韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~妻以外に守りたい女を持つのは裏切りなのか?王の苦悩 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 セリョンの視線を真正面から受け止めかね、ムミョンは視線を逸らした。セリョンの美しい面に落胆の表情が走る。その様を彼は胸が潰れるような想いで見つめるしかない。
 黄尚宮の言葉はすべて事実だ。そう、確かに昨夜、自分はセリョンを訪ねた。そして、夜更けの中宮殿にまだ灯りが点っているのを見て、意気地なく引き返した。
 がっかりしたセリョンの側に駆け寄って、抱きしめてやりたかった。こんなときなのに、彼はセリョンをこの世の誰よりも美しいと思わずにはいられない。王妃の正装を纏った姿は、皆が言うようにまさに〝生まれながらの王妃〟にふさわしい優雅さと威厳に満ちていた。
 王妃になってからも、セリョンはいつも豪奢な装飾品は身につけなかった。髪には月長石(ムーンストーン)の簪とチョゴリにはやはり月長石のノリゲだけだ。どちらもムミョンがまだ結婚前、セリョンに贈ったものだ。水仙の花を象った意匠で、花びらに月長石が填っている。
 セリョンは今も変わらず、ずっと大切にしていた。
 ああ、俺のセリョン。俺が未来永劫愛するのはセリョンだけだ。改めて思う。けれど、彼はセリョンとの約束を守れなかった。今、彼にはセリョンの他に、華嬪という守るべき存在がいる。たとえ男女の仲にはならずとも、彼は華嬪に対してもまた一生涯男として責任を持つつもりでいた。
 そんな状態でセリョンに一体、何をどう言えば良い? 激情に任せてセリョンを押し倒してからずっと今日まで、彼は心の中で葛藤を繰り返していた。セリョンとは別の意味で華嬪をも守ってゆくと決めたとしても、彼のセリョンへの想いは変わらない。
 ならば自分の気持ちをありのまま正直に伝え、セリョンとこれからについて話す必要はあるだろう。
 今、自分たちの間にわだかまりがあるのは否定しようもない。恐らく結婚最初にして最大の夫婦の危機といえるだろう。小さなもつれも放っておけば、固い結び目となる。そうなってからでは遅い。まだ解きほぐす手立てがある中に、二人の間にできたもつれを解くのだ。
 ひと月以上も前、自分がセリョンにした仕打ちを思えば、なかなか顔を合わせられるものではなかった。が、ここで勇気を出さねばこの先、一生後悔することになると中宮殿を訪ねたのだ。
 今宵こそセリョンと話し合い、関係を修復しようとなけなしの勇気を振り絞った。けれど、結局、情けない自分はセリョンのいる殿舎の真ん前まで来ながら、最後の一歩が踏み出せなかった。
 国王の姿を認めた中宮殿前の女官が慌てて王のおとないを告げようとした刹那、ムミョンは眼顔で女官を制した。
―帰る。
 踵を返し早足で去る王に、大殿内官が気遣わしげに問うた。
―中殿さまにお逢いにならなくて、よろしいのでございますか?
 この男は四十ほど、英宗が東宮時代から側近として仕えており、気心は知れている。弟を気遣うような内官の口ぶりに、ムミョンは力なく笑った。
―どうも俺は最低の男のようだ。今更、どんな顔をして妻に会えば良いのか判らない。
 内官は何か言いたげに口を動かしたが、賢明にも差し出たことは何も言わなかった。
 ムミョンがセリョンに逢いに大殿を出た直後、華嬪が二人の尚宮と数人の女官を連れて王を訪ねた。先触れも出さずの急な訪問ではあったが、夜も遅く、王が不在と華嬪が考えなかったのも当然だ。
 ぼんやりと昨夜の一部始終を思い出すムミョンの耳を、黄尚宮の声が打った。
「中で殿下をお待ち下さいと華嬪さまに何度も申し上げたのですが、殿下のお留守に勝手に上がり込むことはできないとおっしゃって」
 七月上旬の暑さは半端ではない。昼間もうだるような暑さだが、夜になっても気温は下がらず、生温い風が吹く有り様だ。戸外でムミョンを待ち続けた華嬪が暑気当たりになったのは想像に難くない。
 黄尚宮によれば、華嬪は王を待ち続けること半刻余り、王がなかなか戻らないので漸く黄尚宮の勧めに従って殿舎に戻ったとのことだった。華嬪は大殿の内官に
―私が参上したことは殿下には絶対に申し上げてはならぬ。
 と、戒めて帰ったそうだ。
 ムミョンは頭を抱えた。昨夜はセリョンを訪ねたのに結局逢う勇気がなく、不甲斐ない自分が嫌になった。そのまま大殿に戻るのも気が重く、庭園に足を向けた。セリョンがよく来るという四阿で妻が愛でる蓮の花を見てから大殿に戻ったのだ。
 夜半のこととて、蓮花はすべて蕾を閉じていたけれど、月明かりに照らされた花たちは銀色に輝いており、彼の重い気持ちを少しは慰めてくれた。何より想い人がこよなく愛するという花たちを見ることで、妻を身近に感じられたのだ。
 まったく、どこまで未練で甲斐性なしの男なのか。逢いにいったはずの女には逢うこともできず、おめおめと逃げ帰って妻の好きな花を見て心を慰めているとは。
 庭園になど立ち寄るのではなかった。中宮殿から真っすぐ大殿に戻っていれば、華嬪をあの暑熱の中、不必要に待たせずに済んだのだ。ああ、自分はどれだけ愚かな男なのだろう!
―そろそろ戻ろう。
 漸く諦めて大殿を後にしようとした時、華嬪は立ちくらみでもしたものか、一瞬よろめいたという。
―大丈夫でございますか?
 慌てて黄尚宮と乳母が支え、華嬪はすぐに体勢を立て直した。
―大事ない。
 気丈に言ったが、その顔色はいつもにも増して白く、蒼褪めていた。
「私どもがもっと早くに無理にでも華嬪さまを殿舎にお連れ申し上げていれば、こんなことにはならなかったと存じます」
 黄尚宮が泣き崩れた。実際には華嬪はなよやかな見かけによらず、気が強いから、黄尚宮が何を言ったとしても聞かなかったはずだ。それでも、黄尚宮は自分が側にいながら、みすみす華嬪を疲れさせるような真似をしてしまったと後悔しているのだ。
 ムミョンは固い声音で言った。
「華嬪が倒れたのは、そなたの落ち度ではない。とにかく、朕も華嬪の許に行こう」
 ムミョンはセリョンに背を向け、急ぎ足で楼閣の階を駆け下りた。その後を黄尚宮がついてくる。
―どうして俺たちは、こんなに遠く離れてしまったんだ?
 心にぽっかりと大きな洞(うろ)が空いてしまったようだった。この空白を埋められる女は、ただ一人しかいない。
 背中にセリョンの視線を感じたけれど、今はどうすることもできなかった。昨晩、中宮殿の前に立ったときより、今は更に彼女との心の隔たりを感じずにはいられなかった。