真夜中にラーメンを食べにいきたい。夜遅くに無性に食べたい衝動に駆られてしまって、財布一つ持って家を飛び出したい。近所のラーメン屋さんまで深夜3時の道を歩きたい。頭の中ラーメンのことでいっぱいにしながら向かいたい。

 ラーメン屋さんについたら偶然、三丁目のあの人と鉢合わせになりたい。あの人は味噌ラーメンを食べてて、そうしたら私は塩ラーメンを頼みたい。「奇遇ですね」だなんて言いながら二つぐらい席を空けてカウンターに座りたい。その後は大した話もしないで夢中でラーメンを食べていたい。深夜ラジオだけが店の中を支配していてほしい。

 食べ終わったら帰り道を並んで歩きたい。「あそこよく行くんですか」とかどうでもいい話だけして歩きたい。そんなときは朧月夜がいい。
 そうして二丁目の十字路でお別れしたい。「私こっちなので」って言われて。それでは。なんていいながら手を軽く振り合って、反対方向にそれぞれ歩いていきたい。そのあとは家までぼんやり歩いて帰る。
 
 けれど、何となく物足りなくなってそのままコーヒーショップに立ち寄ってしまいたい。そして人のいない店内でブレンドコーヒーを注文するの。そうしたらまだ明けそうにもない闇夜を窓越しに眺めながらコーヒーを飲みたい。そうしながら、さっきの会話を思い出していたい。たわいのない会話を何度も頭の中で反復しながら。あの人のことを考えていたい。

 また会えるかな、なんて思いながら口に運んだコーヒーはきっとほろ苦い味がするはず。





老夫婦が、腑抜けたピンク色のマーチに乗っていた。
ぶち破れたリアガラスのおかげで、エアーコンディションはとてもいい具合らしかった。
沸騰しそうなこめかみと発火しそうな視神経がずきずきしていて、私は正常じゃあなかった。
だからそんな車が、当たり前のように私の車の斜め前を走っていても、私自身は何の疑問も抱かなかった。ただそいつは、私のことをあざ笑い、美しい何かを道端にまき散らしながら、穏やかに笑い合っている老夫婦を運んでいた。
アクセルを蹴飛ばして、そいつを抜き去った。前から後ろへと矢継ぎ早に遠ざかる景色たちが、いじわるをしているように感じられた。もどかしいほどに私の車はのろまだった。後ろでさよならするそのマーチは、とてつもない速さで気持ちよく走っているのだった。

なるほど私は怒っているのかもしれなかった。いったい何に? そんなものは大した問題じゃあない。大事なのは、私が今、その感情を以て、何をするのか。何を思って、何を為すのか。

おびただしい熱情と苛立ちがかちかち火花を鳴らして。
その一日を「火曜日の熱量」というタイトルに決めた、夜。
星は見えなかった。ただ私のてのひらには希望に瞬く夢が握られていた。
そして私はまた少しだけ、脱皮したようだった。少しひりひりするのを、私は喜ばしく感じた。






すごい夢を見たんだ。でもね、誰にも教えてやらないって、決めたんだ。
みんな、私の見た夢を、想像できるかなあ。
正解は秘密だけど。それが楽しくって。
言いたくなる気持ちに、そっと花を添えた。


夢の中でさえ現実の延長線が描かれる。虚実の境でさまよう記憶。
お腹がずきずきと痛む。泥水でも飲んでしまったのか。

積み重なった本。空のペットボトル。
おばけの椅子。埃だらけの畳。
吊り下がった人形。こけしの姉妹。
そして体臭。体臭。体臭、体臭。
どれもなにもかも私の部屋の等身大。
夢にまで結びつく、私の愛しく醜い宇宙。
これが夜明けとともに全て変わっていったら愉快だなと。痛快だなと。
でも、そんなこと、本当は望んでいない。

「あなたの躊躇のない瞳が迷いに揺れたとき、寄り添うことしかできない私を許してほしい。」

お腹が痛む。撫でてほしい。でも、触らないでほしい。
そんな、そんな感覚で私は傷付ける。傷付いてしまう。

宇宙のすみっこでうずくまるのが大好きで。
誰にも邪魔されない時間が好きで。
孤独は苦手。でも、独りが好き。
歩き疲れたときは撫でてほしい。でも、触らないでほしい。

夜、ときどき訪問者は愛撫を求める。
私はその求愛を無視して、宇宙のすみっこにうずくまる。
小さな宇宙にはやがてヒビが入って、そこから真っ暗闇が顔をのぞかせて、襟首を掴まれて、私は何もかもおしまい。