イルカのアーチを抜けると、そこは海でした。


太陽と海、
Sol & Marという名のコンドミニアムには
外国人の長期滞在者が多く住んでいる。


目の前がビーチ!という何とも贅沢な立地である。


そこにはレストランと小さなプールが付いている。


あいにくプールは清掃中

プール目当てで来たのに入れなかったので、レストランを冷やかした。


エビのカクテル、美味しかったのだけれど、
キンキンに冷えているのはスプーンだけ。
(エビの方は常温)



イルカは近くで見ると目がマジ


最近、空が美しすぎる

「電気は未来をつくります」

と爽やかに壮大なメッセージを掲げているのは、
モザンビーク電力会社である。

ここでは電気は電力会社の支店まで買いにいかなければならない。
銀行口座から自動引き落としなどという便利なシステムは、ない。

家にはメーターが設置されているが、電力会社の支店で
電気をプリペイドで購入した際にもらう
16桁の番号を
メーターに入力すると、チャージされる仕組みである。

うちでは照明のほかコンロ、水(の汲み上げ)、冷蔵庫、
エアコン、扇風機、テレビ等に電気を要するが、
1,000MT(約3,000円)で約1~2か月ほどもつ。

しかしいつ行っても大行列なため、
電気を買いに行くのは少々億劫である。
うちはお手伝いさんも雇っていないので、自分で行くしかない。
先日、残りの電力も心細くなってきたので、重い腰を上げた。

まずは、旦那さんの送り迎えの前後に上町と
市役所の中の支店をちょっと覗き、
30分ずつ並んでみた。

なぜかどの支店も広いスペースが確保されているのにも
かかわらず、機械が
1台と職員が1人ずつしかいないのだ。
すでに
1015人ほどの先客がいて、30分では1歩しか前に進めない。
これではダメだと諦め、15時半から開店する
下町の支店に買えるまで並ぼうと決心した。

15
33分、開店直後なのにもかかわらず、
すでに
20人ほどの人が並んでいた。
もちろん全員モザンビーク人である。
私はこの
1年間、外国人がこの列に並んでいるのを1度も見たことがない。


イメージ、こんな感じ


電気を買いに来るのはおつかいの子どもも多く、
並んでいる人の約半数が子どもや青少年である。
みんなの視線を一斉に浴び、
「シーナ!シーナ(
China、中国という意味)」という声にも
もはや聞く耳は持たず(もう慣れっこだ)に、
そそくさと最後尾につける。

この国ではカネと権力がモノをいう。

軍人さん、お金持ちは列に並ばずに、堂々とかつ偉そうに
簡単に支店内に入り、順番も待たずに電気を買っていく。
そしてカネも権力も持たない者たちは、見て見ぬふりをする。

そのような状況の中、並ぶのがバカバカしいと思うのも
当然であるので、少し悪知恵の働く人でそれを悪行と思わぬ輩たちは、
横入りをしたり、順番が直前の人たちに
「これオレの分やってきてくれよ」などと持ちかける。

やはりここでもカネと権力がモノをいうため、
貧しい人たちは自分たちより少しお金を持っていそうな人には
そう逆らわない。となると、列はもう全然進まないのである。

ただここで面白いのは、例えば横入りしようとする輩が
同じぐらいの環境にいる者、または自分よりも貧しそうだと
判断すると、断固としてそのズルを受け入れず、
列の前後の者たちが一丸となって阻止するのであった。

今回、私の直前でもそのようなことになり、
私を含めた前後の人たちはお互いに前の人にピタッとはりつき、
前の人の肩に手を置き、これ以上ない連帯感を見せた。
そして皆で一丸となり横入りを阻止した時には、
何とも言えない達成感を感じた。

そんなこんなで私は並び続けた。

ようやくあと
2人となった時に、腕をトントンとされた。

おじさん:「やぁ、セニョーラ」

わたし:「どうも、こんにちは」

おじさん:「これ
50MTだけだからやってきてくれないか?」

わたし:「(知ったことか!)…他の人に頼んでください」

おじさん:「え、他に人に?(鼻で笑う)」

わたし:「そう、他の人にっ(鼻息荒く)」

おじさんは私に頼むのを諦めた。
数分後・・・

男子高校生:「こんにちは、おばさん」

わたし:「(オバッ!?)こんにちは」

男子高校生:「これ、一緒にやってきてよ」

わたし:「やりません」

男子高校生:「50MTだけだからさ、やってきてくれよ~」

わたし:「や・り・ま・せ・ん!」

男子高校生:「ごにょごにょごにょ(何か文句みたいなこと)」

わたし:「・・・(無視)」

その後、私は無事に支店内に入り、電気を買うことが出来た。
すでに
17時半をまわっていた。

町中の路地でわざわざ車を停めて、偉そうに
「今はここは一方通行だから通行許可証がないなら罰金だ」
なんだと喚き、暇つぶしに小遣いを稼ぐ警察官といい、
2時間も並ばないと電気が買えないことといい、
何か改善すべきことがあるような気がしてならない。

日本のどこかの温泉宿の中古車が、塗装はそのままに、
建設会社の送迎バスとして、活躍しています。


ピンボケすぎた


しかもなぜか、そのバスの後ろのガラスには目隠しとして
布か紙のようなものが張ってあるのですが、そこには漢字
(毛筆)で「自由」「夢」「万歳」と書かれていました。

なんのメッセージだろう。


意外とこの1年使わなかった上新粉
賞味期限が1年ほど切れていました

ある晴れた昼下がり 市場へ続く道
荷馬車がゴトゴト子
を乗せてゆく
可愛い子牛 売られてゆくよ
悲しそうな瞳で見ているよ
ドナドナドナドーナ 子牛を乗せて
ドナドナドナドーナ 荷馬車が揺れる

という光景に、出勤途中にであった。


ただ、彼らは子牛ではなく子山羊であり、
荷馬車ではなくトラックであった。

ちなみに「悲しそうな瞳」までは確認できなかったが、
それぞれが紐でくくられていたので、どの子山羊も
カーブなどで揺れると落ちまいと踏ん張っているようであった。

実は日本語訳されているこの歌詞は元のイディッシュ語
(東方ユダヤの言葉)のものの一部であり、実際には
タイトルは「仔牛」で、
4番まであるらしい。
日本語訳されていない部分は以下の通りで、

哀れな仔牛を人は縛ることができる
そして連れてゆき屠殺することも
翼を持つものなら空高く飛んでゆく
そして誰の奴隷にもなりはしない

作者とされているイツハク・カツェネルソンは
1886年生まれ、
ポーランドのユダヤ人学校で教師をする傍ら、多くの歌や
戯曲を書き、ユダヤ人の闘争団体とも密接な関係にあったそう。

1942
年に妻と二人の息子がアウシュビッツへ強制移住させられ、
彼はその印象をこの歌に託したが、その後自身も強制移住させられ、
妻子と同様に
44年にアウシュビッツで死亡したとのこと。

この歌はユダヤ人に対する民族虐殺を歌ったユダヤ人の歌に他ならない。
世界の民謡には様々な背景があるんだなァと思った、ある晴れた昼下がり。


ソーサーが足りず、臨機応変に皿で対応

お兄さん:「やぁ、元気かい?」

わたし:「わぁ、こんにちは、元気よ。ありがとう、あなたは?」

お兄さん:「元気だよ。僕のこと覚えてる?」

わたし:「ええ、もちろん覚えてるわ」

と、顔見知りの人と他所で会ったとき、ここまでの会話は
予測ができるし、今回もすらすらと会話ができた。次の瞬間、

お兄さん:「本当に覚えてる?どこで会った?」

なッ!んと。

わたし:「・・・ク、クラシカでしょう?(たぶん・・・)」

お兄さん:「おぉ、覚えてるねえ」

わたし:「だから覚えてるって言ったじゃない!(よかったぁ間違えないで)」

この町には日本人が他にいないし、アジア人の数もそう多くはないので、
向こうは私のことを覚えるのは容易いのである。
が、私は色んなところで出会う人をそんなに上手に覚えることができない。

男性の
9割以上は坊主だし、多くの女性が付け毛だからである。
女性で付け毛をする人たちは髪が縮れていて、長く伸びない。
縮れ具合は人によるが、そのままだとパンチパーマのようになる。

ロングヘアに憧れるお洒落な女性たちは数週間ごとに
色々なタイプの付け毛を付けるので、髪型がガラッと変わってしまうのである。
かと思えば、付け毛をしていない時期もあるので、
いきなりパンチパーマになったりする。だから、覚えられない。


男子、皆坊主。


大家さんの奥さんは付け毛、
お手伝いさんはパンチ。

うちの車庫には車が2台入る。

そこには我らがチャレンジャーと、大家さんの現在は
使っていない(動かない)ピックアップトラックが入っている。

いつものようにチャレンジャーを出そうと車庫を開けると、
大家さんのピックアップトラックのドア下から、
シートのクッション材が細かくなって大量に落ちていた。

こんなことをするのは、奴らしかいない。
そう、ネズミの皆さんである。

どうやら彼らは大家さんのピックアップトラックの
シートに新居を構えたらしい。
雨風はしのげるし、車内ゆえ外敵からも身が守れる。
何より世界の
TOYOTAである。
相当な優良物件だったに違いない。

が、もちろん私は即刻大家さんに告げ口をした。
「これ、たぶんネズミだと思うんですけど」と。

大家さんも「これはネズミだ、すぐ対処するよ」
ということになり、その日のうちに毒入りのご馳走
(半分に切ったトマト
3個の上に彼らを死に追いやる
エサのトッピング)を用意。

翌朝いつものようにチャレンジャーを出そうと車庫を開けると、
そこにはうつ伏せになったネズミが
1匹、息絶えていた。

優良物件の代償は大きかった。




こちら、お口直しに
海から見たナカラの岬

Estais bonita!

と、最近よく言われる(気がする)。

Estais
は英語でいうところのbe
(ポルトガル語でいうところのEstar)動詞で、
BonitoBonita)は辞書には形容詞:
①きれいな、かわいい、美しい
②よい、有利な
③品のある、気高い
④すばらしい、すぐれた

名詞:
①きれい(立派)な物、気高い行為
②鰹
とある。

最初の文章の意味は「あなた素敵ね」とかいうことになる。
こちらの人は恥じらうことなく、まっすぐに人を褒める。
というか、すべての感情がまっすぐに出るような感じがする。

その後はだいたい「ありがとう。あなたも素敵よ!」
と返すことが多いので、その場が和んで気持ちよくバイバイとなる。

何の用がなくとも
1日中おしゃべりしていられる人たちだけあって、
会話が上手なのである。

道端ですれ違う時や、咄嗟の時にスマートな会話ができるのは、
とっても素敵だと思う。見習いたいなァと思うところである。


今日の夕暮れ(先はナカラ港)

ナカラに来て、1年が過ぎた。

モザンビーク島にも
2回しか行っておらず、
しかも見どころである要塞には入っていない。
が、ようやくレジャーっぽいことをした、先週末。

州都ナンプラに住んでいる日本人
の方々がナカラまで
遊びにいらしたところに誘っていただきましたのです。やたー。
ということで、晴れて、ダイビングをした。


ビーチとボートダイブ
2本。
集合は岬のお店(ロッジとレストラン、アクティビティーも
たくさんある
Kwalala lodge)に朝7時・・・は、早い・・・
いつも
7時半ごろに起きる私には少し早かった。

そして遅刻してはいけないという思いが強すぎたのか、
遅刻する夢を見て、飛び起きました、午前
5時・・・

2年ぶりのダイビングだったが、前日まで少し天気が悪かったので、
透明度が
10mか場所によっては5m?ほどで、あまりよくなかった。
でも、ロッジの前は漁ができないように保護されていたり、
車が沈められていたり、そこにすごく大きなロブスターがいたりと、満足でしたー。

もっと穏やかな晴れが続いていれば、透明度もどーんとよかったはず。
でも久しぶりの水中はやっぱり気持ちがよかった。
私は沖縄でしか潜ったことがないのだが、
同じような魚もたくさんいて、楽しかったー。
何より湾なので、波があまりなく、のーんびり潜れた。

また行きたいなァ。

この場を借りて、遊んでくれた皆さま、ありがとうございましたっ


ご馳走になったカツオの刺身が美味し過ぎて
翌日、ビーチで買って帰った
(左のがカツオ、右の2尾はマグロ)


カマでダシとって、ラーメンスープにしたよ

少し前にオープンしたPICOLÉという軽食処に行ってみた。


いつも前を通る度に、入ってみたいな~と覗いていたのだが、
ここはなぜか外国人が多い。

隣は酒場のようで、昼間から飲んで顔を赤らめた
腹回り
1mほどの西洋人が何人かいた。
ここでは飲酒運転の取り締まりがあまりないので、
その後彼らは車で去っていった。
車のドリンクホルダーにビール瓶が入っていることもあるぐらいである。

ちなみに
PICOLÉとはポルトガル語でアイスキャンディーのことで、
看板にも「
SORVETTARIA – PIZZARIA - LANCHONETE
(アイスクリーム店・ピザ店・軽食処)」と書かれている。


-RIA」が付くと、「~の店」という意味になる。
例えば、文房具屋は
PAPELARIAだし、クリーニング屋はLAVANDARIAになる。
ちなみにPAPELは紙という意味で、洗うという動詞はLAVARである。
こうやって使いながら覚えていくと、語学って楽しいなァ。

いっつも家庭教師の
Lurdes先生には「それ前も教えたじゃない」って言われてるけど。


中から見たPICOLÉ


甘すぎたパッションフルーツタルト


これは夕飯。
ハイパーなマーケットのおかげで
豚が手に入るようになったので、豚の角煮

昼休みの軽食処で、同僚が来る数分の間にウィスキーをダブルで注文し、
同僚にバレないようにあたかもコーラを注文したように見せかけているおじさんがいた。


でもそれ、グラスの形状と呼気でバレるだろ。