韓流時代小説 秘苑の蝶~龍神伝説ー地方農村に古くから伝わる河の神。14歳の妹が生け贄に選ばれたー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー

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    伝説の村

 雪鈴(ソリョン)の背後で、軽い溜息が聞こえた。そっと正面に置かれた箱鏡台越しに窺えば、鏡に映じたソンニョの今にも泣き出しそうな表情(かお)が視界をよぎった。
 ソンニョがやるせなげな溜息を洩らすのは、これが初めてではない。わずかな時間の間、もう数度目だ。また、それをいえば、何かを思い詰めているような風情なのは今日だけではなく、実のところ、かれこれ十日余り前からのことになる。
 雪鈴にとって、ソンニョは立場は側仕えの侍女だけれども、実質は親友のようなものだ。雪鈴がコンの屋敷に来て日も浅く不慣れだった頃から、ずっと側にいて支えてくれた。

 だからこそ、ソンニョの些細な変化も雪鈴にはすぐに判った。
 雪鈴は複雑な過去を持っている。かつては、このセサリ町の名家の御曹司に嫁した身であるが、若い良人は祝言を挙げて五日後に頓死した。その後、冷酷な義両親は家名を残すために雪鈴を〝烈女〟に仕立てあげようとし、雪鈴は義両親の命を拒んで婚家を逃げ出した。
 しかし、ついに追っ手に追い詰められ、崖上から身を投げるに至った。真冬の冷たい谷川を河原に流れ着いた彼女を救ってくれた生命の恩人こそが李虔(イ・コン)だった。
 二人は初めて出逢った瞬間から烈しく惹かれ合い、コンは雪鈴の抱える事情を知った上で、彼女に求愛してくれたのだ。雪鈴もまたコンの男気のある度量の大きさ、誠実さに惹かれ、悩みながらも彼の側で生きてゆくことを決めた。
 月日は流れ、雪鈴がコンの屋敷で暮らすようになって、一年が過ぎている。崔家の若妻だった孫雪鈴(ソン・ソリョン)は既に崖から身を投げて亡くなったことになり、葬儀まで終わっていた。最早、雪鈴は追っ手にも、いつ殺されるかと怯えて暮らす必要もない。
 雪鈴は、コンの遠縁の娘ということになっている。母方の遠い親戚を預かることにしたと周囲には話しているらしい。〝孫雪鈴〟は既に、この世に存在しない人間である。両親が与えてくれた名前ではあるけれど、そのまま使い続けることはできなかった。
 ここでも、コンは予期せぬ配慮をしてくれた。
ー必要以上に目立たなければ、敢えて名を変える必要もないだろう。
 彼は名前すべてを変えるのではなく、読みはそのままに字だけを変えてはどうかと控えめに勧めた。それで、雪鈴は〝成昭玲〟と字を改め、以降はその名を使うことになった。
 つまり、名前そのものは変えることなく過ごしているのだ。
 愛する男と共に庭の花を愛で、時には町に出て目抜き通りに軒を連ねる露店で買い物を楽しむこともできた。コンとの仲は特に変わらず、彼と過ごす時間は話していても、黙って寄り添い合っていても、心から安らげる貴重なひとときだ。
 女中のソンニョは屋敷に来て慣れないことが多かった頃、本当に気遣って貰った。ソンニョだけではない。コンの乳母であり、屋敷の女中頭的な存在であるスチョンも女性ならではの細やかな心遣いを示してくれた。
 ゆえに、最近、ソンニョがうち沈んでいるのを見過ごしにできるものではなかった。ただ、ソンニョには彼女なりの事情があるだろう。無闇に自分が介入して良いものかどうか。
 急に髪の毛があり得ないほど強く引っ張られ、雪鈴は眉を寄せた。
 ソンニョが狼狽え、平謝りに謝る。
「も、申し訳ありません」
 気の弱い娘は、はやそれだけでもう涙目になっている。
「痛かったですよね。私ったら、本当、何をしているのかしら」
 雪鈴はできるだけ優しい声に聞こえるように祈りながら、話しかけた。
「今日はもう良いわ」
 ソンニョが気の毒なくらい慌てる。
「大丈夫です、今度こそ上手くやりますから」
 雪鈴が微笑む。
「髪を梳かすくらいは自分でできるから」
 ソンニョの丸い顔にあからさまな落胆が浮かんだ。
「本当に申し訳ありませんでした、お嬢さま(アツシー)」

「良いのよ。私なんて、いまだに旦那さまのお世話に慣れなくて、失敗ばかりだもの。誰にでもあることよ、気にしないで」
 そこで、漸く本題に入る。
「ソンニョ、少し話をしたいのだけど」
 ソンニョは細い眼をまたたかせ、不思議そうに雪鈴を見た。
「はい?」
 雪鈴は眼前の少女と真正面から向き合う。
「あなた、何か悩んでいるのではなくて?」
 ハッと、ソンニョが息を呑むのが傍目にも判った。善良で正直な彼女は、嘘がつけない質(たち)に相違ない。
 ソンニョはうつむき、そのままの体勢で小さく首を振った。
「いえ、特に何もありません」
 雪鈴は膝をわずかにいざり進め、ソンニョの手を両手で包み込んだ。親友のようだとはといえ、雪鈴とソンニョは主従の間柄である。いきなりの親密な仕草に、ソンニョが戸惑うのは当然といえた。
 雪鈴はソンニョの眼を見つめて言う。
「あなたは私がこのお屋敷に来たばかりの頃、本当に良くしてくれたわ。素性も打ち明けられず、悶々としていた私を何かにつけて励ましてくれたでしょう。いつか、その優しさに報いられたらとずっと考えていたの。もし、あなたに今、悩みがあるのなら、微力かもしれないけれど、できるだけ力になりたいの」
 ソンニョから、しばらく応えはなかった。やはり、口にしたい内容ではないのだろう。当人が話したくないことを無理に訊き出すのでは本末転倒だ。雪鈴は、この場はひとまず話を納めることにした。
 と、ソンニョが弾かれたように面を上げた。
「お嬢さま、どうか妹を、スングムをお救い下さい」
 ソンニョの眼には大粒の涙が浮かんでいた。雪鈴は固唾を呑み、ソンニョを見つめ返す。ややあって、優しく問うた。
「ソンニョには妹がいたのね」
 何か妹の身に甚大な危険が迫っているということかもしれない。雪鈴はソンニョが話しやすいように、聞く体勢を取った。
 それでもなおソンニョには躊躇いが見えたものの、少しく後、切迫した瞳を向け訴えた。
「スングムといいます。私より四つ年下なので、十四になります」