韓流時代小説 秘苑の蝶ー龍は花と戯れるー運命が交差する瞬間、俺たちの人生も動く。彼女は何者なのか | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 後宮に蝶は舞いて~Everlasting love~【朝鮮烈女伝異聞】

嫁いで四日目に夫を失った少女孫雪鈴(ソン・ソリョン)。夫の死の悲しみも冷めやらぬある日、舅と姑から夫に殉死するように迫られー。

朝鮮王朝時代、夫に先立たれた未亡人は、しばしば婚家から不当に自害を強いられることがあった。いわゆる「烈女」制度が引き起こす悲劇だ。寡婦となった妻は亡き夫に操を立て見事に生命を絶つことが何よりの名誉とされる思想があり、婚家の義両親は、その栄誉を受けたいがために嫁に死を迫ったのだ。

朝鮮王朝中興の祖と民から愛された王、直祖と王を支え続けた賢后・孝慧王后の出逢いから、数々の苦難を経て成婚に至るまでを描く。

  ローダンセ 花言葉ー変わらぬ愛

*****

 嘘を言っているようには見えなかった。
 彼はまた溜息をつく。
 あんなに可愛い娘に死ねば良いと思う両親がこの世に存在するか?
 彼には信じられないし、信じたくない話だ。むしろ、彼女がまったくのデタラメを言っているのだと思う方が気が楽だ。
 両親にも知らせたくないのだとすれば、親の反対を押し切って駆け落ちでもしたか。男が世間知らずのお嬢さまが足手まといになり、捨てたのか?
 謎の多すぎる娘だ。文陽君が柄にもなく深刻に考え込んでいると、朗らかな声がした。
「坊ちゃまが真面目に考え込んでいらっしゃるなんて、世にも珍しいことがあるものですね。こりゃ紅い雪が降りますよ」
 文陽君はまるで悪戯盛りの少年のように頬を膨らませた。
「おい、その言いぐさはないだろう。それから、その坊ちゃまという呼び方は止めろと何度も言っている」
 スチョンは五十手前の気の良い女だ。彼の乳母である。身分は主人と使用人だが、彼は実の母以上に大切に思っている存在だ。
 ただ、気が強く、口が悪いのが玉に瑕ではあるが。
 文陽君、名は李虔(イ・コン)という。三年前までは他の大勢の王族同様、彼もまた都暮らしであった。しかし都にいると、どうにも気詰まりで窮屈で仕方ない。あっさりと都の屋敷も生活も捨てて、北方の田舎へと引っ込んだ。
 まあ、元々、屋敷というほどの棲まいでもない、うらぶれた建物ではあったけれども。彼の父親さえ、現国王とは薄い血の繋がりしかないのだ。まして、その息子、しかも庶子となれば王族と名乗るさえ、おこがましいほどだ。
 もとより、都に彼を足止めするものは何らなかった。父が迎えた後妻が何かと母親面をして彼の世話を焼きたがるのも厄介だった。
 継母は三日に一度立派な女輿に乗って訪ねてきて、その度に山ほどの令嬢の身上書を置いていった。その中には継母の姪だとか従兄弟の娘だとかも多く、いちいち断るのも気を遣わねばならない。
 彼が早々に都から逃げ出したのも、継母の干渉から逃げ出したいというのも大いにあっただろう。
 自分より一回り若い国王に呼び出されては、嬉々としてすっ飛んで王宮にゆく父の姿も見たくなかった。今の王は所詮、甘やかされて育った我が儘な男にすぎない。民が血の汗を流して働き通しに働いても、いっかな暮らしが楽にならないのは、無能な王とその取り巻きの外戚連中が私利私欲を貪っているからだ。
 彼は一切合切煩わしくて、北の町へと移り住んだのだ。
ー何も好んで極寒の地へゆく必要はなかろう。
 彼と同じく妓房で浮き名を流していた友人たちは皆、口を揃えて言った。
ーそなたは噂通り、つくづく変わり者だな。
 長年の友人でさえ呆れ顔で言った。
 ある者は真顔で囁いたものだ。
ー都からはるかに離れた辺鄙な田舎には、正視に耐えない醜女しかおらぬというぞ。女っ気なしで一晩も過ごせないようなお前が果たして何日我慢できるか?
 別の者は
ー大方、ひと月も持たないだろう。
 更に別の者は
ーいや、俺はひと月どころか、三日後には尻尾を巻いて都に逃げ帰ってくると思うね。
 誰かが声を上げたのではなかったか。
ーよし、それでは賭けをしよう。ちなみに、俺は三日で逃げ帰ってくる方に賭ける。
ーじゃあ、私はひと月に賭けよう。
 彼が都落ちをすると打ち明けた日、悪友数人でいつものように登楼した妓房での一幕である。
 悪友どもは、まったく好き放題のことを言いながら、楽しげに〝三日だ〟、〝いやひと月だ〟と言い合って小銭を賭けていた。
 彼がそんな悪友たちを横目に見て、一人で盃を傾けていたところ、妓生の一人が静々と横に来て座った。サウォルといって、彼らが登楼した時、よく相手をしてくれる妓生だ。彼も一、二度は彼女と寝たことがある。しかしあくまでも身体だけの関係と割り切っているから、余計な情は一切無い。
ー真に地方にゆかれるのですか、文陽君さま。
 サウォルは彼が手にした銚子を奪い、空になった盃を満たしながら訊いてきた。
ーああ。都は何かと騒がしすぎる。
 妓生が真顔で言った。
ーキム家の若さまがおっしゃっていましたよ。北の田舎町には醜女が多いって。
 彼は小さく笑い、盃を一挙に煽った。
ー果たして、そうかな? 俺は北方には極上の美女が多いと聞いたがな。実のところ、サウォル、俺が北へいこうと決めたのも、それなんだ。
 サウォルが大きな眼を瞠った。
ー本当に美人が多いのですか?
ーそなたよりも器量良しが多いかもしれないぞ?
ーまあ、憎らしいことを仰せなのですね。
 サウォルに膝を思い切りつねられ、彼は思わず呻いた。
ーそれよりも、今夜はあたしを指名して下さいませんか? 
 妓生の艶やかな面にあからさまに媚(こび)が浮かび上がる。
 彼は笑いながら立ち上がった。
ー悪いが、野暮用を思い出した。皆、俺は先に失礼する。
 悪友が言った。
ーお前の送別会だっていうのに、もう帰るのか。
ーつまらんヤツだな。
 口々に言われても頓着せず、彼は悪友たちに背を向け持ち上げた片手をひらひらと振った。 
ー北方には極上の美女が多いという。せいぜい田舎暮らしを楽しむとするさ。縁があればまた逢おう、達者でな、友よ。
 彼が帰った後、悪友たちが口を揃えたのは言うまでもない。
ーつくづく偏屈な男だな。
ーいやいや、ああいうのを本当の風流人と呼ぶんだよ。
ー何が風流人なものか、あれは単なる好き者だよ。
 もとより、北に美人が多いーというのは、まったくの出任せだった。都から逃げ出す口実にすぎなかった。もっとも、見かけほどの遊び人ではないにせよ、彼も若い男だから、ほんの少しは期待もしていた。
 ところが、である。友人たちの期待に背いて申し訳ないが、文陽君は三日どころか、ひと月が経っても、都に戻ることはなかった。そうして月日は経ち、友人たちが彼を忘れ去っても、彼は北の田舎町の暮らしをそれなりに楽しんで今に至る。
 セサリ町に来てからの彼は、憑きものが落ちたように落ち着いた暮らしをしていた。やはり、都で放蕩三昧に耽ったのも、自分なりに鬱屈したものがあったのだと都から離れて初めて悟った。
 女性が好きというのは自他共に認めるところであったのだが、どうやら、そうでもないらしいと新たな自分を発見したような新鮮な心もちであり、悪くない気分だ。
ー北方には美女が多い。
 という逃げ口上は、やはり、はったりでしかなかった。と、これは少々落胆していた。
 だが、田舎暮らしは女遊びに耽るよりはるかに面白い。まず空気は新鮮だし、静かだ。