韓流時代小説 秘苑の蝶~コンの決意ー彼女を側妾にする気はない。きちんとプロポーズして妻に迎えたい | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第一話 後編 韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。


  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 彼がよく関係を持っていた妓生たちは、豊かな肢体を誇示するかのように胸乳を辛うじて隠れる程度にしか布を巻いていなかった。雪鈴は慎ましく胸の殆どを覆っているとはいえ、布は胸の膨らみを隠しているにすぎす、その外の部分ー綺麗な鎖骨や白い肌は露わだ。
 少し屈んだだけで、胸の谷間が見えるのは困った。この姿を見れば、雪鈴が着痩せて見えるのは明白だ。胸はかなり大きい方だろう。
 触れてみたら、どうだろうか。抗いがたい魅力的な誘惑がしきりに彼のなけなしの自制心を凌駕し唆す。
 さぞ、やわらかく触り心地が良いはずだ。
 などと、邪な眼で見てしまうのは男の性(さが)といえた。しかも、コンは雪鈴に恋情を抱いている。彼女を大切にしたい、守りたいと思う一方で、こんな扇情的で魅惑的な姿を見せられたら、つい手を伸ばして、ふくよかな胸に触れてみたい衝動に駆られるのは致し方なかった。
 けれども、今はふさわしい時機ではないことも彼は十分すぎるくらい理解していた。また、清明にも言ったように、彼は雪鈴を男の欲だけで弄ぶ対象にするつもりは欠片ほどもない。愛する女には礼を尽くし、手順を踏んで求愛すると決めていた。
 とはいえ、ここで雪鈴のこんな蠱惑的な姿を眼にできたのは正直、僥倖としか言いようがない。彼女に触れるつもりは毛頭ないけれど、彼もやはり男だ、多少の眼の保養をしたとしても許されるだろう。
 第一、狭い小屋内では炉の側に集まれば、嫌でも半裸に近い雪鈴と向かい合う羽目になる。
 一方、雪鈴はといえば、憎らしいほど平然としている。十歳も年上の彼をこんなに惑乱させておきながら、雪鈴はまるで世慣れた女でもあるかのようだ。
 一瞬、恥ずかしがり屋で清楚な外見は、故意に装っているものではないかと疑いたくなったほどである。
 どうも気になって仕方ない。向かいの雪鈴が身じろぎする度に、つい、ちら見えする胸の谷間を覗き込みたくなる。
 コンは意識して視線を魅惑的な膨らみから逸らし続けるも、どうにもやりきれず咳払いした。静かな室内にその音がやけに大きく響き渡り、自分で気恥ずかしくなった。
 その他は雨が藁葺き屋根を打つ音だけが聞こえる、二人だけの静かな空間だ。幸いにも、風はさほど強くならず、収まったらしい。
 いかほどの刻が流れたのか。また衣擦れの音が聞こえ、コンは現に引き戻された。見れば、雪鈴が炉の側で乾かしていた上衣を着ているところだった。
 これで当面、自制心と欲望を戦わせなくて済みそうだと思いながらも、心のどこかで雪鈴の魅惑的な姿を見られないかと思えば残念に思う自分がいる。まったく、我ながら罪深いものだと思わずにはいられない。
 また静かな時間が続いた。雪鈴は何を考えているのか、黙って燃え盛る火を見つめている。どうにも沈黙に耐えかね、コンは口を開いた。
「そのー何というか、今し方は眼のやり場に困ったよ」
 口を開いて飛び出したのは、自分でも信じられない馬鹿げた科白だった。
 おい、どうしたんだ、自分。惚れた女の半裸を見た衝撃が強すぎて、ついにイカレちまったのか?
 叶うものなら、あの科白を拾って飲み込んでしまいたいほどの羞恥に駆られる。
 雪鈴はしばらくコンを見つめていた。きょとんとした表情からは、本当にコンの言葉の意味を測りかねているようだ。ならば、ここで止めておけば良いのに、お喋りな口は止まらない。
「あまりに魅力的な姿だったから、俺には刺激が強すぎた」
 まるで性衝動を抑えられない春機発動期の少年のような陳腐な科白だ。
 流石に、雪鈴も彼の意図を察したらしい。サッと白い頬に朱を散らした。いつも通りの慎み深い彼女の反応だ。
 身も世もない風情とは、このようなことを言うのだろうと思うほど恥ずかしがっている。
「も、申し訳ありませんでした。私、咄嗟のことで、そこまで考えていませんでした。そうですよね、殿方の前でする格好ではありませんでしたよね」
 雪鈴は少し言葉を区切り、考え込んでいる。言葉を探しているようだ。
「言い訳になるかもしれませんが、あの時、そんなことを考えているゆとりはありませんでした。いつ雨が止んで、ここを出られるのか判らない以上、自分が倒れることはできません。清明さまのお世話をするためには、元気でいなければならないとの一心でした」
 コンはハッとし、次の瞬間、愚かな言葉を発したことを心から恥じ入った。
 雪鈴は服を脱いだ時、コンの存在ーというより、彼が男であるということなど考えてはいなかったのだ。彼女の言葉は道理だ。清明を守るためには、自分たちまでもが倒れるわけにはゆかない。
 雪鈴はひたすら清明の身の安全しか考えていなかったというのに、自分は醜い男の欲に囚われ、薄汚い嫌らしい眼で雪鈴の身体を眺めていたというわけだ。まったく穴があれば入りたい心境だった。
「済まない。心ないことを言ってしまった」
 妹のために懸命になっている雪鈴をかえって愚弄するような発言でもあった。
 雪鈴は微笑んだ。
「いいえ、私の方こそ、せめて一言お断りしてからにするべきでした」
 コンはこの時、愕かずにはいられなかった。雪鈴は彼の失言に気を悪くすることもなく、非があるのは自分だと認め謝罪さえしたのだ。彼女の心映えが優れているのは理解していたつもりだったけれど、自分が考える以上に、この少女は聡明なのかもしれない。
 状況が状況だけに手放しで歓べはしないが、雪鈴のような娘と出逢えたのは、広大な砂漠でひと粒の金の砂を見つけたのと等しく幸運なことであったのかもしれないと今更ながら思う。
 これ以上、この話題に拘るのは、かえって彼女に失礼だ。コンは思い至り、話題を変えた。
「それにしても、なかなか止みそうにないな」
 雪鈴もどこかホッとしたように話題に乗ってくる。やはり、先刻の話題は口にするべきではなかったと彼は冷や汗をかいた。
「通り雨だとばかり思ったのですけど」
 今、何刻だろうか。ここに来てから、時間の感覚が曖昧になりつつある。小屋には一つだけ両開きの窓がついている。障子窓を通して見る外はもう陽暮れ刻のように薄暗かった。
 雪鈴が障子窓に視線を向けた。
「お弁当を頂いた後も随分とのんびりしてしまいましたから、そろそろ黄昏刻かもしれません」
 コンも雨の音に耳を傾けつつ、頷いた。
「昼を食べたら、すぐに山を降りるべきであったな」
 言い終わるか終えない時、眠っていた清明が呻いた。
「ー痛い」
 雪鈴の顔色が傍目にも判るほど変わった。彼女は取るものも取り敢えず清明の側に駆け寄った。
「清明さま、どうされましたか?」
 清明がうっすらと眼を開いている。コンは妹が意識を取り戻したことに半ば安堵しながら、妹の側にいった。