「寿司」と言われれば、まず「にぎり」を思い浮かべる。
少なくとも私と旦那さんはそうである。
しかし海外で見られる「寿司」というものは、
しばしば「巻き物」のことを指すらしい。
そして多くの手軽に食べられる「寿司」を売りにしている
店の店主は、日本人ではない場合が多いことも分かった。
ナカラでは日本料理屋はもちろんのこと、中華料理屋もまだ存在しない。
中国の人口が世界の約20%を占めようとしているこの時代において
なお、ナカラには中華料理屋が存在しないのである。
豆腐も納豆もしばらく口にしていない。
というわけで、行く先々で私たちがまず探すのが寿司屋である。
ガイドブックに掲載されている情報を頼りに、
電車を乗り継ぎ行ったものの閉店していたり、
思わぬタイミングでそれらにお目にかかれたりと
寿司屋との出会いはまさに一期一会であるから、
町を歩いている時も我々の寿司センサーは常にオンであった。

乗り換えのヨハネスブルグの空港に次いで、
リスボンの少し郊外のショッピングセンター内で見つけた「KIROSUSHI」
名前の通り、寿司の量り売りである。
ネタはメインのにぎりがサーモン、あとはアボカドとか。

クリームチーズに苺を乗せ、サーモンで巻いたところに
苺ソースをかけてある到底寿司とは認識しづらい一品

リスボンの中心部で約20年も日本料理屋を営んでいる
本格的な(日本の方がやっている)お店の絶品刺身と鉄火丼

ビュッフェ(持ち帰りは詰め放題)だからか、
シャリがやたらと大きかったが、中華が美味しかった
「うとん」もあります

ケープタウンではスーパーのお総菜コーナーに寿司あり。
ここもサーモンとアボカド
(巻き簾で手際よく作業していたのは中国の方)だけれど、
ワンパック500円ほどとお得♪

このスーパーでは「自宅で簡単寿司セット」も
300円ほどで販売されていた
北部ポルトを旅行し、モザンビークに戻る前に南アフリカの
ケープタウンに寄って約2週間の休暇から帰ってきた。
今回の旅行は、出発前の水道破壊事件から始まり、
ケープタウンでの飛行機乗り遅れ事件で幕を閉じた、
踏んだり蹴ったりの旅行であった。
ケープタウンからヨハネスブルグまでのフライトが
早朝しか空いておらず、2週間の疲れが出てしまったのか、
離陸時間(朝7時)を過ぎてから、ホテルのベッドで目が覚めた。
なんということか。
結局次の日のさらに早い便(朝6時)でモザンビークに戻ることになった。

ポルトガルの詩人Luís Vaz de Camõesの
叙事詩『Os Lusíadas』の一節
「Onde a terra acaba e o
mar começa
(ここに地終わり海始まる)」が刻まれている石碑
アフリカ大陸の最南端とよく言われる喜望峰
実際にはここから東南東に150kmのところにある
アラガス岬がアフリカ大陸の最南端
今回は州都ナンプラから約3時間ほどかけて南アフリカのヨハネスブルクに飛び、
そこから約9時間ほどかけてなぜかドバイに行き、
約4時間もうひと踏ん張りしてようやくポルトガルの首都リスボンに到着した。

ナンプラの空港に向かう途中では、特産のカシューナッツを買い食いし、

ヨハネスブルクの空港では、ナカラではお目にかかれない
細巻きとハーゲンダッツを堪能、

リスボンに到着早々これまたモザンビークではお目にかかれない
マクドナルドに駆け込んで、懐かしの味に舌鼓をうったのである。
結局ナカラに居ても、旅行に出ても、食べることが娯楽になっている。

レストランの裏口で静かに何かを待つ、ねこさん
いつもは起こり得ないハプニングが起きてしまうことがある。
そう、例えば旅行に行く出発時間5分前に水道の蛇口が取れて、水が止まらないとか。

いつも蛇口の閉めが甘いことを私にチクチク言われていた旦那さんは、
旅行前だからということでいつもより念入りに蛇口を閉めた。
「もぎゅ」
旦那さんはその時の感覚をこう表現した。
その後、旦那さんと私の目の前でその蛇口がもがれ、水が止まらなくなった。
水道菅から家の地下に埋まっている貯水槽(直径3m深さ5mほど)からモーターで汲み上げた水は、
一旦うちの屋根にある750リットルのタンクを経由して水道から出る仕組みである。
ちなみに屋根上のタンクには中に浮きが付いており、
タンク内の水が減ると自動的にモーターが働くことになっている。
蛇口という抑止力を失った水は、まさに滝のように壁の穴から濁流となってシンクに注いだ。
唖然と凍りつく旦那さんがポツンと呟く。
「あり得ない…どうしよう…」
どうしようではない、どうにかせねば!とモーターがある中庭にダッシュする私。
水が勢いよく減っているので、モーターが盛んに動いている。
稼働中だからなのか、電源ボタンは効かない。
こうなったら元を落とすしかないので、家の中でアワアワしていた旦那さんに叫ぶ。
「元の電源落として!!」
と同時に大家さんのお手伝いさんを呼び、他の作業に来ていた
お手伝いさんの旦那さんに貯水槽からタンクへのバルブを閉めてもらった。
それでもなお、屋根上のタンク内にある水は勢いを失わずにシンクに注がれていた。
うちは築20年近く、あちこちにガタが来ているのでシンクの下の菅が水圧に勝てないので
(ボウル一杯の水を流すだけで水が菅から噴き出す)、
このままでは菅が破損してしまう。
そこでバケツでその水を受け、外に出すことにした。
しかしその量、1.5リットルペットボトル500本分ともなるときりがない。
飛行機の時間に合わせてタクシーを呼んでいたので、タクシーを待たせたまま
バケツリレーをするが、40分経っても水の勢いは止まらない。

仕方なく留守中の大家さんの奥さんに事情を話し、
残りの作業はお手伝いさん夫妻にお願いし、家をあとにした。
その後、水が止まったと連絡がついたのは南アフリカのヨハネスブルク空港でのこと。
まったく、なんてこったい。な朝であった。

その後予定通りにポルトガルは首都リスボンに到着した。

布を利用した、リメイクサンダルに味をしめたので、
他にも色々作ってみた。
なかなか周りの評判がよく、頼まれて作ったりしている。
大家さんの旦那さんが昨年末に亡くなってからというもの、
奥さんが家で特にやることもなくふさぎ込んでいた。
一緒に製作にあたってからは、外に出る機会も増え、溌剌さを取り戻している。
私はいずれここを離れる身なので、作り方やデザイン考案、
パソコンを使ったちょっとした会計や在庫管理などを
大家さんの奥さんと一緒にやっている。
ゆくゆくはすべてを奥さんが主導で出来るようにして、
小さいお店ができたらいいねなどと話している。
急成長真っ只中のナカラでは、可能性は無限大!
片道一車線の道路なのに、少しの渋滞を待ちきれず
追い越そうとして反対車線に出る車(主に乗り合いバス)、
その後に次から次へと続く待ちきれない人たちの車。
結果、反対から来た車と鉢合わせた時には、
お互いに何台も連なっているから、身動き取れず。
結局、20cmぐらい段差のある歩道を使って、その場で無理矢理Uターン。
渋滞を待ちきれない人たちが引き起こす、たちの悪い渋滞。
彼らはその原因が自分たちの行動によると気がついているのだろうか。
港や経済特区を中心に海外からも続々と投資や支援関係で
人が増えるということは、滞在者向けに新しい家やホテルが
建ち始め、外国人も満足できるようなレストランが増え、
快適な生活のために食材など様々な物が町に溢れだすということでもある。
例えば、鉄道の線路改修を中国企業が受注したので、
中国人が増え、ネギや白菜、オイスターソースなどの
中華食材も少しずつではあるが手に入るようになるだとか。
例えば、港や様々な建設関係の仕事のためにブラジル人が増えると、
シュラスコ(ブラジル風BBQ)らしきものが食べられるレストランができるだとか。
新聞によると、このナカラが位置するナンプラ州は2005年から
現在までの約10年間で約9,100件の投資プロジェクトを承認し、
それにより約7万の新規雇用が創出されたらしい。
そのうちの約3分の1がナカラ経済特区により承認されたものであり、
金額でみると投資総額約3兆円のうち約1,900億円にものぼる。
これらにおける税金徴収額については、
2005年の約30億円から2013年には約210億円に増えており、
特に直近の5年間において著しく増加している。
さらにこれに対応するための行政側ではより多くの部局が
設置されたことなどによる、2013年の組織運営経費は
2005年に比べて5倍以上もかかっているという。
ナンプラ州内の商業エリアでは、約4,000件の新規案件が認可され、
325件のホテル分野における関連施設が開業した。
この急速な発展がどこまで続くのかは分からないが、
かつて大航海時代にはインド洋のイスラム商人交易で繁栄を期し、
その後はポルトガル領東アフリカ(※)として歴史的にも
最も古く、さらに他の東アフリカ諸国のどこよりも長く
(1975年まで)植民地とされていた当地のこれからが
ぜひモザンビーク人にとって明るいものであって欲しいと願ってやまない。
※
ポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク:1975年独立)
イギリス領東アフリカ(イギリス領ケニアを経て、現ケニア:1963年独立)
ドイツ領東アフリカ(現タンザニア:1961年、ルワンダ、ブルンジ:1962年独立)
イタリア領東アフリカ(現エチオピア:1941年アフリカ最古の独立国として独立、エリトリア:エチオピア帝国として独立後1991年にエチオピアから分離、ソマリア:1960年独立)
5月13日付けNotícias紙:http://goo.gl/Q6sz0B
犯罪にも様々あるけれども、こちらで日常的に横行しているのが
スリ、置き引き、ひったくり、車上荒らしなどである。
例えば、
スーパーマーケットなどの前で携帯でメールを打っていた
→その携帯をひったくられる
例えば、
町中を携帯を手に歩いていた
→腕をガラスで殴打され、携帯をひったくられる
例えば、
窓を半分開けた状態の停車中の車の助手席に座って携帯でメールをしていた
→車の外から携帯をひったくられる
例えば、
ショルダーバックを下げて歩いていた
→かばんをひったくろうとして肩紐部分をひっぱられ、
そのまま持ち主ごと引きずられる
例えば、
手ぶらで商店街を歩いていた
→すれ違いざまにわざと同じ方向に移動し通せん坊をしている間に、
もう一人が後ろポッケから携帯を抜き取る
例えば、
道を歩いていた
→いきなり腕をつかまれて何かを話しかけ気を引いている間に、
もう一人が肩に下げていたかばんから財布を抜き取る
例えば、
パン屋の前にほんの数分車を停めていた
→車のサイドミラーを盗まれる
例えば、
車の後部座席にパソコンを置いていた
→窓ガラスを割られてパソコンを盗まれる
例えば、
人通りの多い商店街に停めていた車に乗ろうとオートロックキーでロックを解除した
→助手席の下に隠れていた人がそろりとドアを開け、
中にあったipodをひったくり逃走
→新たな泥棒が現れ最初の泥棒を突き飛ばし、
さらにそのipodを再度ひったくり逃走
などなど挙げればきりがない。
これらはすべて私がナカラに暮らしている
この1年半に見聞きした実際の犯行状況の一部である。
何も被害は外国人だけには留まらず、
モザンビーク人でも同様に被害に遭う。
家に泥棒に入られたりも勿論する。
かくゆう私も身から出た錆で先日被害に遭ってしまったのである。
慣れてきたころが一番危険というのは誠であった。
いかなる出来心も起こさせないようさらに身を引き締めて、
生活していかなければならない!
ちなみに盗品は後日、その辺の露店で取引されている場合が多いので、
盗まれたものを露店で発見して取り戻したなどというツワモノもいる。





























