ノンキャリ経営コンサルタント          のひとり言 -13ページ目

ノンキャリ経営コンサルタント          のひとり言

25歳という遅さで大学卒業。銀行本部の審査・与信管理部長、種々の業種の経営コンサル、老舗旅館への代取出向、ファンド投資先の代取や顧問等々、ノンキャリだからこその数多くの現場経験を基にして、思った事を勝手につぶやきます。

ツイッターでフォローしているのですが、「学生@地域活性化  @tiiki_kasseika 」さんのつぶやきで、

地域活性化をするにあたり、悩んで上手くいかない人もいれば、上手くいってる人もいます。その差はおそらく「楽しんでやっているかどうか」ですという、言葉がありました。

本当にそうだと思います。

地域の活性化には、このような若者たちが、絶対に必要だと思います。

行政が、偉い有識者の先生たちを呼んできて、「地域活性化協議会」とか「街づくり戦略検討会」とか、作って議論をして居るのを見ても、これはこれで必要なのでしょうが、なかなか有効で具体的な施策は見つかっていないのが、現状です。

殆どが、総花的な総論で終わっているようです。

やたらと行動力・実行力のある若い方たち(馬鹿にしているのではありません)が、おじさんや、おばさん、行政を、強引に引っ張っていく事が必要かも知れません。

大人たちは、怖がりです。地位や名誉、利権が複雑に絡みます。

全部が上手く行く事はありません。

でも、しゃにむに突っ込んでいく行動力がうらやましい限りです。

私も学生の頃は、抑えるのが難しい程、体からパワーがみなぎっていました。

何処に置いてきてしまったのでしょうか?

今週は、知人から、ある地方の町の活性化を考えてくれと言われていて、悩んでいる所なので、特に思うのかも知れません。

脱原発は当たり前の事だと思います。

最近、誰も、発電コストの事を言わなくなりましたね。

原発のコストが、とんでもなく高くなることが自分達でも判ったからですね。

それとも、さすがに理由がつかなくなったからでしょうか。


一度、原発のコストが安いといっていた方たちを集めて総括をすべきだと思いますが、きっとほとぼりが冷めるまで出てこないのでしょうね。


しかし、本当は、コストの問題ではないですよね。

何世代にも亘って、故郷が無くなってしまうのです。

安全だと言っていた方たちは、どのように答えていらっしゃるのでしょうか?

除染が出来て、数値が下がったと言われて、皆さん帰って以前の生活に戻れるのでしょうか?

少子高齢化の日本で、老人はともかく、若い夫婦や、子供さんがいる家庭は、戻らないでしょうし、その地域、コミュニティをどのように形成するのでしょうか?

グランドプランも、私の知る限り無いと思います。


そもそも今回の事故は、「人災です。」

「想定外」という言葉では、逃げられません。

1,000年に一度?だから良いのですか?

核の恐ろしさを体感しているはずの、被爆国である日本。

『トイレの無いマンション』といわれ、『安全神話の構築』に努めた、電力会社、原子力村の人たちに問いたいです。

「コストが安いから原発が必要ですか?」、「安全性が確保できたら再稼動すべきですか?」「経済発展を阻害するから、原発が必要なのですか?」、「核のゴミは、責任を持って処理出来ますか?」


最後に、福島原発の劣悪な環境の中で、使命感を持って働いていらっしゃる方々の本音の声を、是非伺いたいと思っています。

「皆さんは、原子力発電は続けるべきだと思いますか?」


「地域経済の活性化」、「シャッター街を無くすには?」

最近、ちょっと頼まれていて、この問題に、少し取組まなければならないかもしれません。

私は、仕事柄、地方に出張することが多いのですが、日本中何処へ言っても、シャッター街と老人ばかり目につきます。後は「おばちゃん達」。

各地銀本部の企業支援室の方と話すと、銀行としても、この問題に頭を痛めているようです。

景気が良いのは、皮肉にも大震災のあった仙台市位でしょうか。

元々、駅前商店街から、幹線道路沿いの大規模店舗(イオンなどの大手スーパー)に顧客が流れたのが原因ですが、高齢化がさらに進んで、車でスーパーまで行くこともままならなくなり、結局、駅前ならバスの路線があるため、駅にお客が戻りつつある。という例もありました。

そこでは、駅前のつぶれた4階建ての立体駐車場もついたスーパーが、老人たち(住民)の要望で、3セク方式で運営をはじめ、老人向けに商品を特化して採算を取っており、2階には老人クラブがあって、皆さん談笑していたりして、コミュニケーションの場所になっています。


都会ですと、コンビニが老人には便利なお店となって来ているのでないでしょうか?

『歩いて近いところ』がポイントでしょうか。


でも、地方の地域活性化という意味では、老人対策だけでは、活性化は望めません。

やはり、若者が集まれる、差別化出来る地域を作る案も必要です。

「うむ~。難しい!」





私が、いつも散歩している近所の公園に、もう1ヶ月間以上咲いている桜のような木があったので、近づいてみると【十月桜】との表記がありました。

家に帰り、いつものように Wikipediaで調べてみると、

【十月桜】

バラ目 バラ科 サクラ属 植物 の園芸品種。毎年、年に二度開花する。エドヒガン の系列コヒガン の雑種とされている。

花が4月上旬頃と10月頃の年2回開花する。花は十数枚で、花弁の縁が薄く紅色になる。また萼筒が紅色でつぼ型である。春は開花期に新芽も見られる。また、春のほうが花は大きい。樹高は5m程。

と書いてありました。

満開だということは無いのですが、ずっと咲いていて、良いものですね。

montasanのブログ-十月桜

「食材偽装」続いていますね。

毎日新聞 11月5日(火)7時0分配信によると、

奈良市の旅館「奈良万葉若草の宿三笠」がメニュー表示と異なる食材を使っていた問題で、旅館を経営する近鉄の子会社「近鉄旅館システムズ」(奈良市)の北田宣之(のりゆき)社長が、「偽装ではない」としていた当初の見解を撤回し、事実上の偽装だったと認める方針を固めたことが分かった。北田社長は週内に記者会見する方向で調整しているが、当初、調査が不十分なまま「お粗末なミス」としたことに批判が高まりそうだ。
との事。

やっぱり、最初の対応が大事だと、改めて感じました。

やはり、一番は、経営者の認識の甘さ。二番目は、専門家である調理長の認識の甘さ。

経営者の経営感覚がキチンとしていれば、こういうことは起こりえません。

また、現場の調理長は、健康問題に関しては、基本的には、異常なくらい神経を使います。

今回の件も、アレルギーがあると、事前に申告があれば肉を変えていたということですが、勿論このような事はありえません。結局、経営者の認識の甘さが、現場にも影響してしまった結果なのでしょう。


他の施設の経営者は、直ちに自分の施設について調査し、必要な対応を行わなければならないと思います。


10月に、「禁煙・分煙・喫煙権・嫌煙権についての頭の整理」と題してコメントしました。

私のホームページでは、主に旅館の経営者の方向けに書いているのですが、

そこでは、少し文言を変えて、ブログにつぶやいています。

こんな感じです。


健康増進法(平成14年8月2日法律第103号)第25条で、多数の者が利用する施設の管理者に対し、受動喫煙 を防止するために必要な措置を講ずるよう求めています。

法律が出来てから、もうすでに10年経っています。

世の中、嫌煙権はますます強くなり、禁煙や分煙化も進んでいます。

皆さんの施設はいかがでしょうか?分煙化は進んでいますか?

なんとなくポーズだけの分煙化では、取り返しのつかないことになります。

と書きました。

分煙化は、絶対に避けられません!

ある県の飲食店や旅館が加盟する組合が、国の行政に対して、お金が掛かるから分煙化は出来ない人たちがいて、店がつぶれてしまう。

だから反対だ。皆の意見書を集めたい。と言って、反対の内容の意見書の書き込み例が、添付されていました。

私は、思わず怒りがこみ上げ、以下の意見書の下書きを書いて、お手伝いしている旅館にお渡ししました。


【分煙化促進賛成理由】

世界的にも、日本においても、受動喫煙防止に対する意識は浸透しつつあり、この流れを避けられるものではないと考えます。

東京はもとより、大都市圏では、分煙化は既に相当進んでおります。

○○県だけがこれに反対し取り残されることになれば、他県からの観光客誘致にも影響を及ぼし、ひいてはお客様の○○県に対するイメージも悪くなる事は必定です。

その結果、観光客の減少につながり、経営や生活が脅かされる結果となる事は必然であると考えます。

現状直ちに施設内を全面禁煙とするわけでないのですから(将来的には全面禁煙)、

現状でも大都市圏と比べ遅れている受動喫煙防止対策(分煙化)を、出来る事から積極的に進める事が他県と差別化する為にも必要と考えます。


何年か前、北陸の旅館のお手伝いをした時の話です。

真っ先に行ったことが、エレベータ前に設置してあった、灰皿(良くある筒状の70センチ位の高さの)の全面撤去の提案でした。

旅館側いわく「これは無理です。絶対に、お客様から苦情が来て大変です。この温泉場は関西からと、地元の宴会客がメインなのですから」。

とりあえずやってみましょうと何とかお願いして、撤去してみると、クレームは一切なし。

火災のリスク低減と清潔感、それに何よりも受動喫煙防止に大いに寄与しました。

ちなみに、その旅館は、当時「赤ちゃんプラン」を推し進めていたのですよ。

その後、東北地方の旅館でも数件の旅館のお手伝いもさせていただきましたが、全て同じ対応で、「クレームが出る」と反発され、やってみると「良かった。やっぱり当然の事だね。」という反応でした。

皆さん方の施設はいかがですか?

私のお手伝いする施設は、全て資金力が無い施設です。

ですから、お金が無いという事は理由になりません。無いなら、無いなりに、出来ることからやるのです。

勿論、事務所内禁煙や、従業員食堂禁煙は当たり前です。(経営者の方で、自分だけは無理だから喫煙を許してくれ。といわれた方が居ましたが、勿論ダメです。)

お金が無ければ、皆の智恵と汗を使いましょう!


本当に、地方の中には、考え方がまだまだ遅れているところもあるのです。

「喫煙を休んでいる」私が言うからこそ、説得力があると思います。

最近、特に夜タバコが吸いたい欲求が出てきています。


ちなみに、4年かけて喫煙ルームをコツコツとつくり、今回、全席禁煙に打って出たロイヤルホストさん、良いんじゃないですか?

ロイヤルホスト:全店舗で全席禁煙に毎日新聞 2013年11月01日 17時47分

 ロイヤルホールディングスは1日、各地に展開しているファミリーレストラン「ロイヤルホスト 」の228店舗すべてで、客席を全席禁煙にすると発表した。

 同社によると、大手の洋食ファミレスで全店舗・全席禁煙とするのは初めて。「子どもが来店することも多く、受動喫煙を防止する必要があると考えた」としている。

 このうち198店舗には、既に独立した喫煙ルームを設置して完全分煙化している。2009年以降、改装時に喫煙ルームをつくるなどし、受動喫煙の防止に取り組んできたという。(共同)

2004東京都心レストラン・カフェ禁煙席ガイド―タバコ副流煙〈2〉/中央公論事業出版
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禁煙バトルロワイヤル (集英社新書 463I)/集英社
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東北楽天ゴールデンイーグルス日本一おめでとうございます!


東北の皆さんもお喜びでしょう。


しかし、私が監督なら、田中投手は出せなかったと思います。

やはり、星野監督だからでしょうか?


まぁ結果は、最高に良かったので、とにかく、まずは、


『おめでとうございます!』。

私にも、好きな国と嫌いな国はあります。

でも、何時も思うのですが、何か事件が起こる度に、お互いの一部の国民が、けなしあう事に「イヤだなぁ」と思います。

勿論、私自身、中華人民共和国や大韓民国で、日本の国旗が燃やされたり、「反日教育」や「慰安婦問題」に関する、それぞれの国の国民が、エキセントリックに反発する姿を見るにつけ非常に、「嫌な気持ちになります。」。

私は、自分が生まれ育った国を好きでいたいですし、色々嫌なところもありますが、まぁ好きです。

外国の方も、考え方は、同じなのではないでしょうか?

自分の家族は好きでいたいが、家族の中では、色々問題はあるけれど、他人に言われると、腹が立ち反発する。

この気持ちは、多分どの国でも一緒ですよね。

こう言うと、でもあのような言動は~・・・。とか出てくるのですが、その「判断基準」や「価値観」がそもそも違っているので、仕方が無いのかなと思っています。

私は、10数カ国しか、行った事はありませんが、「文化」や、「価値観」の違いに驚かされ、興味を持ちます。

日本で言う「手招き」は、まったく逆の「あっちへ行け」という意味を示す事を、どっちが正しいかと言う訳にはいきません。

立てひざで、スプーンで、日本で言うところの「犬食い」(器を持って食べることは下品)が、良いとされている国もあります。

台湾の国の団体が、日本に来て、旅館の宴会場で、席についた人から、勝手に食べ始めることが、常識だという事にも、言いたくなります。

アメリカの銃規制の問題も、開拓時代から、110番して5分で警察が駆けつけてくれず、自分の身は自分で守るしかなかった歴史が、背景になっていますよね。(CDC(アメリカ疾病予防管理センター)がアンケート形式で調べた州別の銃器を所有している家庭の割合を見ると、都市型の州では銃の所有率が低く、人口密度が低い過疎の州ほど所有率が高い法則があるようです。)

中華人民共和国では、漢民族 と55の「少数民族 が居て、民族村等に行って見ると、本来、全く違う民族を一つの党が、国としてまとめています。

朝鮮半島も、未だに休戦状態の同じ言語を持つ、2つの国家が、全く違う価値観で存在しています。

私は、決して馬鹿にして申上げるつもりではありませんが、漢民族は、昔から完全に統一されたことは無く、また、日本や中国等から侵略されたりして、苦労してきた国であるが故に、ぬるま湯の中であった日本人の私から見れば、多少権利意識が強かったり、勝たなければダメだと思う人の割合が多いような気がします。

私は、中華人民共和国の方も、大韓民国の方も、アメリカ、ロシアの方たちとの交流も、何人かありましたが、私の思う事は、

人間は、生まれ育った環境、教育によって、それぞれ違うのだという事を認識し、国や学歴、ましてや民族や、肌の色で決して区別してはいけない。

天動説的な考え方にならないように、意識しなければならない。

意見が違っていても、相手の事を尊重して、お互いを理解し合えるように、努力しなければいけないと信じています。







3日ほど前、1年ぶりで友人と会い、楽しいお酒を飲みました。


翌日、お礼の電話を入れると「よく飲んだねぇ。あなた1人で、8合!、8合!」

20年以上前からの付き合いで、会うたびに、飲んではいたのですが。

多分、300ミリの冷酒を4本ですから、6合ちょっとだとは思いますが・・・。

それでも、ここ20年以上そんなに飲んだことはありませんでした。

私は、30歳を超える頃までは、月に1度位、しかも量もそんなに飲まなかったのです。


飲み方が変わったのは、真冬のロシア(当時は、ペレストロイカの直前の、未だソ連)に、訪ソ団の一員として、2週間滞在し、毎日昼食と夕食は、各訪問先での宴会を経験してからです。

ソ連の接待側は、たった1回だけ。

私達は、昼と夜、休みが1回も無く、2週間宴会・・・。

ある企業では、外は、零下20度、訪問先の企業長(社長さん)が、ノルディックスキーのスポーツマスターとかで、全く経験の無い私たちを、5キロ林の中を走らせ、その後サウナ。

ヨレヨレの状態で、宴会開始。熊のように大柄な人たちが、今日ばかりは、思いっきり飲んで楽しんでもらおうと、ウォッカでの乾杯。ショットグラスなのですが、乾杯毎に飲み干すのです。

あんなに飲んだことはありません。

酔いを醒まそうと、抜け出して外へ。「全然寒くない!」勿論、連れ戻していただいたのですが、あのままでは、死ぬところでした。

ちなみに、本来、零下20度の外では、息をするたびに、鼻の中が痛いのです。まつげも凍ります。そこに、酔って防寒具も無しで出ていたのですから、通りすがりの方も直ぐわかりますよね。

しかも、その日は、宴会が終わってから、夜行寝台列車で、エストニア共和国(当時は未だソ連に所属していたバルト三国の一つ)の首都であるタリンに行く予定でした。

駅まで約3時間位のバスでの記憶は、全くありません。

駅に着き、列車に乗ると、同行しているソ連の国際局の人(お目付け役)が出してきたのが、アルメニアコニャックと小ぶりなりんご、それにハム。

『うっそ~ぉ!』本当に、そう思いました。

タリンに着き、何箇所か訪問し、ホテルにやっと到着。

30分後に集合し、バスで会食会場へ行くとの事。

バスは走ります。延々と果てしなく続く、真直ぐな真冬の道を、100キロ程のスピードで。

時々バスのお尻がスゥッーと横滑りするのを感じます。

また、運転手が、時々止まって、新聞紙を丸めて降りて行きます。

不安になり、通訳の人に聞くと、「大丈夫です。慣れているので。あれはエアブレーキが凍って、利かなくなってきたので、新聞紙を燃やして暖めているんです。」 「・・・・・。」しかも、勿論タイヤはノーマルタイヤ!

2時間以上走り、16世紀頃の武器庫を、改造したと言うレストランに着き、副大臣を筆頭とするお偉いさんと会食。日本で言えば、東京から長野県の上諏訪まで、食事だけのために行って帰ってくるのです。

大陸と島国とは、こんなにも感覚が違うのか、と考えさせられました。

昼間の、お偉いさんとのフォーマルな会食の時にも、食事とは別の席が、そばに用意されているのですが、コーヒーカップがセットされている横に、日本のぐい飲みくらいのグラスがセットされていました。

『水用では、ないよなぁ』と思っていたら、案の定、アルメニアコニャック。食後酒なんですねぇ。

このままでは、横道に逸れっぱなしで、何処に行くのか判らなくなってきましたので、この辺にして、

とにかく、胃痙攣になった人が1人出ただけで、無事(?)帰国したのですが、私は、『俺は飲めるのだ!』と判ってしまったのです。

父は、全くの下戸で飲めません。

従って、生まれてこの方、晩酌などという習慣は全くありませんでしたので、基本的に、今でも自宅にお酒類はありません。

もっぱら「飲みにケーション」に力を入れてきました。何せ『飲める=カッコ良い』と30過ぎになってから、思い込んでしまったのですから。


しかし、東日本大震災の時に仕事で仙台にいて被災して、仕事先の社長さんの付合いで約2ヶ月間、毎日お酒の付合いをした後、殆ど全く飲まなくなりました。いや、飲みたくなくなったのです。

年齢のせいかも知れません。

この話も始めると、止まらなくなりますので、何時か書くとして。


妻は私の事を「アルコール依存症」だと確信していたようですが、そうではなかったのです。

ここ半年は、1ヵ月間、1滴も飲まないこともあります。

私の場合、晩酌の習慣が元々ありませんから、飲まなければ飲まないで済むのです。

その代わり、飲んだら食べません。食べたら、おなかが一杯になるので食べません。

体に悪いから、と言われても、食べながら飲むと言うことが、どうしても出来ないのです。


そんな私が、3日前に7合弱飲んだのです。

『危ない!』私の心が叫んでいます!




今日も、すがすがしい天気ですね(東京)。


私が、仕事柄いつも気をつけていること。

それは自分勝手にならないことです

なるべく簡単な言葉、誰にでも分かるような言い回しをする努力をすることです。

これがなかなか難しいのです。「能力があることを見せたい」という心もありますが、一番の問題は、「他人に伝えたいことは、自分が本当に深く理解して、自分のものにしていないと、簡単な言葉で表現することは出来ない」ということなのです。

私の例で恐縮ですが、講演をしていて、ついつい専門用語を多用してしまうことがあります。

後で反省するのですが、聞き手の方が分からない用語を使ってしまったら、意味が無いのです。後で、自分が本当に深く理解しているのか自問自答して見ると、理解が出来ていないが故に、専門用語で逃げてしまっている事に気づくのです。