韓流時代小説 秘苑の蝶ー立ち会いで義姉が第一子出産。結婚8年目に恵まれた赤ちゃんに文陽君は涙する | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第一話 後編 韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。


  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 雪鈴は自らを鼓舞するかのように、もう一度、決意の言葉を繰り返した。
「全力を尽くします」
 次いで、キッとしてコンに言った。
「コンさまは、お湯を沸かして下さいませんか。赤ちゃんが生まれたときの産湯に使いますので」
 コンはしきりに周囲を見回し、古い大鍋を見つけ出すと、外の水瓶に水を汲みに走った。
 ほどなく彼が戻ってくる。
「流石に水瓶に水は無かった。雨も小雨になったようだから、河まで水を汲みにいってくる」
 このときだけ、雪鈴は不安げに見つめた。
「大丈夫ですか?」
 河といえば、雪鈴が飛び込んだあの谷川しかない。ここからでは距離があるだろう。
 いや、と、コンは首を振った。
「ここはまだ姫乃原からさほど離れてはいない。あそこまで戻れば、谷川に抜ける小道があるんだ。そこを使えば時間はかからずに戻ってこられる」
 今度は雪鈴が縋るような眼を向ける番だった。
「気をつけてください」
 コンの身にもし何かあれば、雪鈴はもう生きてはゆけない。いつしか彼の存在はそれほどまでに大きくなっていた。
 扉が軋みながら開く。コンが笑顔で言った。もう本来の彼らしい落ち着きを取り戻しているようだ。
「雪鈴を残して、俺は死なない。いつだって、俺が帰るのはそなたの側だ」
 言葉と共に扉はまたかすかな音を立てて閉まった。
 それでも、コンが帰ってくるまでには、四半刻余りはかかった。その間中、雪鈴は気が気では無かった。もしやコンが急な斜面から足を滑らせたとしたらー。大怪我をして帰ろうにも帰れなくなっているのでは。
 埒もないことばかり考えていた。その間にも、清明の陣痛は徐々に強くなっていった。雪鈴の診立ては正しかった。やはり、本格的なお産の始まりだったのだ。
 雪鈴はまめまめしく清明の腰をさすり、身体中に浮いた汗の雫を拭きながら、産みの痛みに喘ぐ彼女を優しく力強く励まし続けた。
 コンがやっと戻ってきた時、清明は急に強まった痛みに悲鳴を上げていた。
「う、ううっ」
 天秤桶に水を一杯にして戻ってきたコンは、飛ぶように妹の側に来た。
「清明、清明ッ。どうした、痛むのか」
 清明が半泣きでコンを見上げた。
「お兄さま、私、もう駄目」
 コンも泣きそうな表情で妹を見ている。
「馬鹿なことを言うものではない。子どもを一人産むくらいで死ぬものか」
 雪鈴が側から言い添えた。
「コンさまのおっしゃる通りですよ。昔、私が従姉の出産に立ち会った時、産婆がこんなことを教えてくれました」
ー女の身体というものは、奇跡を起こせる。誰に教えられずとも、赤ン坊は月満ちれば一人でに生まれてくるものだ。泣かんでも良い。じき、玉のような嬰児(ややこ)が生まれるからのう。
 ですからと、雪鈴は清明の額に滲んだ汗を甲斐甲斐しく布で拭いた。
「ですから、必ず無事にお産は終わります。今はお辛いでしょうけど、赤ちゃんも頑張っています。清明さまも耐えて下さい」
 コンは二人の側を離れ、汲んできた水を鉄鍋に入れて炉に掛けている。
 その傍らで雪鈴は裂いた敷き布の余りを更に何枚にも引き裂き、即席の手巾を拵えていた。いよいよ赤ン坊が生まれるときに備えてだ。
 それからの時間の流れは、実にゆっくりで、まどろっこしいほどだった。清明の陣痛は次第に間隔が狭まり、苦しみ様は尋常ではないーように少なくともコンには見えたようである。
 確かに男性にとって、出産の現場に遭遇するのは衝撃的に違いなかろう。殊に当時は出産は穢れを伴うものとされ、男は立ち会いはするべきものではないとされていた時代だ。
 清明が急に産気づかなければ、コンはそれこそ一生涯、出産に立ち会う機会などなかっただろう。
 清明のあまりの苦しみ様に、ついにはコンは妹から離れ、小屋の片隅で両耳を塞ぐ有り様だ。雪鈴はといえば清明の手を握り、懸命に励まし続けた。
「大丈夫ですよ。もう少しですからね」
 雪鈴だとて、出産の経験もなく、従姉の出産に立ち会ったのは九歳のとき一度きりだ。ほんの子どもで、記憶も朧でしかない。
 その実に覚束ない記憶を頼りに、手探りで出産の介助をするしかないのだ。
 確か、陣痛が規則正しくなって、間隔が短くなれば、いよいよ赤ちゃんが生まれるのだった。雪鈴は頼りない記憶を手繰り寄せながら、自分が次になすべきことを考える。
 遠い記憶の中から、産婆の声が蘇った。
ーいよいよ生まれるときが来たら、私はこうして赤ン坊を取り上げるんだよ。
 雪鈴は掛け衾をめくりあげ、清明のチマをも捲って両脚を開かせた。予め下着はすべて脱がせている。
ー怖い。
 正直、この瞬間は恐怖心しかなかった。自分の身体が小刻みに震えているのも判った。ともすれば、不安の渦に飲み込まれそうだ。女性として何の経験もない自分が産婆の代わりなんて、できるのだろうか。
 いや、できなくても、やらなければならない。全力で産みの苦しみと戦っている清明のために、生まれてこようとしている小さな生命のために、何より、清明をひたすら案じているコンのために。
 今、何刻であろうか。ぼんやりと考えたその時、清明が絶叫した。
「うぅーっ」
 雪鈴は我に返り、眼をこらす。赤ン坊の頭が覗いていた。コンが何事かと蒼褪めている。
 雪鈴は声を張り上げた。
「あと少しです、もう赤ちゃんの頭が見えています」
 そこから先はさほどの刻は要さなかった。例えるなら、するりという感じで赤児は胎外に出てきたところで、清明は赤児を何とか取り上げた。
 産婆がしていたのを思い出し、見よう見真似で赤児の処置をすると、力強い泣き声が山の夜の静寂に響き渡った。
 コンが叫んだ。
「やった、生まれた」
 清明が心身共に健やかで、初産にしては時間もかからず安産であったのが幸いしたのだ。もし、難産になっていれば、実のところ、雪鈴にはなすすべもなかった。自分にできたのは、ただ見守るくらいのものだ。
 雪鈴は生まれた赤児に産湯を使わせ、清明をくるんでいた敷き布を間に合わせのおくるみにした。掛け布に包んだ赤児を抱き、大仕事を終えたばかりの清明の横、布団に入れてやる。
 清明の髪は乱れ、美しい面は凄艶なまでにやつれている。しかし、母となったばかりの彼女の顔は安らぎ、神々しいほど綺麗だ。これが母となった女の顔なのだと、雪鈴は彼女を見ながら思った。
 母体も赤ン坊も、何の問題もなさそうだ。清明はまだ十ヶ月に入ったばかりだったから、早産であるのを心配していた。けれど、生まれた赤児は丸々と肥え、どこにも異常は感じられなかった。
 コンが飛んできて、清明の髪を撫でている。
「立派な男の子だ。お手柄だな、きっと金家の舅どのも、良人どのも歓ぶぞ」
 結婚八年目にして儲けた嫡子だ、金家の歓びもひとしおに相違なかった。