私とお兄さんが前に踏み出すために。私は彼の仕事先を訪ねるが-。小説 さよならから始まる恋物語 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 涙の幕のせいで視界がぼやけている。涙を拭おうとしたその時、いきなり黒のブラが乱暴に持ち上げられ、沙絢は悲鳴を上げた。
「何をするの!」
 光樹は彼女のまだ小さな膨らみを燃えるような視線で見つめた。
「気のせいか、この間より大きくなったか? ここは可愛がってやれば、もっともっと大きくなるぞ」
 ブラは今や殆どずり上がってしまって、まるで役に立っていない。ささやかな膨らみが露わになり、彼の灼けるような視線にさらされていた。
 光樹は顔を近づけ、沙綾の片方の乳房をそっと手のひらで包み込む。更にもう一方の可憐なピンク色の乳首をそっとくわえた。
「いやっ、やだ。お兄さん、止めて」
 つい名前ではなく、呼び慣れた〝お兄さん〟と口にしてしまったのが、彼を怒らせてしまったらしい。
「俺はお前のお兄さんじゃないっ。その呼び方は嫌いだから、止めろ」
 突然、歯を立ててやわらかな乳首を噛まれ、沙絢は悲鳴を上げた。
「痛っ」
 あまりの痛さに涙がまた溢れ出す。
 彼はまだ幼い乳房を執拗に揉み込んだり、吸ったりを飽きることなく繰り返した。片方の乳房を吸った後は、今度は別の乳房を吸われる。
―気持ち悪い。
 生温い口で突起をクチュクチュと吸われるのは、気分が悪くなりそうなほどいやな行為だった。
 しばらく胸を弄って堪能したのか、光樹は最後にチュッと二つの乳首にキスをして漸く離れた。
「可愛いな。ほら、お前のここが勃って固くなってる」
 彼は沙絢にも見せつけるように顔を覗き込んだ。つい自分の胸に眼がいくと、今し方まで男に嬲られ続けていた乳房の突起は固く凝り、ツンと上向いている。しかも、唾液で濡れて光る様は何とも卑猥で、沙絢は眼を背けた。
「うっ、うっく」
 沙絢は烈しく泣きじゃくった。怖かったのもあるけれど、信じていた光樹が豹変して獣のように襲いかかってきたのが信じられないほどのショックだったのである。
「ちょっと待ってろ」
 沙絢の抵抗がなくなったのに油断したのか、彼はまた冷蔵庫の方に行った。
「アルコールの強いのでも呑んだ方が良い。そこまで怯えてたら、余計に痛みが烈しくなるから」
 耳に飛び込んできた言葉に、泣いていた沙絢はギクリとした。
―痛いことって、もしかして。
 沙絢にも男女の性交の知識はある。光樹は本当に沙絢を犯すつもりなのだ。
 そんなのはいや。幾ら好きな男の人でも、初めてなのに、こんな場所で無理に奪われるのは絶対にいや。
 沙絢は恐る恐る彼の様子を窺う。光樹はまだ背を向けている。もし逃げるなら、今しかない。彼女はそろそろと上半身を起こし、ベッドから降りた。蒼い絨毯の上には脱がされたワンピースやストッキング、ブラが散らばっていた。結局はブラも邪魔だからと外されてしまっていたのだ。
 沙絢はブラとワンピースだけを拾うと、後はダッシュでドアに向かった。
「沙絢?」 
 物音に気づいた光樹が振り向く。
「くそう、逃がすか」
 光樹がすぐに追いかけてきて、ドアの手前で捕まりそうになるも、間一髪のところで鍵のロックが解除できた。
 飛び出たために危うく前につんのめりそうになった体勢を辛うじて立て直し、狭い廊下を走る。エレベーターはいちばん向こうだが、途中で階段を見つけた。来るときは気づかなかったが、多分、駐車場まで続いているはずだ。ここはどうやら駐車場からいきなり二階に通じているようだ。見たところ、一階はないらしい。
 服は持っているのだから、後で着れば良い。誰かに途中で逢ったら恥ずかしいが、今は逃げる方が先だ。沙絢は階段を降りようと脚を踏み出した。その時、光樹が追いついて沙絢を背後から羽交い締めにした。
 丁度、彼の手が胸に回った格好になる。あれだけいじり回した癖にまだ足りないのか、彼はこんな場所でもまた乳房を揉み始めた。
「離して、いや」
 沙絢は階段を降りようとするところだった。抵抗する沙絢の体勢は物凄く不安定になっている。と、沙絢のお尻の後ろに何か固いものが当たった。
―なに、これ?
 一瞬、違和感を憶えたけれど、それが彼の固く大きくなった下半身だと気づいて、狼狽えた。光樹が逃すまいとより強く抱きすくめてくるので、その昂ぶりは更に存在感を彼女に思い知らせてくる。
 今ここで逃げなければ、自分は確実にこの男にレイプされてしまう。
 光樹のことは好きだ。騙してホテルに連れてきて、強引に抱こうとしているような男をまだ沙絢は嫌いになれない。自分でも本当に馬鹿な女だと思うけれど、それが正直な気持ちだ。
 でも、今はいやだ。こんな形で無理に身体を開かされて彼と結ばれたくはない。
 その一心で沙絢は抵抗する。あまりに烈しい抵抗に光樹の拘束が一瞬緩んだその隙に、沙絢は彼の手を振りほどいた。泣きながら階段を降りようとしたその瞬間、脚をすべらせてしまった。
 沙綾の華奢な身体がまるで坂を転がる石のように勢いよく堕ちていった。
「沙絢っ」
 光樹の鋭い叫び声が響き渡った。

 それから一時間半後、沙絢はコーポラスの前で光樹の車を降りた。階段を転がり落ちた沙絢に光樹はもう何もしようとはしなかった。
―痛い、痛い。
 右脚をくじいたらしく、すすり泣く沙絢を何かに堪えるような眼で見つめていた。そのときにはもう別人のように凶暴だった彼は消え、いつもの穏やかな優しい彼に戻っていた。
 彼は沙絢を抱きかかえ、車に連れていった。ワンピースを手早く着せてから、簡単に脚の状態を見、更に一旦部屋に戻って支払いを済ませたらしかった。
 帰りの車の中では、二人とも会話はなかった。沙絢の道順を聞きながら彼女をコーポラスまで送ってきた光樹が低い声で言った。
―念のために明日の朝いちばんで、病院に行って診て貰って。―本当にごめん。沙絢があんまり可愛くて、あの時、俺のものにしなければ誰かに取られるんじゃないかと思ってしまった。謝って済む話ではないけど、とにかく、悪かった。また、連絡するから。
 沙絢は何も応えず、黙って車を降りた。
 二階の自室までの階段を上るのがまた大変だった。築三十年の建物にはエレベーターなんてものはない。痛む右脚を庇いつつ一段一段上がって、いつもなら考えられない時間ををかけて漸く部屋まで辿り着き、後はベッドに倒れ込むようにして深い眠りに落ち、気がつけば翌朝だった。
 明け方、まだ夜の余韻を漂わせる室内には薄蒼い光が満ちている。右脚の痛みは昨日より更に酷くなっていた。沙絢は痛む脚を庇い、立ち上がると、ゆっくりと歩き窓辺に佇む。そっとパステルピンクのカーテンを開けると、ようよう明るくなり始めた外の世界が見え、気の早い雀の鳴き声がどこからか聞こえている。
 生まれたての今日いちばんの太陽を見ながら、沙絢はひっそりと涙を流した。光樹との間には昨日、何もなかった。厳密にいえば何もなかったとは言い切れないかもしれないが、少なくとも最後のところで彼は思いとどまった。もっとも、あれは逃げ出した沙絢が階段から堕ちたという偶発的な事故によるものが大きい。
 仮に沙絢が逃げ出さず―いや、逃げ出しても事故がおこらず光樹に捕まったままだったら、彼にレイプされた可能性は高い。それでも、最後の一線は越えることなく済んだのだから、沙絢はその事実だけを見たかった。
 つまりは、それだけ沙絢がまだ彼を好きなのだということにもなる。あんな酷い仕打ちをされてもなお、彼を好意的に理解したいと願ってしまう。
 だが。そんな沙絢でも、これだけは彼に確認しておかなければならないことがあった。彼とこれきりになるかどうかは、それを確認した後になるだろう。
 覚悟を秘めた沙絢の横顔をひとすじの朝陽が照らしている。

 結局、沙絢は病院には行かなかった。痛みは数日にわたって続き、しかも徐々に酷くなっていったため、彼女も骨の損傷を疑ったりもした。だが、一週間経った頃から痛みは引いていき、十日過ぎには普通に歩けるようになった。
 その間、光樹からは何度か連絡があった。デートの翌日に電話がかかってきたのを初めとして、電話が三回、メールは十五通に及んだ。しかし、沙絢はそのどれにも返事はしなかった。
 八日めに最後のメールが来てから、流石に音沙汰はなくなった。
 十日目、脚の痛みが殆どなくなったのをきっかけに、沙絢は行動を開始した。まず、彼の職場だという自動車工場を訪ねた。が、光樹は一昨日からずっと連続で欠勤しているという。
「無断欠勤ですか?」
 訊ねると、四十そこそこらしい小柄な社長は温厚そうな顔をほころばせた。
「あいつは真面目なヤツだから、そんなことはしませんよ。ちゃんと連絡は入ってます。短い間しか見てないけど、なかなか今時の若い者に珍しく、気骨のある働き者だからね」
「そう、ですか」
 自分の知らない彼の一面を知ったようで、沙絢は心が少しだけ温かくなった。まったく、自分は多分、上に何とかがつくくらい彼を好きなのだろう。
「ところで、お嬢さんは上原の彼女? あいつ、真面目一方の堅物で、今まで女の話なんてしたこともなかったし、女っ気も全然だったのに、こんな綺麗な恋人がいるのを隠してたんだな。今度、出てきたら、とっちめてやろう」
 社長は人の好さそうな笑顔で言っていた。
 光樹がバイトしている工場はけして大きなものではない。むしろ、昔ながらの小さな少人数でやっているような規模の小さなものだ。それでも、光樹が社長にも気に入られ、短期間の間にその働きぶりや人柄を高く評価されていることも判った。
 しかも信じられないことに、今のところ、光樹の周囲に女の影はないらしい。そのことにも沙絢は少し安心した。
 社長の話によると、光樹は風邪を引き込んで休んでいるとのことだった。沙絢は三ヶ月前に亡くなった父をどこか彷彿とさせる社長に丁重に挨拶して工場を辞した。