韓流時代小説 秘苑の蝶ー龍は願う~文陽君が後宮に放ったスパイ。男にも女にもなり自由に性を変えるー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。
更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてあり得ない。
やはり、銀蝶が未来を告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編。

******

 判らない。雪鈴の本心はどこにあるのか? 六月最後の日、紫陽花の前で彼女が告げたように、真実、心変わりしたのか。あのときの彼女は別人のように素っ気なく、言葉もまなざしも真冬の嵐のように冷たかった。
 あれが芝居だとしたら、彼女は旅芸人の一座に入っても立派にやってゆけるだろう。
 その一方で、どこまでも不自然さのない自然な拒絶の言葉がかえって嘘くささを感じさせた
 まるで流れるような会話、お決まりの別れのシーンは妙な空々しさも漂わせていた。そう思うのは自分の儚い願望に過ぎない?
 あれは見かけ通りのまったくもって自然な別離であり、雪鈴からの強い拒絶だったのか? あの日の彼女の態度を深読みしようとする自分が未練がましいだけなのか。
 コンは立ち上がり、室の片隅に置かれた飾り棚の引き出しを開けた。黄色の風呂敷を広げ、一冊の画帳を取り出す。彼は画帳を手にしてまた座椅子に戻った。
 文机に画帳を乗せ、一枚一枚まるで壊れ物を扱うかのような慎重な手つきでめくる。そこには彼自身が描いた雪鈴がいた。最初はチマの裾を絡げ、波打ち際に立つ雪鈴。何とも挑発的なポオズだが、雪鈴がすると不思議といやらしさはない。
 爽やかな色気と生命の躍動感の方が前面に強く出ている。腰まで水に浸かり、両手で海水を掬い、手のひらを無心に見つめている雪鈴。コン自身は、この構図が一番好きだ。
 海に差し込む陽光が雪鈴の髪といわず、身体全体を包み込み、白い肌が滴を纏い輝き、彼女が身を浸す海水も陽光に眩しく煌めいていた。まさに光の精、海の妖精、彼が雪鈴に語り聞かせた人魚の姫のようであった。
 この画帳には、あの眩しいほど幸福だった海辺の一日が詰まっている。実のところ、コンは幾度、この画帳を庭で焼き捨てようとしたか知れない。だが、その度にできなかった。
 あるときは燃え盛る焔の寸前まで画帳をかざしたにも拘わらず、急に手が瘧(おこり)にかかったかのように震え出した。慌てて自室に逃げ込むように駆け込み、画帳を我が子のように大切に抱きしめた。しばらく震えは止まらなかった。たまたま茶菓を運んできた乳母のスチョンが憂い顔で見ていたのも知っている。
 理性は、もう忘れろと告げていた。何より、自分から去っていった女だ。権力に引き裂かれたわけではない。幾ら未練がましく想い続けていたとしても、何の益も無い。この先、雪鈴が彼の許に戻ることは二度とない。
 だが、本当にそうなのだろうか。自分たちは権力に屈したわけではないのか。彼は別れの日の彼女の声、表情、仕草を懸命に思い出そうとした。あの中に一つでも、彼女の〝本心〟を見いだせる希望的観測はなかっただろうか。
 ハアと彼はまた息を吐き出し、仰向けに寝っ転がった。これでは幾ら考えても堂々巡りだ。
 客観的に考えれば、やはり雪鈴のことは綺麗さっぱり忘れるのが良いのだろう。片腕を枕にしていた彼はゴロリと寝返りを打って横向きに体勢を変えた。刹那、ある男の声が耳奥で蘇った。
ーそこまで惚れているなら、相手を信じろ。
ー俗な女ではないというのが本当なら、その者にとって、お前の立場の変化など些細なことだろう。
 悪友もとい親友のキム・ヨンギと四年ぶりに王宮で再会したのはもう一ヶ月ほど前だ。あの時、ヨンギは確かに言った。
 そこまで惚れた女なら、信じてやるべきではないのかと。あれはコンが世子に指名されたことを雪鈴に伝えられなくて懊悩していたときだ。世俗の立身や玉の輿に興味がない雪鈴だからこそ、かえって世子嬪になんてなりたくないとフラれるのではないか。情けなくもコンは怖じ気づいて打ち明けられなかった。本当は雪鈴にこそ一番に話すべきだったというのに。
 彼の言葉はまさにその通りであったといえる。結局、雪鈴がなりゆきを知ったのは、継母とコンの会話を聞いてのことであり、彼は最後まで雪鈴に真実を話せなかった。彼女を最も傷つける形で、世子になることを知らせてしまったのだ。
 それでも彼女は怒りもせず、彼の身に起こった変化を受け容れ理解してくれた。たとえ彼の立場がどれだけ変わろうとも、自分が愛したのは彼その人だから、想いは変わらないのだとはっきりと言ってくれたのだ。
 つまり、あのときも自分はまったく杞憂をしていたことになる。では、今はどうなのだろう。コンはまたソンギの忠告を思い出した。
ーそこまで惚れている女なら、相手を信じろ。 コンは物凄い勢いで飛び起きた。
ー愛することは信じることだ。
 これは希望的観測でも何でもない。いや、この際、未練であろうが何であろうが、定義づけなんぞ糞食らえだ。
 俺は、愛する女を、信じる。
 コンは座椅子に戻ると、画帳をまた風呂敷に包み、違い棚に大切そうにしまった。
 〝影〟には働きに見合うだけの報酬と引き替えに、定期的に宮殿での動向を報告させている。むろん、雪鈴の身辺を中心に何か動きがあれば、すぐに知らせるようにと厳命している。
 〝影〟がどうやって王宮に潜入しているのか、コンは知らない。よく訓練された間諜は変身の術にも長けている。黒装束で忍び込むだけでなく、時には内官、官吏にすらなりすまして潜入するようだ。
 実のところ、〝影〟を紹介してくれたのも他ならぬ親友ソンギだった。ある日、ソンギの住まいを訪ねていって、使える間諜を探してくれないだろうかと頼み込んだのだ。
 最初、ソンギは声もないようだった。