俺があのコを好きになったのは偶然じゃなく必然だ。一目惚れだったんだから。小説さよならから始まる恋 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

SideⅤ(光樹)~誤解~

「待てよ!」
 光樹は声を限りに叫んだ。しかし、彼の大切な少女はその必死の叫びも振り切るように、駆けていってしまった。
 もうあの娘(こ)は二度と戻ってこないかもしれない。そう考えただけで、情けなくも絶望で眼の前が真っ白に染まりそうだ。
 沙絢には本当に可哀想なことをしてしまったと彼はいまだに十日前の出来事を烈しく悔いていた。
 今日、思いがけもせず沙絢は見舞いに来てくれた。訊きたいことがあるのだとも言っていたけれど、わざわざお手製の粥まで作って、しかも保温ジャーにまで入れてきた。
 男という生きものは美人や可愛い女の子の外見だけではなくて、そういう家庭的なところや、さりげない優しさにグッと来ると彼女は知らないのだろう。
 元々、惚れていた彼女に更に惹かれしまうことになった。
 優しい子だ。騙してホテルに連れ込んで、あまつさえレイプしようとした男の身を心配して手料理まで作って見舞いにきてくれるとは。
 この十日間、光樹は気が気でない日々を過ごした。デートで最低最悪の気まずい別れ方をしてから後、光樹は何度も彼女に電話した。電話は出ないか、電源が切れているかのどちらかなので、諦めてメールもしてみたが、沙絢はもう付き合う気も失せたのか、一度として返事はなかった。
 今更だが、もう一度、きちんと詫びたかったのと、後は彼女の脚の怪我が気になったこと、更には声が聞きたかったこともある。正直に言えば、最後の理由が大部分を占めていると打ち明けたら、余計に沙絢に嫌われるのは間違いなさそうである。
 十日前は、本当にどうかしていたとしか思えない。これまでたくさんの女と付き合ったし、女性経験だって、それなりにある。付き合うまではいかなくても、ホストをしていたときも多くの女性客と接した。
 でも、少なくとも沙絢と出逢ってからは、他の女には触れるどころか眼を向けたこともない。丁度、一年前に元カノと別れてから、幸か不幸か女っ気は久しく絶えていた。前の彼女は彼とは同業、つまり、夜の仕事をしている女だった。N駅前のビルに入っているスナックでホステスをしていた。
 性格はともかく、身体の相性は悪くはなかった。彼女は店に来た男性客とアフターにはよく行っていた。店がそれを暗黙に認めていて、それで入る金はすべてホステスに入るから、余計にそういうところもあったのだろう。
 男として自分の女が他の男と寝るというのは、あまり気持ちの良いものではない。というより、光樹ははっきりと屈辱だと思っている。
 第一、男なら誰にでも脚を開くような女を生涯かけて愛するなんて彼にはできない。が、光樹が恋人の〝浮気〟を容認していたのは、彼女がそれを仕事と割り切っていたからでもある。それでも、他の男と一夜を過ごした後、明け方訪ねてきた彼女を到底抱く気にはなれなくて、そのまま追い返したこともあった。
 性格はさばさばとしていて、言いたいことははっきりと言う。光樹としては嫌いなタイプではなかった。でも、一人の男と女として生涯付き合ってゆく相手ではないなと漠然と考えていたのは確かだ。
 そんなある時、彼女の浮気が露見した。いや、今となっては浮気だったのか本気だったのかは判らない。彼女には自分以外にも男がいたのだ。むろん、アフターのように金のために寝る男ではない。北海道出身だという彼女と同郷の幼なじみで、ふとしたことからこの街で再会し、付き合っていたというのだ。
 それがまた、光樹と彼女が付き合い始めて三ヶ月めのことだったと聞かされ、彼は少なからず衝撃を受けた。その頃、少なくも見かけは―彼女は光樹との交際(セックスも含めて)に至極満足しているように見えた。が、その裏では他の男ともよろしくやっていたとは。
 彼女は泣いて、その幼なじみとは別れると謝ってきたけれど、光樹の彼女と別れる意思は変わらなかった。どうせ彼女とは長続きしないのは判っていたから、これが潮時にも思えた。
 元カノと別れてから、彼の女性観が変わった。いや、変わったというより、よりはっきりしたと言った方が良いだろう。光樹は二十二だが、社会に出るのは早かった。その間に多くの人やその人たちの生き様を見てきた。
 普通ならこの歳でまだ結婚を真剣に考える男は今日日、そうそういないのだろうが、十七歳で世間を知った彼は大勢の女と拘わりを持ったがゆえに、余計に結婚を意識するようになった。
 そして、今度、出逢うならば、できることなら結婚を考えられるような女であって欲しいと願っていた。 
 そんなところに、あの子は突然、天から舞い降りてきた。沙絢、俺の天使。彼女自身がまだ十七歳で、結婚するには早すぎるかもしれない。だが、その歳で結婚している女も世間にはいる。彼女もまた幼時に母親に棄てられ、ついには父親まで亡くした天涯孤独の星の下に生きている。しかも、今は高校にも行かず、バイトを掛け持ちしての生活だという。
 ならば、たとえ若くても、沙絢が結婚するについての問題は何らないように思えた。互いに〝家族〟に渇望し、孤独を背負って生きている。あんな可愛くて優しい子と一緒に毎日暮らせて、いつも彼女の笑顔を見つめていられたらと思わずにはいられなかった。
 ところが、である。沙絢を見ていると、どうも自分の気持ちだけが先走りというか空回りしているように思えてならない。大体、自分たちの出逢いからして、普通ではなかった。間違い電話をかけた相手が明日、自殺するだなんて言い出して、それを焦って止めにいく―。下手な安っぽいドラマにでもなりそうなネタだ。
 だが、始まりは普通じゃなくても、これからが大切だと光樹は思った。だから、奇妙な出逢い方をしたその日の中に、デートにも誘った。ホテルでは売り言葉に買い言葉でああ言ったけれど、けして、デートの約束をした時、下心があったわけではない。
 これまで交際した女は水商売の女もいたし、素人もいた。でも、有り体にいえば、沙絢のような純粋無垢で、おまけにバージンは一人もいなかった。沙絢のような女の子は新鮮だし、すべてが眩しいほど可愛かった。
 だからこそ、これから頻繁に逢ってデートして、お互いを理解して知り合っていけば良いと思っていた。そう思ってデートに誘ったのに、沙絢といえば、
―私は光樹さんの彼女じゃないから。
 光樹が最も彼女の口から聞きたくない科白を口にした。あまりに繰り返すので、この女は見かけは可憐そうにふるまっているが、実は自分を翻弄しようとしているすれっからしかと疑いもしたのだが―。
 彼女の無邪気な言動を見ている中に、この沙絢に限って、それはないと馬鹿らしい勘繰りは止めた。
 極めつけはデートの最後だ。人前で号泣する彼女を人眼に触れさせたくなくて池のボート乗り場に連れていったときである。最初に彼女が自らの過去を話し、次は光樹が彼の過去を話した。
 互いの生い立ちを知ったことで、また理解を深め合えたと彼は思えて嬉しかった。彼が高校時代に受けた壮絶な苛めについても偏見を持つことなく真摯に耳を傾け、彼のことを思い泣いてくれさえしたのだ。
 その直後、彼女はまた家族連れを羨ましそうに眺めていた。幼い子どもを連れた夫婦、家族の幸せを絵に描いたようなその姿を見つめるまなざしには強い憧憬が宿っていた。
 そんな瞳を彼女がしたのは、その日、二度目だった。一度目はメリーゴーランド前のベンチに座っている時、池で見かけたよりももう少し若い夫婦が赤ん坊と幼児を連れて通りかかった時。
 光樹はそれで、沙絢には〝家族〟への強い憧れがあるのだと思い知った。現に彼女は彼にも語った。
―ああいうのは良いわよね。
 だから、光樹はすかさず沙絢に言った。
―だったら、お前が家族を作れば良い。誰かと結婚して、沙絢が新しい家族を作れば良いじゃないか。
 もちろん、彼の想定する新しい家族は光樹と沙絢に他ならなかった。もし、あの時、彼女が彼の話に乗ってきたなら、彼はそのままプロポーズしても良いとまで思っていた。プロポーズが早いなら、結婚を前提として付き合おうと。
 が、沙絢は彼の話にはろくに興味を示さなかった。それで、彼の自制心が切れたのだ。
 これはもうどんな手段を講じても、沙絢を自分のものにしておかなければと妙な焦りが生まれた。一度抱いてしまえば、沙絢のような無垢な子はなかなか離れていこうとしないだろうし、快楽を知らない身体を官能の世界に導いて、身体の繋がりで彼女を繋ぎ止めておくのも良いと考えたのだけれど。
 実際にはどうだったのだろう。そんなのはすべて言い訳で、光樹はただ沙絢を抱きたいという劣情に負けただけなのかもしれない。更に、自分が犯してしまった過ちは言い訳など通用しないものであることも承知していた。
 もっともらしい言い訳を並べ立てたところで、それが許されるものではない。なのに、信じられないことに、彼女は光樹を受け容れてくれようとしている。手作りの粥まで持って見舞いに来てくれた。
 どうやら、彼女はホテルで彼が質問に応えなかったことを気にしているらしかった。まあ、見舞いも見舞いだが、ここに来たのはそれもあったようだ。
―私を助けてくれたときから、そんな風なことを考えていたの?
 眼を潤ませて縋るように見つめてくる沙絢を見ていると、抱きしめたくなった。だが、この間の今日でそんな真似をしたら、今後こそ彼女に嫌われてしまう。
 冗談じゃない。俺は沙絢をそんな安っぽい女だなんて考えたちゃいない。光樹は沙絢にそう叫びたかった。第一、身体だけが目的なら、遊園地デートなんていう、いかにも女子高生が歓びそうな手の込んだ計画なんて立てない。
 もっとシンプルにいって、最初からストレートに彼女をホテルに連れていっただろう。間違っても、S駅で彼女と待ち合わせたときには、ホテルに彼女を連れ込もうなんて邪心はまったくなかった。
 今日の沙絢を見ている中に、光樹は十七日前、初めて出逢った夜の彼女を思い出していた。
 俺が〝なあ、そろそろ訊いて良いか?〝と言ったら、彼女は〝なあに?〟とあどけない表情で見上げてきた。
 あの一瞬、光樹はまさに恋に落ちたのだ。十七歳という大人の女と少女のあわいにいる、揺れる年頃の女の子独特の魅力とでもいえば良いんだろうか。光樹を見つめてきた沙絢の幼い表情があまりにも可愛すぎて、この子をずっと守ってやりたいと強く思った。
 そう思って彼女と色々話している中に、気がついてみると、つい衝動に負けて手を伸ばして彼女を抱きしめていた。抱きしめた彼女の身体の何と儚く脆かったこと! 光樹が少し力を加えれば、そのまま折れてしまいそうなほど華奢で、それが更に保護欲をかきたてた。
 脆いだけではなく、沙絢の身体はこの上なくやわらかかった。抱きしめた拍子に押しつけられた胸もまだ小さくて、きっと身体もまだまだ未成熟なのだと思うと、これはこれで興奮した―と言えば、まるで若い女の子に異常な興味を示す助平爺さんみたいだが。
 恐らく、この子は、あらゆる意味でまだまだ成長するだろう。その成長ぶりをずっと側で見ていたいとも思うし、この未成熟な身体を男である自分が女として成熟させてみたいという欲望もあるにはあった。
 ―けれど。折角、あの子が作ってくれた俺たちがやり直すチャンスももしかしたら台無しになるかもしれない。
 光樹はこれ見よがしな溜息をつき、たった今、来たばかりの若い女を見つめた。