彼女は影の中にしかいない。いつもぼくの後ろにぴたりとくっついて。
その存在に気付いたのは、このあいだ一人で買い物に出かけたとき、ふとお店の窓ガラスにうつる自分を見たときだった。ぼくの背後に月曜の悪魔が揺らいでいた。それは着実にぼくの身体から一つずつ何か大事なものを奪っていった。そのたびその穴を埋めるためぼくはかためた粘土を補填した。
またぼくは一つ死んで新たな何かを手に入れた。
新しいものを手に入れるために、まず何かを失わねばならない。失うことが最初にくる。なんだってそれが悲しいのだろう?
影が笑うとぼくはぞっとして目をそらすのだ。鏡の世界に目を向けなければいいだけの話なのだ。気付かなければ、ないのと一緒。
いいや、それは嘘だね。ぼくの知らない世界で知らないことが知らずに起こる必ず。それを否定することはできない。因果の鎖? でなければこれは、魂の見る夢。
月曜の悪魔が靴音を鳴らすたび、ぼくはぼくを失っていく。次の日の朝日と一緒に、彼女は消えていなくなる。いなくなれ。
刹那の連続がぼくを確実に導いてくれる、遠い場所へ。それを裏切ってはいけない。何かと理由をつけて裏切ってはいけない。そうして自己否定して、口先だけが発達して。ああ、ぼくのことだ? ありもしない夢幻のせいにしてまたぼくはぼくを裏切ろうとしているんだ。しているのだ。
頭をかち割って全部ぶちまけて、それで気持ち良いわけないだろ。
なあ、何考えてんの?
お前はさあ。お前はさあ。俺はさあ。また頭が痛くって。

月曜の悪魔?
今週、彼女は路上の水たまりで死んだ。
けれど何度だって生まれてくる。
次はどこで生まれて、どこで消えてしまうのだろう?
 コーヒーを飲むのは目的? それとも手段?
 煙草を吸うのは目的なの? それとも手段なの?
 音楽を聴くのは目的かな? それとも手段かな?
 知ることは目的でいいの? それとも手段でいいの?
 文章を書くことは目的だろうか? それとも手段だろうか?
 あなたとの会話は目的でしょうか? それとも手段でしょうか?
 
 それで満足?それともその先を求めているの?その先にあるものって何?

 コーヒーを飲んだ。それはコーヒーが飲みたかったからかもしれないし、落ち着きたかったからかもしれない。あるいはその両方であるかもしれないし、全く違う理由があったのかもしれない。
 私は単純に生きているのかもしれないし、複雑に生きているのかもしれない。もしかしたらただあいまいなだけかもしれない。
 確かにいえるのはコーヒーを飲もうと思って、コーヒーをいれて飲んだということ。そしてそれが全然美味しくなかったこと。
 コーヒーとの付き合い方が安定しない。無性に飲みたくなってしまう時期もあるし、飲むと胃が痛くなってしまう時期もある。好きなときもあれば厭いたくなるときもある。何が原因かは知らない。考えるとつきまとわれるので考えない。

 いくら考えても状況が進展しないのならそれは考えが間違っているってことだし、考えても考えてもいつも空回り。

 いちいち行動の動機を探ろうとすることの良し悪しがわからない。自分の行為に自覚を持つことはなんとなく正しいようにきこえる。けれど理屈がないと動けないみたいでなんだかとっても馬鹿らしい。もしかしたらただ安心したいだけなのかもしれない。理解できないものがそばにあると不安になるものだそうだから。

 意味を持つことにいったいどんな意味があるのか。だなんて意味の分からないことを言って、ちょっと不安になってきて、頭の中こんがらがって考えるのを放棄するあたりが好き。そのとき残っている感情が一番純度が高くて澄んだものだと思うから。


役割の変換だのなんだのは私にはわからない。あなたはあなただもの。





沸騰寸前の心臓がぴぃぴぃいっている。
それを鉛色の指で握りつぶすと、黒い血液が流れ出して、ぼくは絵具だ絵具だなんていってはしゃぎ回る。
濁り切った黒を紙に塗りたくると、いつも描き出されるのはあなた。あなた。
あなた。日曜日の淑女よ。
あなた。微睡む両目に舌を這わせるよ。
幽かな海の味をそこに見出すんだ。

笑ってほしい。
ぼくを見て笑ってほしい。
動くな。手元が狂うだろう?
日曜日の淑女。
何もかも黒いひと。
精神世界で渦巻く珈琲。誰か溺れて死ねばいい。
カフェインまみれのプールに内臓が気持ち良さそうに浮かんでいる。
そんな光景に吐き気とめまいを感じながら、塩辛い汗を流してぼくは走る。
日曜日の淑女は高笑っている。墨汁を飲み干して。
お歯黒のおかっぱの。
黒い斑点のぽつぽつは、きっとあなたの血だよ?
ぼくは海の中を潜り潜って、見つけるんだ。
日曜日の淑女。
あなたの棺を探す旅。
まっくろ血まみれ伯爵。うるさい。黙れよ。動くなって言っただろう?
いつもお前が。お前が!
奪い去ってゆくのだね、そのご自慢の口髭を揺らして。
今日はまた何を奪ってゆくのかね。
素敵な音を? 色を? それとも味をか? 目の前に広がるすべてをか!
お前なんか真っ赤になってしまえばいい。
日曜日の淑女。
日曜日の淑女。
笑って。笑う。笑う?
違うね。日曜日の淑女。
黒い海がみたい。
刹那のあいだ、無限の夢を見るように。