韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は尊き玉を抱くー承恩尚宮ソン氏が懐妊。その知らせは宮殿に激震を走らせる | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。
更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてありえない。

やはり、銀蝶が未来を告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編

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   飛天の舞

 七月も終わりが近づいた猛暑の午後、宮殿は俄に緊張が走り、憂愁に包まれた。前夜、目下のお気に入りの寵姫、承恩尚宮ソン氏と共に大殿の寝所で過ごしていた国王が不調を訴えたのだ。
ーまだ十代の娘のような年若い側室に入れあげすぎたせいだろう。
ーいやいや、虫も殺さぬ可愛い顔をして、ソン尚宮はとんだ妖婦なのやもしれぬぞ。殿下は大方、あの小娘に夜毎、精気を吸い取られたのであろう。
 要するに、大方の見方は
ー殿下は房事過多で、お倒れになったのだ。
 というものだった。
 ただ現実には、これはまったくの誤りにすぎない。懐妊が判って以来、王は雪鈴に夜伽をさせたことはなく、寝所に呼ばれてもただ話をして、王に抱きしめられて眠るだけの関係になっていた。
 そもそも王宮の奥深く、扉の向こう側での王の秘め事を知る者がいるはずもなく、誰も知らぬがゆえに、余計に人は好奇心を募らせ妄想を逞しくする。
 男の精を吸い尽くす妖婦呼ばわりされる雪鈴にとっては、迷惑千万な話でもあった。
 陽祖は体躯も良く、武芸を好む王でもあった。見た限りでは壮健そのものだが、実は虚弱というのは知る人ぞ知るところだ。幼時に病にかかり、そのために子種を失ったという噂の方がかえって広く囁かれているほどだ。
 月に何度かは熱を出して寝込むことも珍しくはなく、今回の不調もまたその程度のものだろうと誰もが楽観視していたのだ。
 しかし、目眩を憶えて倒れたその夜から寝付いてしまい、数日後には
ー御気色、殊の外悪し。
 と、伝えられた。
 内医院の医官長が薬箱を抱え、王の病臥する室に出入りする姿が頻繁に目撃された。後宮においても笑い声一つ聞こえない、沈んだ空気が重く立ちこめた。
 陽祖には一人の御子もおらず、世子文陽君は東宮殿にあれども、まだ冊封されて一ヶ月も経過していない。王が病臥して七日目、医官長と領議政が内々に密談を交わしたという噂が流れた。
 王が既に長からぬと知った領議政が議政府の主立ったメンバーを招集し、今後の王位継承について談合したとのことだ。
ー幸いにも、殿下の御意で世子には文陽君が決まっている。あってはならないことではあるが、万が一の場合は直ちに世子邸下に登極して頂こう。
 次の国王には世子文陽君をということで、全会一致で決まった。
 更に八月に入った早々、領議政が王に呼ばれ御前に伺候した。王との話はゆうに半刻に及び、王の身を案じた医官長が止めるまで続いた。
 御前を下がった領議政は至極難しげな表情をしており、一体、余命幾ばくもない王と宰相の間でどのような話が交わされたのかとまた憶測を呼んだ。
 そんな中、翌日、領議政を通して承恩尚宮ソン氏の懐妊が発表されたのである。新参の側室が寝所に召されてわずかひと月で懐妊、その知らせは宮殿に激震を走らせた。
ーこの時期にご懐妊が判ったとなれば、大方は召されてすぐに身籠もられたはず。はてもさても、運の強い娘よ。
 ただ、中にはソン尚宮の懐妊について懐疑的な者もいた。
ー殿下にはあまたのご側室方がお仕えしながらも、長らく御子が授からなかった。また、例の不敬な噂もある。大きな声では言えぬが、ソン尚宮の腹の御子は真に殿下のお子なのか?
ーおいおい、滅多なことを言うものではないぞ。後宮の妃は厳重に守られ、内官以外の男は一切出入りできない。ソン尚宮の腹の御子の父親が殿下以外であるはずがなかろう。
ーいやいや、それは判らん。ソン尚宮は元々、世子邸下の想い者であったところ、殿下が見初めて強引に我が物にされたという経緯がある。王室の方はとかく女には手が早い。世子邸下がもし、ソン尚宮と関係を持っていたのだとしたら、ご懐妊が判った時期が早すぎることもあるし、邸下のお胤だという可能性も大いにある。
ー確かにな。亡くなられた中殿さまとのご婚儀以来、二十年余り、多くのご側室の中でご懐妊された方は一人としておられん。今、新参のソン尚宮がお側に上がってわずかひと月でご懐妊されるというのも、何やら妙なことだ。
ー 一体、ソン尚宮の腹の御子の父親はどちらなんだ? 殿下か?それとも邸下なのか?
ー殿下ご自身が我が子と認めておられるのだ。たとえ真実がどうあろうと、ソン尚宮の生み奉る御子の父君は殿下ということになろうよ。
 お喋り好きな宮廷雀たちは寄ると触ると、この噂で持ちきりになり、もちろん女ばかりの後宮では更に明け透けな言葉で語られた。
 懐妊公表を境に、後宮の他の側室たちから雪鈴に向けられる視線は更に冷たく容赦ないものになったのも致し方あるまい。
 八月上旬のある朝、雪鈴は王の御座所にいた。王が妃と共寝する寝所とは異なり、床に褥を敷いている。王は他の妃は寄せつけず、新参の側室ソン尚宮のみが王の病床に侍ることを許された。
 その日、雪鈴は女官が運んできた小卓を受け取り、いそいそと王の枕辺に戻った。小卓には牡丹色の風呂敷が掛けられている。それを取り去れば、茶器一式が用意されていた。
 白磁に小さな銀色の花が散った上品な急須、お揃いの湯飲み、更に小皿に盛られた薬菓である。