韓流時代小説 秘苑の蝶〜接近ーそなたの花嫁姿は美しかろう。雪鈴を妻にできる男は朝鮮一の幸せ者だな | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 

 

第一話 後編 韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

image
嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。


  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛
****************************************

「とても良いーでも哀しいお話ですね」
 清明もどこか憂い顔で相槌を打った。
「そうね、本当に今、私たちの眼の前に咲く花のように、可愛らしくて綺麗だけど、残酷な物語だと思う」
 雪鈴は、ずっと気になっていたことを口にした。
「話に登場する天女は、異様人だったのでしょうか」
 少し考え込み、清明が軽く頷いた。
「そうね、湖が一夜にして消えたというのは信じがたいけれど、似たような話が遠い昔、現実にここで起こったのだとしたら、彼女は朝鮮人ではなかったのかもしれない」
 黄金の髪、碧眼となれば、西域出身の女性だったとも考えられる。何らかの事情で異国から来た美しい娘に朝鮮の若者がこの地で恋に落ちた。清明が言うように一夜で巨大な湖が消えたというのはあり得ないが、まだ国号を朝鮮と名乗るよりはるか昔なら、ここに湖が存在したとしても不思議はないのだ。
 悠久の刻の流れの中で、地形は徐々に形を変えることもある。いずれにせよ、はるか昔の美しくも儚く哀しい恋物語だ。
 そこで、清明が小さな欠伸をした。
「お兄さまではないけれど、私もお腹が一杯になったら、眠たくなってしまったわ。少し失礼して眠らせて頂ける?」
 雪鈴は慌てて言った。
「もちろんです、長話でお疲れでしょう。ごめんなさい、気がつかずに、お話をせがんでしまいました」
 清明はやはりコンに似ていた。とても話術が巧みで、殊に〝姫乃原〟伝説は、引き込まれて聞き入ってしまった。身重の彼女に無理をさせてしまったのではないかと不安だ。
 幸いにも敷物はもう一枚準備してきている。スチョンのことだから、その点はぬかりない。
 横たわった清明の上から敷物をかけると、清明が薄く笑んだ。
「ありがとう」
 コンもまだよく眠っているので、雪鈴としては手持ち無沙汰だ。思いつき、足下の姫貝細工を摘んで花冠を作ってみることにした。
 本来であれば大地に根付く生き物を摘み取るのは余計な殺生だけれど、花冠を作れるだけ頂こうと思う。花冠にするには十分なだけの花を摘み、ひろがったチマの上に花を載せて慎重な手つきで花冠を作ってゆく。
 カサカサした花びらの手触りが少しくすぐったいようだ。何とか完成した花冠は、一応それらしく出来上がった。よくよく見れば雑な作りだが、ちょっと見にはまずまずだろう。
 自慢にもならないけれど、雪鈴はあまり器用な質ではなかった。それだけに、コンや清明のように、画を良くする人を見ると心底尊敬したくなる。
 急ごしらえの花冠を頭に乗せてみる。と、視線を感じ、つられるように見やれば、上半身を起こしたコンと眼が合った。
「ーっ」
 雪鈴は狼狽え、頭から花冠をはずそうとする。しかし、次の瞬間、素早く動いたコンに手を取られていた。
「外すな」
 雪鈴は茫然とコンを見上げた。
「綺麗だから、そのままで」
 コンの声が心なしか少し、いつもと違う。掠れているようだ。
 彼は熱を宿した瞳で雪鈴を見つめている。
「そうやっていると、まるで、これから祝言を挙げる花嫁のようだ」
 頬が熱い。彼の瞳に点った熱が、雪鈴の身体にも火を付けたような気さえする。
 コンがそっと手を伸ばし、雪鈴の髪を撫でる。ここまではいつものことだ。しかし、今日は違った。男性にしては長く綺麗な指が髪から頬へとすべり落ち、ツウーっと肌を辿り唇で止まった。
「そなたが花嫁衣装を纏えば、どれだけ美しかろう、それを眼にすることのできる男は朝鮮一の果報者だろうな」
 コンの指先は長らく雪鈴の唇にとどまっていた。今や頬だけでなく、貌が熱い。彼の手の温もりを感じる唇は燃え盛るようだ。
 唇に置かれた指先が離れ、淋しいと感じる暇もなかった。一旦は離れた手は彼女の後頭部に置かれ、端正な彼の顔が近づいてくる。
 そういえばと、似たような場面がかつてあったのを今更ながらに思い出した。
 まだ桜が見頃の時期、コンの屋敷の庭での出来事だ。あのときもコンが接吻するのではないかと思っていたら、スチョンが来た。
 結局、彼がどうするつもりだったのかは今もって知れない。もし、口づけされるのだと予想していたのが雪鈴の思い込みなら、恥ずかしい限りだ。いや、恥ずかしいを通り越して、浅ましいとさ言える。
 今の自分と彼を取り巻く雰囲気は異様に熱を帯びて、あのときと似ている。やはり、今回も眼を閉じた方が良いのだろうか。
 いや、今回だって、コンがそのつもりかどうかは怪しいものだ。あのときも彼が本気で口づけするつもりだったのかどうかは判らないのに。
 雪鈴がああでもない、こうでもないとぐるぐる思い惑っていると、コンの深みのある声が先刻より更に間近で聞こえ、雪鈴は飛び上がらんばかりに愕いた。
「何を愕いている。このようなときは、眼を閉じるものだ」
 囁かれ、慌てて眼をギュっと瞑った。
 やはり、コンはこれから口づけしようとしているのだ。確信したことで、胸が早鐘のように打ち出し、貌どころか身体まで火照りを帯びてくる始末だ。
 コンがなおいっそう貌を近づけ、二人の口唇が殆ど触れそうになったのと、清明の笑いを含んだ声が響いたのはほぼ同時だ。
「そんなに熱烈に見つめ合っていたら、お兄さまも雪鈴も貌が焦げてしまうでしょうに」
 見れば、清明が草原に座り込み、意味深な笑みを浮かべている。
「お邪魔をして申し訳ないけれど、実は私、すぐに眼が覚めてしまったの。だから、二人が何をしていたのかも全部判っていたのよね。ここは見て見ないふりをするべきかとも思ったわ。でも、イチャイチャする二人の側で眠ったふりをするのも大変だし」
 雪鈴が真っ赤になった。
「イチャイチャなんて」
 清明が声を上げて笑った。
「何を今更、照れているの。あれだけ熱く見つめ合っておいて。火でも付きそうだったわよ、ね、お兄さま」
 話を振られ、コンまで耳朶を染めている。
「お前、良い加減にしろ」
 清明は意地悪そうに笑った。
「あら、妹の前でいちゃつくお兄さまが悪いのよ。そういうことは、誰も居ない場所でやるものでしょ」
 彼女は手厳しく言い、手のひらで貌を大仰に仰いだ。
「それにしても、急に熱くなってしまった。お兄さまと雪鈴を見ていたら、私も旦那さまが恋しくなるわ」
 雪鈴はもうその場にいられず、頬を赤くしまま早口でましくしたてた。
「そろそろ陽も傾きかけてきましたし、戻った方が良さそうですね。私、重箱とかを片付けて荷造りします」
 脱兎のごとくその場から離れ、一人で黙々と荷造りを始めた。
 遠目に雪鈴を眺めながら、清明がコンに耳打ちした。
「さっさと迎えたら?」
 コンが憮然と応える。
「何の話だ」
「そんなに好きなら、さっさと側室に迎えれば良いでしょう」