「今日はないんだ、明日持ってくるよ」
これは一昨日、路上で野菜を売っている売り子が言い放った言葉である。

「今日はないんだ、明日持ってくるよ」
これは昨日、一昨日と同じ売り子が言い放った言葉である。

野菜や果物は、市場の他に路上でも買うことができる。
市場にはない野菜や少し品質のいい野菜などがあるので、
たまに路上の売り子からも買うことがある。

特にアボガドはなぜか市場にあまり出ない
(出ても状態が良くない)ので、路上の売り子を頼りにしている。

いつも車から降りると(または乗車したままの車に)、
私を見つけ次第両手に野菜や果物をわんさか抱えて、
駆け寄ってくる売り子の青年たち。

三度目の正直で、今日もアボガドを探しにその場所に出向き、
車を降りる。が、売り子たちは私を見かけても微動だにしない。
3日連続で、私が欲しいものは「アボガド」で、彼らの手元にはないからだ。

売り子の青年にとって、「明日」とはいつのことなのだろう。


代わりに市場で買った爆弾のようなスイカ

日本で働いていたころ、ストレス発散方法の一つが
「衝動的に服飾品を買う」ことであった。

とはいえ、もう自分の好みもだいたい把握しているので、
無駄な買い物や明らかな失敗などもあまりしなかった。
今までで一番高価な衝動買いは「着物」だったけれど、
あの時はきっと精神が薄弱していたのだと思う。

それが、ナカラに来てからは洋服をほぼ買っていない。
まず、数件ある服屋のウィンドウに飾られている洋服のうち
私の好みに合うものが少ないので、わざわざ店に入ろうとしないのと、
日本で買うよりもはるかに高いからだ。

実際にナカラより州都のナンプラの方が服飾品や日用品が安く、
首都のマプトにおいては、けた違いにあらゆるものの
バリエーションが多く、さらに安く買い物ができる。
そこから車で
2時間ぐらいで南アフリカに入ることができるのだが、
そこでは同じものが
3分の1程度の価格で買えるらしい。
嗚呼、残念極まりない。

それもこれも他の国からの輸入に頼っているのと、競争相手が
いないため、ナカラではその価格設定でも通用するのであろう。

だがそんなナカラにも、今年の年末には様々な衣服にかかる装置
(紡績、機織り、縫製)を備えた複合施設が設置されるらしい。
しかも「日本の多国籍企業」と、その新聞記事には書いてあるではないか!
NITURAという聞きなれない社名だが、私が存じ上げないだけであろう。

記事によると、
NITURAは自社産業の原材料である綿の確保のため
ナンプラ州マレマ郡に綿栽培用地として
4,000ヘクタールを占有、
ナカラ・ポルトにその複合施設建設用地をすでに確保済みであるという。
その施設は紡績から布地の生産、さらに多様な衣服等の
縫製までが可能なインフラであるらしい。
続けて、その製品の品質水準は欧米市場でも競争力を有する
見込みであると書かれていた。

ナカラで生産された様々な製品のほとんどは、そのままナカラ港から
輸出されるのであろうが、そのおこぼれ(
B級品など)が
地元のマーケットに並ぶ日が来るやもしれん!と、
この記事を読みながら鼻息が荒くなったのである。

関連して雇用も創出されるし、未使用農業用地も活用できる
(人様の土地ですが)ので、こういう流れはいいかもしれませんね。

ついでにナカラに中華料理屋もオープンしてもらえないかしら。
(ナンプラには
2軒あるのに)


税関職員である隣人宅に停車していたBMVのバイク
国民の半数以上が必要最低限のカロリーも摂取できない状態にある一方、
新車で200万円弱のバイクを購入できる人もいるというこの国の現実

いつも買い物するスーパーなマーケットの前では、
毎回
10歳ぐらいの子どもたちにまとわりつかれる。

それはまず、
「(何かされないように)車を見張ってるよ」
(見ていてもらったら、お駄賃を渡す)、

それを断ると
「お腹がすいているんだよ(だから金をくれ)」、

それも断ると
5MT(約15円)だけでいいから(金をくれ)」
と段階的にお願いが変わっていく。

それは車を降りた瞬間から店の入口をくぐるまで(ほんの
10mほど)と、
店の出口から出た瞬間から車に乗り込み発車するまでの間で行われる。
ちなみに、粘り強い子だと店から出てきたところを頼んでもいないのに
「車を見張っていたよ(だから金をくれ)」となる。
(ここでは、パン屋の店先に車を停めて買い物をしている
5分の間にも運が悪いと車のミラーやエンブレムなどの部品を
持っていかれたりするので、見張っていてもらう価値はある)

場合によってはお金を渡すこともあるのだが、
56人の集団に寄ってたかられると、
我先にと子どもたち同士のケンカに発展するし、
だからと言って金のなる木を持たない私には
毎回全員にお金を渡すことはできないし、
その中の誰かだけに渡して、その後にその子が
他の子に暴力を振るわれたりするのも嫌だし、
それが原因で私たちが逆恨みされることも避けたい。

ということで、私たちは個包装のあめを買って車に常備しておくことにした。
大人数に囲まれた時にはそのあめを渡してその場を収めればよし、
お金を渡せる時はお金を渡せばよし。


そして今日、スーパーなマーケットに買い出しに行ったところ、
店先の駐車場スペースには一人だけ少年がいた。
何度か顔を見たことがある子だ。

例に漏れず、お決まりのセリフを一通り繰り広げたのだが、
あいにく私に小銭の持ち合わせがなかったので、
そのあめを
2つ差し出した。

すると少年は、お金でないことが分かるなり、
がっくりと頭をもたげ、うつむき肩を落としたまま、
「どうも」とでも言う風に無言で片手を上げ、去っていった。

ここにも他の途上国と同様、
学校にも行けず、日々を生き抜くことに精いっぱいの
子どもたちやその家族がたくさんいる。

せっかく学校に行けても、
その給食に殺虫剤が入れられ
殺されるのもたまらないが。

以前、別の国で物乞いの子どもにお金を渡せないことについて
「ごめんね」と言ったことがあり、
「謝るぐらいならお金ちょうだいよ!」と
投げかけられた視線を思い出した。

間違い探しです。

 


勉強家で娘の教育にも熱心な働き者のうちの大家さんは
ナカラから車で
1時間ほどのモナポという町の出身である。

とうとうモナポに建てていた第
2の家が完成したのだが、
それまではほぼ毎週モナポに通って、工事の進捗の確認やら
資材の運び込みやらで忙しくしていた。

モナポはナカラよりも地方になるからか、野菜や炭などが
安く手に入るので、たまにお土産を買ってきてくれる。
今回はパパイヤと葉っぱつき人参。

よくよく見てみると、葉っぱがない人参もひとまとめにしたかったのか、
大胆にも人参がフランクフルトにようになっているものがあった。
売り子の知恵ですね。木の棒が汚いのが少し気になるけれど。

ということで、写真真ん中の木の棒が刺さっている人参が正解です。


人参のグラッセに。

別に、知り合ったばかりの人とご飯に行くときに、まず、
「エスニック好きそうだよね?」と言われたり、(パクチーとか好きじゃない)
数年来の友人とご飯に行くときに、なぜか、
「エスニック好きなんだよね?」と確認されたり(特に大好物でもない)することが
多いこととは関係なく、最近カレーをスパイスから作っている。

もちろん故郷が恋しくなったわけでもなく、ようは暇ってことなのです。

ナカラでもじゃがいも、人参、玉ねぎは一般的な野菜として手に入るし、
肉は鶏肉のそぼろ缶詰や冷凍鶏肉を使ったり、少し高くなるが
BBQの店で「肉を焼かずにくれ」と言えば、手に入る。

日本にあるカレーのルーはないのだけれど、すでにブレンドされた
カレー粉(ノーマルでわりと辛め)もあるので、最初はそれで作っていた。

インドや中東系の人も多くいるので、スパイスもわりと種類が多く、
ホールから粉末まで手に入るので、ちょっとやってみたところ、
わりと簡単なのに美味しいカレーができるので、色々と試してみたくなったのです。


それぞれ香りも違って楽しい
クローブ(丁子)は正露丸のにおいがする気がする


キーマカレー

先日、モザンビーク島に行った帰りに道端で
カニが売ってあったので、買ってみました。

ナカラではあまり見かけないのだけれど、
モザンビーク島に入る橋のところにはマングローブがあったから、
そういうところで獲れるのかしら。

このカニたち、バナナの葉を編んだ籠にくくられていたのだけれど、
紐を切り解き放ったらタライの中でお互いに威嚇しまくり。





生きたカニを湯がいたことなぞなかったのだが、
意を決して、カニたちを沸騰した湯にドボン。
と同時に、ハサミや脚を自ら切り離すではないか!!
なんじゃこりゃー。と思っているうちに、痙攣し絶命。

あとで調べたところ、カニは敵に襲われたりして
生命の危険を感じると、本能的に自ら脚を切り離し、
その脚を囮にして本体が逃げる習性があるらしい。ほえー。

ちなみに脚が切り離れないように湯がくには、
まず氷水に入れて失神させ、アイスピックのようなもので
内臓を破壊することで瞬時に絶命させてから湯がくといいらしい。ほげー。

生きているものを自ら調理する場面をこちらに来てから
よく目にするので、それらの命をいただいて、
私たちは生き長らえているのだなァと実感する日々です。


ありがたや。甲羅がギザギザ過ぎて、ケガしたけど。


残りは旦那さんによるカニパスタ

ナカラからモザンビーク唯一の世界遺産であるモザンビーク島までは、車で約2時間。

前回は大家さん一家に連れて行ってもらったのだけれど、
今回は我らがチャレンジャーで行くことにチャレンジ。


ナカラの市街地から工場地帯を抜けると、
どこまでも見渡せるアフリカの大地


モザンビーク島が近くなると、塩田が広がる


ヤシの木が南国っぽい


本土と島は3kmの橋(車同士は途中に数か所設置してあるところでのみすれ違い可能)で結ばれている

 

島から少し離れたところに建てられた昔の監獄

 
この日は風が強く、東宝のオープニングのような波しぶき

  

町中は寂れてしまったヨーロッパのたたずまい

 

えび、えび、ロブスター!
今年は例年にない寒さのため、獲れるものも小さくなっているらしい


色々がカプラナで作られていてカラフル、かわいい


レストランでは手作りアクセサリーも売っている!
商業都市ナカラとは違う雰囲気が楽しい


帰り道、ナカラまで何kmなのかはもはや読み取れず

私の朝食はもっぱらコーンフレークです。(旦那さんはご飯)


それはスーパーなマーケットで買います。
少し前から種類が増えて、ケロッグ(
1kg 240MT:約720円)よりも
安いものが出てきたので、今回はそちらにしました。

ポルトガルで作られているコーンフレーク(
1kg 155MT:約465円)。
裏にはご丁寧に
7か国語(ポルトガル語、スペイン語、フランス語、
英語、中国語、アラビア語、日本語)で原材料などが書かれています。


さすがポルトガルで作られているだけあり、日本語に間違いがなくて、つまらない。
東南アジアとかだと超ド級に面白い日本語の書かれた商品がたくさんあったのにな。
でもそれもだんだんと正確になってきていたので、もう面白いものは少ないかもしれない。


つまんないのーっと思いながら、さしかかった最後の一文。
「開封後はバッグのインナーを再びたたんで、箱をきちんと閉めてください。」

あの、これ、そもそも箱に入っていないのですが・・・

うちの住所は「上町XXX地区○○ペンション近くの白い家」であり、
「上町
XXX地区の同僚△△さんちの近所」であったりする。

それぞれ電話と電気の契約のために公的な書類に記載されている住所である。
白い家って近所に他にもあるし、同僚の
△△さんてのはそんなに
有名な人なのか分からないが、とにかくそのように登録されている。

レストランやスーパーなマーケットの領収書にも、
Bairro de Maiaia(マイアイア地区)や
Bairro de Mocone(モコーニ地区)などとしか書かれていない。


Bairro de Maiaiaにあるスーパーなマーケットのレシート


どこか店の場所などを説明する時も、
「下町のあの銀行のところを入っていった先にある教会の近くだよ」とか、
「上町の市場の手前の三叉路を左に行ってすぐのところ」などと言う。

市街地が大きくないので、その説明でだいたい分かってしまうのだけれど、
土地勘がないとさっぱり訳が分からないだろう。
それに誰に聞いてもそれ以上の細かい住所なんて知らないよと言う。

それもそのはず、ここナカラには郵便番地システムがまだないのである。
こんなに毎日コンテナが行き交っていて、ホテルや企業の事務所や
店舗がバンバン建ち、いかにも大好評経済発展中!という感じなのに。

新聞によると、この郵便番地システムの不在はナカラ経済特区に
導入され始めている案内標識等に支障をきたしているらしい。

そりゃあそうだろうよ。


番地が存在しないゆえ、標識に何て書けばいいのか誰も分からないのだから。

ほとんどの公的機関や企業、区画およびその他の観光地等は、
それが位置する地区名や企業名または業務内容、さらには
同地区内に住んでいる(いた)有力者の氏名が割り当てられているという。

例えば、東京都
23区の半分の広さを有するここナカラ・ポルト郡の議会庁舎は、
「マイアイア地区」または「下町」にあると言われているため、
この町をよく知らない人がここにたどり着くには、
この当局を発見するまで地区内を探し回るしかないのである。

なんと、まぁ。

ナカラ経済特区やそれに関わる企業らに与える混乱を減少させるためには、
早急に「住所」を取り決めることだと、議会議長も分かってはいるらしく、
現在その住所の名称案
60選はすでに承認され、閣議審査に送られているという。

ナンプラ州全体を見ても、郵便番地システムが導入されているところは数少なく、
ナンプラ州ではこういった都市情報改善のためのプロジェクトが
フランスからの援助協力により、すでに実施されているらしい。

今のままでも住民には何の不便もないし、
住所が取り決められたとしても、
それが根付くまでにはまた時間がかかるのだろう。

場所の説明ひとつにしても

「え、あの教会の近く?」
「いやいや、モスクの手前だって!」
「あァ、てことは坂を上がったところね?」
「うーん、坂の真ん中あたりかな。そうそう、それでね・・・」

なんていう会話がなくなってしまうのかと思うと、
それはそれで少しさみしい気もするのである。

近所のスーパーなマーケットで買い物をするお客さんは、
外国人やお金持ちの人が多いので、軒先には物乞いや物売りが
いつも待ち構えている。

「セニョーラー!」とやたら威勢の良い少年が声をかけてきて、
振り向いた瞬間に「アンジェラ~!」と呼びかけてきた。

完全に人違いというか、適当に呼びかけているだけらしいのだけれど、
なぜ私がごく少数から以前「アンジェラ」(ロングの黒髪でパーマをかけて、
縁のあるメガネをしていた時)と呼ばれていたことをお見通しなんだ、キミは。
と、一瞬どぎまぎしてしまったではないか。
紛らわしい。


旬のケール(葉キャベツ)はこんなに大きい!


アボカドは同じ大きさ・形は一つもないけど大きくて美味


ライスコロッケ
パン粉がないので衣はシリアルで