韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は嘆くー二人の王に愛された女の悲劇。私は誰を憎み恨めば良いのですかー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなか
った。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。

更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてありえない。

やはり、銀蝶が未来を告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編

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 雪鈴が小首を傾げた。
「スチョン、一体、何のことを言っているのか判らないー」
 スチョンが薄笑いを浮かべた。
「あの日、前王殿下がお越しになった時、私があなたに何をお願いしたか、憶えておいでですか、

ソン尚宮さま
 刹那、烈しい衝撃に雪鈴はおののいた。
「そんなスチョン、まさか、あなたが」
 スチョンは他人事のように淡々と言った。
「そうです、あなたがお考えになった通りです。あの日、私はわざと殿下のお目にあなたが止まることを期待して、御前にお茶を運ぶようにお願いしたのです」
 雪鈴の喉がヒュッと鳴った。
 スチョンはどこか遠い眼で言った。
「あなたには何の罪もおありではない。それは承知していました。ですが、あのままでは、あなたという存在は我が主君にとっては重荷になるだけでした。あなたが側にいる限り、我が主君は他の女人には一切眼を向けようとはしないのです。あなたと戸曹判書のご息女、どちらがより主君の将来のためになるかと言えば、その応えは言うまでもありません。ゆえに、私は一か八か賭けました。案の定、あなたの美しさは思った通り、殿下の眼に止まった」
 雪鈴の身体が大きく震えた。あの日の記憶が巻き戻される。海辺の小屋でコンと二人きりで一夜を過ごして帰邸した時、スチョンは明らかに自分たちの間に起きた異変をかぎ取っていた。そして、その後、着替え終えた雪鈴にスチョンが直々に来客に茶菓を運ぶように言ってー。
 雪鈴の桜色の唇がかすかに震えた。
「私はそんなことは露とも知らずー」
 御前に茶菓を運んだ。そこから先、思い出すのも辛い運命の激変が始まったのだ。
 すべては眼前にいる、この女が仕組んだのか。雪鈴だけではなく、コンの運命さえもこの女は根底から揺さぶり変えた。一体、何の権利があって、スチョンが雪鈴の運命を操り弄ぶ権利があったのか?
 怒りに指先が熱くなった。雪鈴は唇を噛みしめ、今はもう理解者どころか裏切り者と化した女を見つめた。
 と、スチョンがいきなりその場にひざまずいた。予期せぬ展開に、雪鈴はまたも硬直するしかない。
「すべては、あの方のー国王殿下のためです。お願いですから、坊ちゃまの進まれる道の妨げにならないで下さいまし」
 スチョンは両手をすりあわせた。
「恨むのなら、幾ら恨まれても構いません。それでも、あなたという人は坊ちゃまにとって危険すぎるのです。坊ちゃまは、あなたのためなら国を傾けさえするでしょう。あの方はあなたのためなら、身を滅ぼすのさえ厭いません。それが判っていながら、あなたが大切な殿下の側にいるのをみすみす許すことはできませんでした」
 人目すら、はばからない懇願、いや哀願とさえいえたスチョンの捨て身の行為に、雪鈴は脳天を直撃されたような衝撃を受けた。
 そう、この女もまたコンの前途の安寧をただ願っただけだ。コンを手ひどく傷つけてまで別離を選んだ自分と大差ないではないか。
 我が身にスチョンを詰る資格があるとは思えなかった。
 雪鈴は静かな声音で言った。
「心配しないで、あなたの大切な主君の邪魔はしないから」
 スチョンの面にはなお何か言いたげな表情が浮かんでいた。だが、雪鈴には最早、この女と話すことは何もなかった。
「真実を話してくれたことには感謝するわ」
 だが、内心では思っていた。今になって真実を知ったところで、何になろう。もう時を戻せはしないし、起きてしまったことを無かったことにはできないのだ。
 仮にスチョンがあの日、胸に兆した危機感を打ち明けてくれていたらー。
 雪鈴は、どうしていたろうか。スチョンはコンを生まれたときから育て上げたひとだ。もちろん、彼女の言い分を尊重し、雪鈴はひっそりとコンの側から姿を消しただろう。
 だが、果たして、それだけでコンが納得したかといえば、何とも言いがたいところだ。
 コンの性格は非常にはっきりしている。曖昧な別れの理由では到底納得しないだろうし、黙って姿を消せば、死力を尽くして雪鈴のゆく方を突き止めようとするに違いない。
 コンは、そういう男だ。
 恐らく、スチョンはコンの気性を誰よりよく知っていたからこそ、雪鈴を確実にコンの側から追い払う方法を選んだ。
 王命であれば、さしものコンも逆らうすべはない。スチョンは実に的確で効率的な選択をしたともいえる。
 雪鈴は半ば上の空で別堂の扉を押し開け、足を踏み入れた。何の気なく頭上を仰ぎ見る。
 次の瞬間、あ、と小さく声が上がった。
 視界いっぱいに別世界がひろがっている。
 紺碧の空を背景に、天人が優雅に舞っていた。上半身には檜皮色の条帛を、下半身には孔雀の羽を模した柄の裳(裙)、腰には緑色の濃い腰衣を巻いて前で結んでいる。
 肩からかけた天衣(てんね)は儚く透けるようで、緩く後方にたなびいていた。
 天人の掲げられた手には蓮花が乗っている。結い上げた宝髻(ほうけい)に戴いた宝冠、首に掛けた瓔珞は豪奢な黄金色に輝いていた。
 風にふわりと舞う天衣と共に無数の蓮の花びらが周囲を漂う。紺碧の夜空には、花びらと共に星座も描かれていた。
 あれは北斗七星だ。では、この天人の姿を取った御仏は妙見菩薩(北辰菩薩)か。
 星座といえば、今更ながらにあの日の夜が思い出される。七月初旬、前王に初めて抱かれた日のことだ。あの夜、初めて伺候した王の寝所には見たこともない大きな寝台があり、余計に雪鈴を怯えさせた。