韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~王妃よ。そなた以外に大切な女ができたー王の心が揺れ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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「中殿が妓房で育ったのは周知のことだ。朕はあれの出自で中殿を恥ずかしく思ったことはない。むしろ、妓房で育ちながらも美しい大輪の花を見事に咲かせたあの者を誇らしく思っている」
「中殿さまを見ていると、蓮池の花を思い出すのです。濁りきった泥沼でも凜として穢れない花を咲かせられる方。私の憧れのお姉さまですわ」
 華嬪の口ぶりには心底からセリョンへの強い憧憬が窺える。
「お姉さま?」
 ムミョンが眼を丸くすれば、彼女は無邪気に頷いた。
「はい、私、中殿さまに約束して頂きました。一度姫金魚草の側でお逢いしたのです。その時、また会って下さいとお願いしました」
「そんなことがあったのか」
 ムミョンは感慨深く頷いた。セリョンは身分の隔てなく誰にでも親しみ深く接する。宗主国の姫だ、正室と側室だなどという立場の相違など軽々と飛び越えて、華嬪にも話しかけたに違いない。
 華嬪も単身、異国に嫁いできて淋しい身の上だ。朝鮮で出逢った身近なセリョンを姉のように純粋に慕っているのだろう。
 紅櫻花は魅力的な少女だ。嫁いできたばかりの頃は無理に大人ぶろうとして、肩肘を張っていたのが権高で祖国清の威光を振りかざしている鼻持ちならない姫と周囲には敬遠されていた。
 けれど、今、華嬪は十五歳という実年齢のまま、あどけない少女に戻っている。元々、背伸びするより年相応にふるまう方が華嬪の魅力は発揮される。妻や恋人とはいえずとも、年の離れた妹に対するような愛しさがムミョンの中で生まれているのも確かだ。
 時々、ふと考える。仮にセリョンと出逢わず、この無邪気な少女と出会っていたら―。その時、自分はこの娘を愛するようになっていただろうか。
 けれど、その度に愚かな夢想にすぎないとも思うのだ。セリョンは彼にとって生涯の想い人だ。彼女と出会っていない人生など、およそ考えられない。セリョンなくしての人生に何の意味があろう。
 たとえ幾度生まれ変わろうとも、自分はチョン・セリョンを探すだろう。見つからなければ、何としてでも見つける。そして、セリョンだけを愛する。
 なのに、今の自分はそれほどまでに愛する女を哀しみの底に突き落としている。結婚前に彼はセリョンに約束した。
―俺の妻は生涯そなただけだ。
 にも拘わらず、彼は清国の皇帝の言うがままに皇女を娶った。皇帝は華嬪の立后を強く望んでいるけれど、ムミョンは唯々諾々と従うつもりはない。先頃、立后を命ずる皇帝の勅書を持った使者が来たときも、
―皇帝陛下の御意に従うように努める。
 実に曖昧などちらとも取れる返書を差し出した。あの返書を書いたときは実際、このまま皇帝の命に従わざるを得ないと腹をくくりかけた。が、やはり、愛する女との約束を破れないと改めて思ったのだ。
 このまま皇帝の命に逆らい続ければ、近い中には皇帝の逆鱗に触れるのは間違いない。その時、自分はどうするのか。
 恐らく王位を適当な者に譲って隠居の身になったとしても、セリョンを降格などさせない。国王という立場にある者としては無責任極まる身勝手さだが、たった一人の愛する女を守れ得ぬ男に、あまたの民草を守れようはずがない。
 華嬪が自分を慕ってくれる一途な姿に心を動かされないといえば嘘になる。しかし、生涯にただ一人と決めた想い人との約束は永遠でなければならなかった。
 心の呟きがつい零れ落ちてしまった。
「そなたには済まぬ」
 淡い闇の中で、華嬪が眼をまたたかせた。
「何故、殿下がお謝りになるのですか?」
「朕は不甲斐ない男だ」
―そなたの気持ちを知りながら、そなたに何も返してやれない。
 それから先の言葉はいかにしても当人に言えるものではなかった。
 彼の脳裡に六月早々、華嬪と嘉礼を挙げた日が甦る。あの夜、二人は晴れて正式な夫婦となって初めての夜を過ごした。既に彼女が側室と認められた日に対外的な〝初夜〟を済ませてはいたのだが、あのときはまだ婚礼は挙げていなかったのだ。
 清国の皇帝も婚礼の儀式はけじめとして行うよう、再三勧めてきていた。またムミョンも華嬪を正妃に据えるのはともかく、祝言を挙げることまで躊躇うつもりはなかった。何と言っても女性には生涯に一度の記念すべき日なのだ。セリョンではない別の女との婚礼でも、婚礼衣装を纏い花婿となるのを拒むことはできないと思ったのだ。
 祝言を挙げた夜は花嫁を寝所に招かねばならない。とはいえ、ムミョンは華嬪を抱かなかった。このときも彼には正直わずかの迷いはあった。祝言を挙げておきながら新妻を抱かないなど許されるのか―と、内心焦りはあった。
 けれども、よくよく考えてみて、気づいた。
 他の女に心を残しながら華嬪を抱くのは、結局、彼女へのこれ以上ない裏切りになる。恐らく中途半端に彼女を抱くことは敢えて抱かないより更に強く傷つけるのではないか。そう思えたからこそ、祝言の夜、彼女に告げた。
―済まない、心もないままに、そなたを抱くことはできぬ。
 ある意味、残酷な科白であった。祝言を挙げたその夜、花婿が新妻に告げる科白ではなかった。彼はひそかな覚悟もしていたのだ。本音を告げた瞬間、華嬪が取り乱して泣きだして、すべては台無しになることも十二分にあり得る。
 もちろんすべてを知った皇帝は烈火のごとく怒るだろう。当然だ、ムミョンが皇帝の立場でも馬鹿にされたと腹を立てるはずだ。その際、ムミョンは潔く王位を退き、セリョンを連れて宮外で生涯をひっそりと暮らすつもりだった。そこまでの覚悟をしていたのだが、華嬪の反応は彼の予想をことごとく裏切った。
―殿下がこうなさるだろうことは何となく判っていました。もし中殿さまが私の大嫌いな類(たぐい)の方でしたら、私、この場で大声で真実を暴露してしまったでしょう。でも、あんなに素敵な中殿さまなら、殿下がお心を奪われるのも仕方ないと思うのです。それゆえ、許して差し上げます。ただし、お許しするのはこれ一度きりです。中殿さま以外の女人を後宮にお迎えになれば、私はけして黙ってはいませんことよ。
 精一杯胸を張って言うその姿に、心が揺らがなかったといえば偽りだろう。一生に一度きりの晴れの日に良人から拒絶されたのだ。心では泣いているだろうに、勝ち気な瞳でそう言い切った少女もまたセリョン同様、十分に一国の王妃たるべき徳を備えているのだと知った。
 この娘が最初の中はセリョンに烈しい敵意を抱いていたのも知っている。王妃たるセリョンを見下した言動も多く、あまつさえセリョンの頬を打って傷つけたと知ったときは猛烈に腹が立った。華嬪が女でなければ、大切な者を傷つけて許さないとムミョンが殴り返していただろう。
 あの頃、ムミョンは華嬪の素顔を見ようとはしていなかった。ただ彼女の表面だけを見て、我が儘で権高な皇女と決めつけていた。
 けれど、彼女は鼻持ちならない上辺の顔の下に、とても傷つきやすくて脆い素顔を持っていた。本当の彼女を知った今なら、彼も理解できる。
 華嬪はただ淋しかったのだ。年端もゆかぬ少女が敵地にも等しい異国へ嫁がされた。聞けば朝鮮王に嫁ぐはずの皇女は華嬪ではない別の皇女だったという。しかし、その皇女が嫌がって泣いてばかりいたため、華嬪が自ら立候補したのだ。
 そんな状況で使節団に混じって朝鮮に来て、しかも押しかけ女房も同然の嫁入りだ。敵地で唯一自分を守ってくれるはずの良人となる国王は華嬪を冷遇し、頼りになるべき人、心許せる人もいなかった。さぞ心細かったことだろう。その頃の彼女が国王の心を独占しているという王妃を憎み、敵視していたのも彼女なりの事情があったのだ。
 二人は祝言の夜、手を繋いで同じ寝台で朝まで眠った。ムミョンにすれば、たとえ身体を重ねずとも、この夜、新たな妻の一人となったこの少女は確かに自分にとっては意味のある存在となり得たのだと思った。愛だとか恋だとかではなく、もっと別の―守るべき家族とでもいえば良いのか。