韓流時代小説秘苑の蝶~人魚の残した宝物ー彼と拾う浜辺の桜貝は姫の涙のよう。儚く美しく透き通って | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

******

 よろよろと船室を出て、また船の舳先に戻る。
ーあの男(ひと)をこの手で殺すことはできない。だって、私はまだ、あの方を愛しているから。
 結婚相手には選んでくれなくても、王子は氏素性も知れぬ末姫を城に連れて帰り、友人として手厚くもてなしてくれた。
 失った声が戻るようにと、高価な薬を取り寄せて飲ませてくれたりもした。
 末姫は懐剣を海に放り投げた。姉の髪と引き替えだという懐剣は、あっという間に月明かりに輝く波間に飲み込まれた。
 彼女は眼を瞑り、懐剣と同様に自分も波間に身を投じた。海の魔女は言っていた。
ー万が一、王子が最終的にお前を選ばなければ、お前は空気の泡となり消えてしまうだろう。
 王子は彼女を選ばなかった。王子を殺さなければ、どの道、泡のように消え果てる運命だった。
 末姫の身体は海中に沈み、やがて消える。ほどなく海の中からたくさんの光の泡が生まれだし、天空へと向かって昇っていった。無数の光り輝く泡は神々しいまでに美しかった。
 波間から顔を出した五人の姉姫たちは、ひっそりと涙を流しながら、輝く泡たちが天へ昇ってゆくのを見守った。


 長い話を語り終え、コンは腹の底から息を吐き出した。雪鈴は、いつしか、うっすらと涙ぐんでいた。
「とても美しい、でも哀しい話ですね」
 コンが雪鈴の涙に慌てたようである。
「泣いているのか! 別に泣かせるつもりでは」
 雪鈴は淡く微笑み、緩くかぶりを振る。
「気になさらないで下さい。むしろ、コンさまにお礼を申し上げたい気持ちです」
 訝しむ視線を向けられ、雪鈴は正直な想いを語った。
「素敵な物語でした」
 コンが頭をかいた。
「ここのところ、雪鈴がしおれていたから、少しでも気散じになればと連れてきたのに、これでは逆効果になるところだったよ」
 雪鈴が眉尻を下げた。
「私、そんなに元気がなかったですか?」
 三日前、コンが世子に冊封されるという衝撃的事実を知ってからというもの、雪鈴なりに色々と思い巡らせた。
 むろん、あのときの決意は何ら変わらない。これからもずっと彼の傍らで生きてゆきたい。けれどー。
 裏腹に、果たして我が身が世子になった彼の横に共に並び立つ資格があるのかという疑問もあるのは確かだ。妃としての重責を担えるだけの器なのかと不安になる。
 世子にふさわしくないと自信を失いかけていたコンを励ましたときのようにはゆかない。やはり、何事も自分自身のことに置き換えてみると、思うようにはゆかないらしい。
 だが、そんな内心の不安はひた隠していたはずなのに、やはり鋭い彼には見抜かれていたのか。
 コンが笑った。
「そなたが少しずつ元気がなくなってゆくのが心配だったんだ。やはり、世子になる俺の側にはいられないと気持ちが変わったんじゃないかと疑いさえしたほどだ」
 雪鈴が真顔になった。
「私の想いは変わりません。ただー」
 コンが耳ざとく訊き返してくる。
「ただ?」
 雪鈴は口を開きかけ、また、つぐんだ。世子嬪になることへの不安とは別に、この胸に兆した得体の知れない不安を言い表す言葉が見つからなかったからだ。
 雪鈴は無理に微笑んだ。
「いいえ、何でもありません」
 コンが不安げに言う。
「本当に大丈夫なのか?」
 雪鈴は笑って彼を見た。
「はい。どこまでもコンさまについてゆく覚悟はできておりますゆえ」
 なのに、この胸の奥底にわだかまる不安は何なのだろう。もやもやとした漠然とした黒雲のような不安は。
 雪鈴は半ば強引に話題を変えた。
「ところで、コンさまは、先ほどのお話をどこでお知りになったのですか?」
 幸いにも、コンも話を変えたかったようである。すぐに乗ってきた。
「姉が幼い頃、夢中になって読んでいた絵本を俺も読んだ」
 雪鈴が眼を見開いた。
「まあ」
 コンが面映ゆげに語った。
「俺には清明の他にもたくさんの姉妹がいる。上には二人の姉がいて、確か絵本を盗み読みしたのは二番目の姉だったはず。中流どころの両班家に嫁いで、たくさんの子どもを日がな追いかけ回している逞しい母親になったよ」
 コンの物言いがおかしくて、雪鈴は吹き出した。
「逞しいお母さんですか、良いですね」
 清明がもう少し歳を取ったら、そんな感じになりそうだ。
 雪鈴はしゃがみ込み、白砂の中でキラキラと光を放つ小さな欠片を指でつまみあげる。
 海辺の砂は、時間の経過と共に強さを増してきた夏の陽で温められている。触れると熱いくらいだ。一面の白い砂ばかりの中、所々、キラリと光るのは貝殻らしい。
 雪鈴が貝殻をほっそりとした指で掴み、陽にかざす。コンはそんな彼女を眩しげに眺めていた。
「桜貝だな」
 話には聞いたことがある。名の通り、春に咲く桜のごとく薄紅に染まった可憐な貝らしいとのことだったが、まったくその通りだ。
 初夏の陽差しが当たると、消えてしまいそうな繊細さ、儚さだ。昔物語の人魚の姫の涙のように。