
 雪鈴は真顔で首を振る。
「そのようなこと、なさらず良かったのです。私がお別れを告げた時、コンさまは仰せでしたね。二人で遠くへ逃げようと。でも、そんなことはできっこないのは、コンさまはあのときも今も判っておいでのはずです。この国に暮らす限り、何人たりとも国王殿下には逆らえないのですから」
 コンの眼から涙が流れ落ちた。
「さりながら、俺はそなたの心も知らず、酷(ひど)い科白を突きつけた」
 雪鈴は涙を堪(こら)えて微笑んだ。
「もう良いのです。コンさまが私を傷つけた以上に、私もコンさまを傷つけてしまいました。お相子です」
 コンが差し出した手に、雪鈴もごく自然に手を重ねる。彼に手を取られ四阿に導かれた。
 二人して四阿に常備されている絹の座布団に腰掛けた。クシュンと可愛いクシャミが聞こえ、コンが慌てた。
「そんな薄い夜着で出てきたのか! そなたは懐妊中だろう。もっと自分を労らねば」
 コンはすぐに自分の上衣を脱いで雪鈴の肩にかけてくれる。昔と変わらず、彼の細やかな優しさに触れて泣きたくなった。
ーこのまま刻が止まってしまえば良いのに。
 雪鈴は自分から身を寄せ、コンの肩に頭を預けた。コンも黙って雪鈴の肩に腕を回して引き寄せる。