韓流時代小説 花の褥に眠る~王を導く娘~
(第二話)
本作は、「復讐から始まる恋は哀しく」の姉妹編。
前作で淑媛ユン氏を一途に慕った幼い王子燕海君が見目麗しい美青年に成長して再登場します。
今回は、この燕海君が主人公です。
廃妃ユン氏の悲劇から14年後、新たな復讐劇の幕が上がるー。
哀しみの王宮に、再び血の嵐が吹き荒れるのか?
登場人物 崔明華(恒娥)チェ・ミョンファ。またの名をハンア。町の観相師、15歳。あらゆる相談に乗る
が恋愛相談だけは大の苦手なので、断っている。理由は、まだ自分自身が恋をしたことも
なく、奥手だから。
燕海君 21歳の国王。後宮女官たちの憧れの的だが、既に16人もの妃がいる。
前王成祖の甥(異母妹の息子)。廃妃ユン氏(ユン・ソファ)を幼時から一途に慕い、大王大
妃(前作では大妃)を憎んでいる。臣下たちからは「女好きの馬鹿王」とひそかに呼ばれる。
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☆本作には観相が登場しますが、すべてはフィクションであり、観相学とは関係のないものです。本当の観相学とはすべて無関係ですので、ご理解お願いします。
話が終わったときには、折角のご馳走もすっかり冷めていた。二人は黙ってひたすら食べ続けたけれど、ご馳走の味があまり感じられなかったのはけして冷めていたからだけではあるまい。
双子の姉妹ながら、姉は妹を殺人のアリバイ工作に利用し、結局、殺されるはずだった妹は姉を逆に殺した。痛ましいとも、陰惨だともいえる事件だ。
食事を終え、席を立った時、女将が空の器を下げにきた。ヨンが袖から財布代わりのチュモニを出して代金を支払う間、女将が二人を交互に見て言う。
「旦那さま、お似合いですね。若い方々が羨ましいですよ」
無愛想な女将には珍しい軽口に、明華は内心愕かずにはいられない。やはり、ヨンの美形ぶりに、この女将も心動かされたのだろうか。
この食堂には二、三度来たことはあるものの、両班のお嬢さまが着るような晴れ着を着ていれば、襤褸を纏った貧相な小娘だとは思うまい。女将が明華の顔を憶えているとは思えなかった。
人の顔とは、その程度のものだ。明華のように他人の顔を観るのを生業としているならともかく、普通は一、二度出会った人の顔など、いちいち細かく見ないし記憶しない。
今回の事件は、まさにそこを上手く利用しているともいえた。よく似た双子であったとしても、よくよく見れば造作に差異はある。例えば、眉の下がり方、口角の上がり具合、耳が左右対称であるかないか、などなど、細かく見てゆけば必ず違いはある。
だが、常識的に考えて、人はそんな細部のパーツの違いまで注意を向けず、顔全体を見て〝同じ〟だと判断する。姉は卓越した化粧術で文善君を籠絡し、まんまと玉の輿に乗った。双子の妹とは似ても似つかない顔を作り上げ、文字通り〝別人〟として生きてゆこうとしたのだ。
妹は妹で、そっくりな顔を持つ姉に利用され捨て駒になるところを逆に姉を殺し、入れ替わった。今度は妹が姉を踏み台にしたのだ。
今日、明華が見た美しき花嫁は、紛うことなく妹の方であり、月岑楼で亡くなったことになっている張月であった。
張月は半年前、姉の代わりとして後宮に潜入した際に姉から顔を変える化粧術を学んだはずだ。妓生であれば、化粧はお手の物だ。整形並みに顔を変える化粧だとて、難なくできたとしても不思議ではない。
そうやって見事に姉に成り代わり、王族の奥方に収まったのだ。
張月は今、我が計画はすべてが上手くいったとほくそ笑んでいることだろう。けれど、そうは問屋が卸さない。
姉と妹、今回の事件についてはどちらもどちらだ。しかし最終的に張月が殺人を犯したとなれば、このまま見過ごしにはできない。
ヨンの言う通り、無念の死を遂げた文善君の前夫人のためにも、真実を白日の下にさらさなければならなかった。
ヨンは明華を家まで送り届けてくれた。明華の棲まいは似たような粗末な仕舞屋(しもたや)が並ぶ一角である。
家の前には、小柄な女がいた。三十ほどの女は確かに見憶えがあった。それもそのはずで、今日、観相を頼みにきた客の一人だ。
女は相変わらず背中に赤ン坊を括りつけている。彼女は明華を認めると、小走りに近寄った。片手に大きめの籠を抱えている。
「先生。先ほどはありがとうございました」
いきなり先生呼ばわりされ、明華は驚愕する。
「おかげさまで、この子、観相師さまに観て頂いてからは、ずっと良い子で眠ってくれて。一度眼を覚ました時、乳を含ませたらまたすぐに眠ってくれました。私も久しぶりにぐっすり昼寝して、合間に内職もできました」
女は嬉しげに丸い顔をほころばせ、抱えた籠を差し出した。
「観相師さまはお代は要らないと言われましたけど、そいうわけにはゆきません。せめて受け取って下さい」
籠を覗くと、よく肥えたジャガイモがたくさん詰まっている。
「亭主が商っている売り物なんです。今日は早く帰ってきたので、観相師さまのことを話したら、亭主が是非持っていけと」
明華の胸に熱いものがこみ上げた。
「ありがとうございます。遠慮なく頂きますね」
明華が籠を受け取ると、女は更に笑みを深めた。と、賑やかな声に赤児が目覚めたのか、ふぇと泣き声が上がる。
「まあ、ごめんなさい。坊やが眼が覚めてしまったみたい」
女が背中から赤児を降ろし、腕に抱いて優しくゆすった。明華はつられるように赤児を覗き込む。薄汚れてはいるものの、目鼻立ちの整った子だ。観相したときも感じたが、多少癇は強いところはあっても、聡明で出世する相である。
女が笑いながら言った。
「先生、抱いてみますか?」
「え! 私がですか」
戸惑う明華の腕に、赤児が手渡される。ぱっちりと開いた黒目も利発そうだ。明華が微笑みかけると、赤児がキャッキャとはしゃいだ。
「あらまあ、綺麗なお姉さんが好きだなんて、この子もちっこくても男だねぇ」
女の言葉がヨンと明華の笑いを誘う。
その日暮らしの民は互いに助け合って生きる。明華も物心ついたときから、近所の赤ン坊の子守を何度もした。赤児の子守なら慣れているけれど、こうして改めて抱いてみると、赤児とは可愛いものだ。
赤児を母親の手に返し、女は何度も礼を言って帰ってゆく。
赤児を抱いた女が帰ってゆくのを見ながら、ヨンが言った。
「そなたは随分と慕われているようだな、観相師どの。いや、これからは先生と呼ばねばならないかな」
明華は上目遣いに彼を見た。
「止めて下さい。先生なんて殿下に呼ばれたら、それこそ背中がむずがゆくなりそうです」
いつか〝殿下〟と明華が呼んだら、ヨンがそう言ったことがある。ちょっとしたお返しだ。
ヨンがむくれた。
「執念深い女だな。まだ根に持っているのか」
「記憶力を鍛えるのも、観相師の修業の一つです」
明華が澄まし顔で言う。