韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は吠えるーたとえ義母上だとて、俺の未来の妻を侮辱するのは許さないー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

******

 スチョンはコンの背後にひっそりと佇む雪鈴を一瞥したけれど、何も言わなかった。雪鈴の衣服が昨日の朝、屋敷を出たときの絹のものとは違うのは一目瞭然だ。
 それだけでコンの乳母は若い二人の間に何が起きたかを察したに違いない。スチョンの視線に特に悪意は感じられなかったけれど、雪鈴は穴があれば入りたい心地だった。
 コンが雪鈴の介添えで衣服を着替え終えたのと、業を煮やした継母が乗り込んできたのはほぼ同時である。
「国王殿下がお越しなのに、どこへ行っていたのです」
 コンは眼を剥いた。
「殿下がこの屋敷に来られているのですか、義母(はは)上」
 継母はキリキリと柳眉をつり上げている。まずい、これは相当頭に来ている証だ。
「何を暢気なことを言っているのですか。もう一刻余りも、あなたをお待ちなのですよ」
 コンは内心、首を傾げた。何ゆえ、国王が唐突にコンの屋敷に来臨する必要がある? 確かに彼は王命で世子に指名された身ではある。が、あくまでもまだ内定の段階にすぎないし、立太子式さえ終えていない。
 王がわざわざここに来るいわれは何らないはずだがー。
 半ばボウとした頭で考えていたその時、また甲高い声で現に引き戻された。
「下女の分際で、己れの立場というものをわきまえよ」
 継母が雪鈴を睨みつけている。いきなり怒鳴りつけられた雪鈴は可哀想に身を強ばらせていた。
 継母が雪鈴を下女呼ばわりするのは、雪鈴がいまだ木綿の服を着ていたからもあったに相違ない。
「義母上、止めて下さい。雪鈴は何も悪くはありません。俺が勝手に連れ出しただけです。第一、彼女は下女ではない。先日も申し上げたはずです。れきとした両班家の息女であると」
 コンが雪鈴の味方をしたことが余計に継母を逆撫でしてしまった。しまったと臍を噛んでも遅い。
 継母が更に眦(まなじり)をひきつらせ、手を振り上げた。
「このいかがわしい雌猫めっ。婚礼前の未婚の娘があろうことか、殿方と二人だけで一昼夜を過ごすことがどれだけ不謹慎な行為かは自覚しておるのかッ」
 ピシリ、乾いた音がその場に張り詰めた緊迫に響いた。
「義母上、何をなさる」
 コンが血相を変え、雪鈴の前に両手を広げて庇うように立ちはだかった。雪鈴は打たれた頬を押さえ、茫然と立ち尽くしている。
 コンは瞳に力を込め、継母を挑むように見つめた。
「たとえ義母上とて、未来の俺の妻を愚弄するのは許さない」
 継母が惚(ほう)けたように彼を見た。
「未来の妻ですと? あなたは、このあばずれを正室に迎えるつもりなのですか?」
 継母は憎々しげに雪鈴を睨めつけた。 
「あなたはまもなく世子邸下にならるる御身ではありませんか。あなたの娶る女人は世子嬪、ひいては朝鮮の国母になる方ですよ?」
 継母は自らを落ち着かせるかのように息をついた。
「あなたがこの田舎女を忘れられないというなら、大目に見ましょう。ですが、正室など言語道断、どこの馬の骨とも知れぬ女を未来の王妃に据えるわけにはゆきません。どうしても欲しいのなら、側室になされば良いのです」
 コンが歯を食いしばった。
「雪鈴の生家は名の知れた名家です。彼女は由緒正しい生まれ育ちだと申し上げたでしょう!」
 継母も意地になったかのように引き下がらない。
「では、どこの家門の令嬢なのですか?」
 コンは言葉に窮した。〝孫雪鈴〟は早死にした良人に殉死し、稀に見る貞女として〝烈女〟の称号を与えられている。この世には存在しない少女だ。
 ここで雪鈴の出自について詳細に語ることは禁忌でもあった。
 継母がせせら笑った。
「ほれご覧なさい。この女が両班だというのもどこまで真実か知れたものではないでしょう。大体、両班家の娘であれば、結婚前の女が殿方と二人きりで外泊などせぬものです。この品のないふるまい一つだけ見ても、このあばずれが賤しい身分の者だと判ります」
 ついに怒りを抑えきれず、コンが怒鳴った。
「良い加減になされ! 義母上が何と言おうが、雪鈴はちゃんとした両班家の息女だ。それに、俺は母親でもないあなたに結婚相手までいちいち指図される憶えはない。今まで母親面してあれこれと口出ししてきたことにも耐えてきた。あなたの顔を立てて、息子としてふるまってきたが、もう懲り懲りだ。俺の大切な女を罵倒し、あまつさえ殴りつけるとは、あなたが継母でも女でもなければ、俺が雪鈴の代わりにあなたを殴り返していた!」
 継母が毒々しいほど紅い唇を戦慄かせた。
「なっ」
 継母が瞳を潤ませた。
「私はこれまで、あなたのために良かれと思って尽くしてきたつもりです。あなたが言うように、私はあなたを産んだ母ではありませんが、それでも、あなたを実の息子だと思って愛情を持って育ててきたのです。その私に、あなたは随分と酷いことをおっしゃるのですね」
 コンが静謐な声音で断じた。
「あなたは勘違いをされているようだ。真実の愛情というものは、一方的に押しつけるものではない。相手の心に寄り添い、理解しようとしてこそ初めて愛情といえる。それに失礼を承知で言いますが、俺はあなたと暮らしたのは一年にも満たない。あなたに育てられた憶えはありませんが」