韓流時代小説 秘苑の蝶~決意ーハクビ村に行って生け贄の風習なんて止めさせるわ。そんなの間違ってる | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第二話  韓流時代小説 龍神の花嫁~風舞う桜~【秘苑の蝶】

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー。

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 こんな夜更けだというのに、彼女は夜着ではなく普段の慎ましい木綿のチマチョゴリで、しかも背中に小さな袋を括り付けている。明らかに、どこかへゆこうとしているように見えた。
 他の者に気づかれては後々、ソンニョの立場が苦しいものになる。雪鈴が更に近づいて声を掛けようとしたのと、低い声がしじまを破ったのはほぼ時を同じくしていた。
「ソンニョ、こんな時間に一体、どこに行くのだ?」
 ハッとして声の主を見やれば、この屋敷の女中頭スチョンが淡い闇にひっそりと佇んでいる。まるでソンニョをここで待ち受けていたかのように、スチョンもまた夜着ではなく、普段着だ。
 ソンニョが硬直している。しばらく放心したように立ち尽くしていたソンニョが怖々とスチョンに向き直った。
「そなたと相部屋の者たちが知らせてきたゆえ、まさかと思うたが。使用人が黙って姿を消せば、逃亡と見なされることは存じておろう」
 ソンニョは奴婢ではない。しかし、給金の前借りと引き替えに雇われた使用人であるのは変わらない。主の許しも得ずに姿を消せば、スチョンの言う通り、逃亡に等しいのは確かだ。コンは絶対にしないだろうが、仕える主人によっては役所に突き出され、処罰の対象となることも有り得る。
 ソンニョがいきなりガバとその場に身を投げ出した。手を地面につかえ、頭をこすりつける。
「お許し下さい。お許し下さい。もうじき、妹が死ぬんです。あたしが村に帰らなければ、可哀想な妹が殺されちまうんです」
 スチョンは当惑したように黙り込んだ。
「妹が死ぬとは、どういうことだ? 何かの病にかかっているのか」
「お願いします、あたしを村に帰らせて下さい」
 ソンニョは何度も頭を地面に打ち付けた。あんなに頭を強くぶつければ、ソンニョの方が怪我をしてしまう。
 雪鈴は見ていられず、スチョンとソンニョの間に飛び出した。
「スチョン、私の話を聞いて。ソンニョが夜更けに黙って出てゆこうとしたのには事情があるの」
 突如、現れた雪鈴に、スチョンは二度愕いたようである。はるかに年嵩のスチョンは深い吐息を洩らし、二人の娘たちを代わる代わる見た。
「とにかく、ここは寒いですから、中でお話を伺いましょうか、お嬢さま」
 
 話の内容が内容なので、雪鈴は自分の居室に二人を呼んだ。まず雪鈴が事の次第をかいつまんで話し、その後でソンニョが補足する。
 二人の話に聞き入っているスチョンの顔は次第に憂いの色が濃くなっていった。
「なるほど、そういうことですか」
 ソンニョの話まで聞き終え、スチョンは腹の底から重い吐息を吐き出した。
「龍神さまの花嫁ねぇ。確かに似たような話を聞かないわけじゃないが」
 雪鈴は固い声音で言った。
「村の困り事なら、村人全員の力で解決するべきでしょう。なのに、何の罪もない、か弱い娘一人を人身御供にするだなんて、許せない」
 スチョンが何ともいえない顔で雪鈴を見た。
「とはおっしゃいますが、お嬢さま。この世の中は常に正論がまかり通るとは限らないんですよ。生け贄の話なら何もソンニョの村だけのことじゃありません。朝鮮のあちこちで、似たような風習ははるか昔から行われてきたんです。日照りだけではなく、逆に雨続きで河が溢れて田畑を台無しにされてしまいそうなときも、荒ぶる天や河の神を鎮めるために生け贄を捧げるっていう話は枚挙に暇がないんですから」
 ムキになる雪鈴には取り合わず、スチョンはソンニョを見た。
「それで、お前は村に帰って、どうするつもりだった? 妹の代わりに、お前が生け贄になるつもりだったとでも?」
 ソンニョが泣きながら言った。
「あたしはスングムのように綺麗じゃないから、花嫁にはなれません。でも、夜陰に紛れて妹を連れて逃げることはできます」
 スチョンはあくまでも冷静そのものだった。
「それで? お前たちは良いとして、村に残された他の家族はどうなると思うのだ? まさか、お前が家族全員を連れて逃げるとでもいうのかえ」
 ソンニョの家は大所帯だ。働き盛りの両親、老いた祖母、それに兄の妻とその幼い五人の子どもたち。
 すべてを連れて村から出るのは不可能だ。
 ソンニョは肩を落とし、号泣した。スチョンは、そんなソンニョを静謐な眼で見つめている。
「上手く逃げおおせたとして、そなたらはそれで良かろうが、村に残った家族がどんな扱いを受けるかは考えてみなかったとでもいうのか?」
 スチョンの言うことは正しい。仮にソンニョが妹を救えたとしても、村に残った家族は村人から白い眼で見られ、爪弾きにされるだろう。どんな酷い罵り言葉で傷つけられるか、悪くすれば大切な生け贄を奪われた彼らの怒りの矛先は残された家族に向けられ、暴力沙汰になるかもしれない。
 誰かを犠牲にして自分たちだけが生き長らえようー、そもそもはその考えが間違ってはいても、人間は自らの過ちには眼を向けないものだ。その代わり、理不尽な怒りを罪なき人々に向け糾弾する傾向がある。
 雪鈴はすすり泣くソンニョを抱きしめた。
「私も一緒に行くから、だから泣かないで」
 その科白に、またスチョンが眼を剥く。
「一緒に行くだなんて、そんなことを坊ちゃまがお許しになるとでもお思いですか?」
 雪鈴は唇を噛みしめた。
「旦那さまは、きっと許して下さるわ。それに、万が一、お許しが頂けなくても、私はソンニョについてゆきます」
 スチョンがハアとあからさまな溜息をついた。
「何というお転婆な方でしょうね。流石に、あたしも坊ちゃまに同情しますよ」
 最後の呟きが雪鈴に聞こえることがなかったのは、どちらにとっても幸いであったといえよう。