2サロス目の皆既日食・観測編 2 | スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

第二接触ダイヤモンドリング(8)数々の失敗が積み重なり…
朝食後、機材のセッテングに取り掛かります。まず場所取りから…観客に邪魔されたくないのでなるべく遠いところにしました。テントの近くにあった椅子を遠くまで運びます。ちょうどmharさんが近くだったので、御一緒させていただくことにしました。テントに戻り三脚4本、ビデオカメラ2台、一眼レフ2台をそれぞれ三脚に固定します。レンズを取り出してそれぞれにセットします。だんだん暑くなり、テントにこもる時間が増えました。あと一時間で第一接触が始まる時にようやく荷物を運び出します。

Sahara真夏並みの強い日差しの中、所定の位置に機材が並びました。次にフィルターの取り付けを確認しようとピントを合わせながらファインダーを覗こうとしたら煙と共に眩しい光が??レンズを見たらフィルターが焼けていました!どうやら接眼側にフィルターを入れたのがまずかったらしく、別なフィルターをレンズ側に付け直すはめに。これで気が動転してしまい、反射望遠鏡の差込式フィルターを触っていたら切り替えバネが外れて取り付けられなくなりました。慌ててテープを貼り、差込式フィルターを固定させます。こうなると気の動転が治まりません。

第三接触ダイヤモンドリング太陽高度が高いので三脚が上手く移動せず、ピントも合わないまま撮影しました。その時は撮影に夢中で、ピントが合っていなかったことに気づかなかったのです。最後のピント合わせのチャンスである第二接触直前にフィルターを外しピントを合わせました。でも気の動転が勝っていたのか冷静な判断が出来なくなっていました。長い皆既時間にピントが合わないコロナを撮るのは1991年7月11日のメキシコ以来です。特に1秒近く露出した外部コロナの写真は、太陽に内接する月がフットボールのような形に現像されていました。あまりにも酷い写真なので棄てました。写真は露出時間が短いものを掲載しています。
更に悲劇は続くもので、皆既終了後にビデオカメラの確認をしましたが、録画と停止ボタンを逆に押したようで肝心の皆既日食の瞬間が映らないと言う大失態を演じ映像を配信出来なくなりました。
夕暮れの砂漠に映る影“三脚固定一眼レフでどれだけ入選作品を撮れるか”が私のテーマでしたが、脆くも崩れ去りました。所詮アマチュアの戯言に過ぎないのです。次の皆既日食は赤道儀と強い三脚を購入して、絶対に失敗しないような写真を撮らなければ…。

午後3時にEclipse cityから出発するので、急いで機材をトランクに入れてバスの中へ。出発まで十分ほど時間があったので、誰もいなかった食堂で軽い昼食と水分を補給します。結局、撮影中は食事をする時間もなくて断食状態でした。


☆私の日食観測履歴 (皆既日食は全て観測成功!)  場所と地域       天候  撮影
◎1988. 3.18 小笠原沖 皆既日食 (東アジア・父島南東沖)  晴れ  眼視
○1991. 7.11 メキシコ 皆既日食 (北米・カリフォルニア半島)快晴  失敗
×1992. 1. 4 アメリカ 金環日食 (北米・ロサンゼルス沖)   曇   不可
○1994.11. 3  チ リ  皆既日食 (南米・チリ北部)     薄曇  失敗
○1995.10.24  タ イ  皆既日食 (東南アジア・タイ東部)  快晴  成功
○1997. 3. 9 シベリア 皆既日食 (北アジア・シルカ郊外)  快晴  成功
○1998. 2.26 ベネズエラ皆既日食 (南米・ベネズエラ西部)  快晴  普通
○1999. 8.11 ブルガリア皆既日食 (ヨーロッパ・黒海近郊)  快晴  失敗
○2001. 6.21 ザンビア 皆既日食 (アフリカ・首都ルサカ)  快晴  成功
◎2002.12. 4 オーストラリア皆既 (オセアニア・豪州南部)  快晴  普通
△2005. 4. 8  パナマ金環皆既日食 (中米・パナマ西部の街)  薄曇  普通
○2006. 3.29 リビア  皆既日食 (アフリカ・サハラ砂漠)  快晴  失敗
○…第一接触~第四接触まで観測 ◎…第一接触~第三接触まで観測 ×…観測不可能
△…食分70%前後は薄雲越しに観測可能 撮影の成功基準は雑誌に掲載されるようなレベルの写真
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