韓流時代小説 秘苑の蝶~優しい義姉ー雪鈴の心は、あなただけのもの、お兄様でも支配はできないわ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第一話 後編 韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】


嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。


  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

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 雪鈴は真顔で言った。
「私のことなら、気になさらないで下さい。私は清明さまとこうして過ごさせて頂く時間がとても愉しいのです。畏れ多いですが、姉ができたようで」
 王族を姉呼ばわりするとは失礼にも当たる発言だけれど、清明はこんなことで怒るような人ではない。
 清明の臈長けた面が一瞬、引き締まった。表情とは裏腹に、彼女は穏やかな声音で続けた。
「私もあなたが本当の妹になって下さればと願っているわ」
 はて、何と返すべきか。雪鈴が困っていると、清明がつと白い手を伸ばし、雪鈴の手を取った。
「あなたさえ、その気があれば、兄の側にずっと居て欲しいわ」
 雪鈴は戸惑い、眼の前の美しい年上の女人を見つめた。
 清明の貌は、やわらかな笑みを刷いている。
「はっきりと言うわね。素性の知れないあなたを正式な室として迎えるのは、兄の立場上、無理だと思うの。だから、側室として兄の側にずっと居てくれたらと心から願っている」
 雪鈴は、またしても言葉を失った。
 清明が申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね。失礼なことを申し上げた自覚はあるの。でも、兄の気持ちもーそれから、あなたの気持ちも、私の思い違いでなければ、二人はそうなるのが一番自然だし、良いことのように思えて」
 言葉もない雪鈴に、清明は続けた。
「兄には話せないことも、女同士ならば話せるかもしれない。雪鈴、あなたを見つけたときの経緯も含めて兄が話していたけれど、私もあなたには品があるし、あなたは良家のーしかも両班家の令嬢だと思う。もし、あなたの身許が知れれば、側室ではなく正室として嫁ぐことができるわ。どうかしら、私に何もかも打ち明けては貰えない?」
 雪鈴は一旦うつむき、グッと嗚咽を堪えた。
「申し訳ーありません。事情は話せないのです」
 何故なら、すべてを話したときは、コンのー大好きな男の側から去らなければならない日でもあるからだ。
「コンさまにも清明さまにも、こんなに良くして頂きながら、何も明かせないことは本当に心苦しくー」
 皆まで言い切れず、堪え切れなかった涙がひと粒、ポトリと床に落ちた。
 清明の声音は、どこまでも優しかった。
「良いの、私の方こそ、ごめんなさいね。あなたを追い詰める気も責めるつもりもなかったのよ。ただ、兄もあなたも同じ気持ちのようなのは私にも丸分かりだから、できれば二人が幸せになってくれたらと思ったの」
 清明の手が宥めるように、雪鈴の手を包み込み撫でた。
「あなたを泣かせたと知れば、兄に殺されそうよ」
 戯れ言めかして言い、明るく笑った。
「お兄さまが若い女人を側に置いたのは初めてよ、よほどお気に入りなのね」
 茶目っ気たっぷりの表情は実年齢より数歳は若く見える。同性の雪鈴から見ても、実に魅力的な女性だ。
 〝側に置く〟の言葉は、こと男女の関係に関する限り、いかにも意味深である。雪鈴が思わず頬に朱を散らすのを、清明は微笑ましげに眺めた。
「こんな話をするべきではないと思うけれど、雪鈴は兄がこれまで付き合った女人のタイプとは全然違うわ」
 コンの女関係ー。これまで敢えて考えてこなかった話題に、雪鈴はまたしても言葉がない。二十六歳という年齢、更に男ぶりも地位も兼ね備えたコンを好きにならない娘など、いはしないだろう。
 しかも、彼は話し上手、聞き上手であり、教養も深い。あらゆることに精通しており、凜々しく美しい外見に劣らず内面も魅力的だ。加えて王族という高貴な立場であれば、相手には事欠かなかったろう。
 ーそれは十分に予想していた。でも、いざ彼の妹君からこうして大好きな男の女性関係を聞かされるのは、正直なところ、耳を塞いでしまいたい心境だ。
 コンが自分ではない他の女性に優しく微笑みかけるのも、桜の樹の下で雪鈴にしようとしたことー接吻をするのも、想像しただけでザラザラとした嫌な気持ちになってしまう。
 雪鈴は、またしてもうつむいた。
「そんな、お気に入りだなんてことはありません」
 そう返すのが精一杯だ。
 それについて、清明はもう何も言わなかた。
「私がこんな話をしたのは、兄には内緒にしてね」
 清明は、今度は両手で雪鈴の手を包み込んだ。
「お兄さまをこれからもよろしくね」
 コンの優しい妹君は、これより先、もう何も踏み込んで問いただすことはなかった。〝兄をよろしく〟との清明のひと言に特別な重みを感じたのは、雪鈴の考え過ぎだったかもしれない。

 更にひと月近くが経過したある日のことである。暦は五月に入り、清明は順調な経過を辿り、まもなく産み月を控えていた。いつものように雪鈴が朝食を運んでゆくと、清明の室には先客がいた。コンである。
 入室すると、コンはチラリと見ただけで特に何も反応しない。雪鈴は小卓を枕許に置くと、掛け布を外し、松の実粥を差し出した。
「塩味を少し強くした方が食欲が進むと思うので、味を濃いめにしてみました」
 そこで初めてコンが口を開いた。
「何だ、雪鈴はそんなことまでしているのか?」
 何の話をしていたのか、元々仏頂面だった彼はますます不機嫌になった。
「何故、雪鈴に下女のようなことまでさせる。化粧や髪結いはともかく、食事作りまでさせるとは。この者はそなたの下女ではないぞ」
 清明に対して怒り出したので、雪鈴は慌てた。
「待って下さい。私は別に清明さまに命じられたわけではありません。私が作りたいから、作らせて頂いているだけです」
 清明は兄の言葉に素直に頷いた。
「そうね、お兄さまのおっしゃる通りだわ。雪鈴が優しいのに甘え過ぎているわね、私」
 コンが憮然として言う。
「判ったなら良い。雪鈴、明日からは厨房で食事の支度などするな」
 大抵のことならコンの言葉に逆らったりはしない。だが、このときばかりは雪鈴は言った。
「お言葉を返すようですが、コンさま。私は自分自身で考えて行動し、清明さまのためにお食事を作っているのです。たとえ、この屋敷の主でいらっしゃるコンさまといえども、私の心まで支配なさることはできません。どれだけご身分が高い方であろうと、人の心まで動かすことはできないのです」
 刹那、コンが息を呑んだ。傍らの清明も眼を丸くしている。
 我に返り、雪鈴は蒼白になった。
「申し訳ありません! 私ったら、ご無礼なことを申し上げてしまいました」
 王族相手に、何という発言をしてしまったのだろう。
 と、ふいに明るい笑い声が救いがたい沈黙に弾けた。清明が声を上げて笑っている。
「お兄さま、これは雪鈴に一本取られたわね」
 更に青褪めている雪鈴に、優しく言った。
「雪鈴、あなたの言うことは何も間違っていない。謝ることなんてないのよ。あなたの心は本来あなただけのものであって、兄だって、あなたを支配はできないもの」