さようなら、憧れのヒト | スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

植木等さん笑って天国へ…2000人が最後の別れ(楽天womanニュースより)

 3月27日に亡くなったコメディアンで俳優の植木等さん(享年80歳)のお別れの会「植木等さん夢をありがとう さよならの会」が27日、東京・青山葬儀所で行われた。クレージーキャッツの谷啓(75)らが葬儀委員長を務め、芸能関係者が約1000人、一般弔問客も約1000人の計2000人が駆け付けた。

 昭和を代表するコメディアン・植木等にふさわしいお別れだった。

 代表曲「スーダラ節」で開会し、稲垣次郎がテナーサックス、渡辺貞夫はアルトサックスをソロ演奏。内田裕也とユーミンが「スーダラ節」を歌えば、加藤茶は漫談のような楽しいあいさつ。会場の内外に音楽と笑いがあふれた。

 遺影に使われた90年発売のCD「スーダラ伝説」のジャケット写真の植木さんは、楽しそうにほほ笑んでいた。祭壇にはほかに名バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」や映画「無責任」シリーズで撮影された植木さんの元気な写真が飾られた。

 ともに「クレージーキャッツ」で活動した谷啓(75)、桜井センリ(77)、犬塚弘(78)が葬儀委員長を務めたが、谷は「大変なお別れの会でしたね。笑顔が絶えないなんて。でも不自然じゃない」と目を丸くした。あいさつでは「改めて植木等の大きさをひしひしと感じた。お疲れさん、植木やん。さようなら」と、感慨深げに話した。

 桜井も植木さんの死去後、初めて「植木等もとうとう千の風になってしまいました。みなさんの周りで楽しい雰囲気が流れたときは、植木等の風が通り過ぎたと思ってください」とあいさつ。植木さんの付き人を務めた小松政夫(65)は「お別れ会はこんなに面白いものだったでしょうか。植木等のそばに四十数年間仕えられたこと、一生の誇りです」と、師匠に別れを告げた。

 この日は一般の弔問客用の記帳台も用意され、ファン1000人、計2000人が参列。最後に「植木等ショー」のエンディングテーマ「星に願いを」を歌う在りし日の植木さんの映像に続き、「無責任一代男」の決めゼリフ「はい、ごくろうさん!」がこだますると、大きな拍手が起こった。多くの笑顔に送られ、巨星は軽やかに天に昇った。

クレイジーキャッツ
クレイジーキャッツ

ハナ肇とクレイジーキャッツが正式名称ですが、上のパッケージ画像にもあるように植木等とクレイジーキャッツが本来のモノかも知れません。昭和~平成にかけて絶大なる人気を誇り、死してなお各人の人格形成に影響を与えた人物は植木等以外にないでしょう。

私がリアルタイムで植木等を見たのは、1987年10月から88年3月までTBS系列で放送された高橋良明・磯崎亜紀子の主演ドラマ「オヨビでない奴!」です。主役の高橋クンはドラマ出演の翌年に16歳と言う若さで、バイク事故の影響で頭を強く打ったことによるクモ膜下出血で帰らぬヒトとなりました。この頃も悲しかったのですが、祖父役の植木等が亡くなったのはこの比ではありません。ちなみに父親役は所ジョージです。この豪華男性陣キャストで「俺たちゃこの世で一番、無責任と言われた親子」と唄うのですからたまりません。

このドラマは、クレイジーキャッツのヒット曲が随所に散りばめられています。その前からクレイジーの存在は知っていたのですが、このドラマの影響でクレイジーのビデオを借りてダビングしまくりました。