ICUで目覚めた私。


なぜか話せませんでした。


声を出せなかったんです。


ICUなので、常に看護師さんが近くに居てくれて、頻繁に声をかけに来てくれました。


看護師さんとは、首を動かしたり、看護師さんの手に筆談したりして会話しました。





熱があったようで、氷枕をしてもらったり、脇の下に氷を挟んでもらったりしました。


その日はそのまま夜が来て、1日が終わりました。





次の日、喋れなかった理由が分かりました。

私には人工呼吸器が取り付けられ、喉の奥までチューブが入っていたので喋れませんでした。


これを抜くのかしんどかったです😱


オエ〜ってなるんですもん💦


抜いた後はすぐに話せますが、喉が痛くてしゃがれた声しか出ませんでした。


鼻にもチューブささってましたが、鼻は大したことなかったです。





この日は、旦那さんと母が面会に来ました。


大学病院に来る前、産院で赤ちゃんの様子も見てきてくれました。


旦那さんは、私が緊急手術になり、手術中に私の代わりに何枚も何枚も手術を行う上での同意書にサインをしていたそうです。


「やらなきゃ助からないんだから、とにかくサインした!」

と、言っていました。


手術は4〜5時間かかり、旦那さんは明け方なんとか家に帰ったそうです。






この日、産院に置いてきてしまった私のメガネ届き、周りがよく見えるようになって安心しました👓




大学病院へは、産院の救急車で行くことになりました。


私をストレッチャーに乗せ、飛び出した子宮をお医者さん(助産師さんか看護師さんだったかもしれません。)がおさえながら私の上にまたがり、さらに横には点滴を持った看護師さんが。


ストレッチャーは救急車に向かって移動開始。


みなさん走って移動してくれました。






赤ちゃんを産院に残し、旦那も救急車に乗り込みました。


大学病院へはすでに連絡していたようで、すぐに発車。


旦那さんに後から聞いたことですが、救急車にのってから、お医者さんが大学病院に連絡しようとしたところ、産院チームの皆さんはケータイを誰も持っていなくて、旦那さんのスマホを使って連絡したそうです。


ケータイ忘れちゃうくらい焦っていたんですね💦






救急車の中でも、助産師さんがずっと励ましてくれていました。


私はこの間も、なんとか意識はありました。


お医者さん達の切羽詰まった感も感じていたのですが、ケータイのやり取りは知らなかったので、意識は薄れていたのかもしれません。






大学病院に着くと、ここで私にまたがっていたお医者さん?が降り、すぐに手術室に入りました。






中にはもう手術着の先生たちがいて、

「麻酔が効いて、すぐに眠くなります。」

と言われました。


私は薄れゆく意識の中で、

「子宮はもとに戻りますか?」

と聞きました。


「できる限り元に戻します。」

と言われました。


「あぁ良かった。」

と思ったと同時くらいに眠ってしまいました。






私が目覚めたのは、翌日の午前中だったと思います。


ICUのベッドに寝かされていました。







※今回は、出血やお医者さんの処置の話など具体的に

  書いていきたいと思います。

  苦手な方はとばしてくださいね💦






無事出産。


赤ちゃんはいたって元気。


でも、母親から胎盤がなかなか出てこないらしい。


普通5分くらいで出てくるらしいが、待てど暮らせど出てこない。


出血もあったようで、お医者さんも助産しさんも焦り始めていた。






何分くらい経ってからかは分からないけれど、私は突然いきみたくなった。


「いきみたい!」

と、分娩台の上で叫んだ。


赤ちゃんを産み落とすときよりも、はるかに強い


「出る!」


という衝動。


「衝動」というのが合ってるか分からないけれど、上手く説明できないが、とにかくいきまずにはいられなかった。


ついさっき赤ちゃんを産んだ何倍もいきんだ気がした。






そのいきみは、胎盤だけでなく子宮まで一緒に体外に押し出してしまった。


「子宮内反症」


というものだった。




https://www.jaog.or.jp/note/3%E5%AD%90%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%8F%8D%E7%97%87%EF%BC%88uterine-inversion%EF%BC%89/#:~:text=%E3%83%BB%E5%AD%90%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%8F%8D%E3%81%A8%E3%81%AF,%E8%87%8D%E5%B8%AF%E5%B7%BB%E7%B5%A1%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B. 




とにかく出血がひどく、お医者さんも助産師さんも大慌て。

脈はどんどん落ちていき、上が50くらいになった。

もともと血管が取りにくい私が、血圧がさがってさらに点滴が打ちづらくなっていた。

助産師さん?看護師さん?が何度も肘の裏の部分で試してみるが刺さらず、お医者さんから、
「まだ刺さらないのか!?」
と、怒号が。

結局、手の甲に点滴が刺された。





その間も出血は続く。

止血を試みるが止まらない。

子宮を元に戻そうとするが、それもできない。

周りの焦り具合を見て、1月から始まった「テセウスの船」を思い出した。

第1話で、上野樹里さんが赤ちゃんを出産と同時に亡くなるシーンがあった。

「自分もそうなるのかな。」と思った。

と同時に、
「こんなことが考えられるなんて、自分は意外と冷静だな。」
とも思った。

後で聞いてみると、旦那さんにも同じことを思ったらしい。

そして、
「これから子どもと2人でどうやって生きていこう。」
と、本気で考えたそうだ。

旦那さんは分娩室で一部始終を見ていた。

お医者さん達の慌てっぷりや、凄まじい状態の私を見て、本当にだめかもしれないと感じたらしい。





私はずっと意識はある。

お医者さん達の会話もはっきり聞こえる。

でも、目を開けているのがだんだんしんどくなり、目をつむった。

お医者さんから、
「大丈夫?目を開けて!」
と、すごい勢いで言われた。

お医者さんは、私が意識を失ったと思ったようだ。

なんとか目を開けた。

お医者さん達も、
「良かった。」
と言っていた。




私は、産院から大学病院へ緊急搬送されることになった。

それからは、ぐんぐん進んでいく。


助産師さんの声に合わせていきむ。


何回か繰り返す。




「頭が見えてきたよ!頑張って!」




22時30分過ぎ。


元気な男の子を出産した。


泣き声も聞こえた。


すぐに顔も見せてもらった。




「やった。生まれたんだ。

元気でよかった。」


心からそう思った。


旦那さんの顔も見た気がする。


ほっとした。

 



おまたを縫われてる感覚はあったけれど、不思議と痛くはなかった。


これが痛いと聞いていたので覚悟はしていたが、嬉しさが勝っていたのかもしれない。




でも、ほっとできたのも一瞬だけだった。

最強の陣痛の痛みに耐え続けること3時間。

痛みの割に子宮口が開かないらしい。

なかなか進まないことに助産師さんも困り気味えーん



「これ以上子宮口が開かなければ、今日は産むのをやめて明日にしましょう。」

まさかの助産師さんの言葉💨

どうやら、今日は寝て体力温存し、明日の出産に全力で望む作戦らしいが、この痛みで寝れる気はしないし、明日まで耐えられる気もしなかったガーン



そんな思いが通じたのか、子宮口が少し開いたらしく、
「練習で分娩台に上がってみましょうか💡
それで産まれたら産まれたでよいじゃない!」
と、助産師さんからのまさかの提案。

これは産めるかもしれないと喜んだのもつかの間、20m先の分娩室までは徒歩移動だというではありませんか💨

「今の状態で歩ける気がしない。
分娩室までなんて絶対に無理だ!」

心の中で思いました。



でもベテラン助産師さん、そこは容赦なし。

「次の陣痛が収まったら移動しましょう。」 

痛みが止まったタイミングで移動が開始された💦

これが多分22時頃のこと。



歩けないと思っていたけれど、不思議と歩けた。

分娩台にのぼれた。

辛かったけど、
「これで産めるかもしれない」
という気持ちが強かったからかもしれない。



分娩台にのぼってからは、あれよあれよという間にお産が進んで子宮口も開き、急遽本当に出産することになった✨

時間をかけすぎて、だんだん記憶が薄れていきそうなので、頑張って思い出しながら書きたいと思います!




だんだん陣痛が強くなり、熱を測ってみると38°後半。


破水もしていたので、細菌に感染?している可能性があり、それで発熱しているかもとのことでした。


このまま熱が下がらず、何かの(何の数値かわすれてしまいましたガーン)数値が下がらなければ、緊急帝王切開になるかもしれないので、その同意書にサインをするように説明がありました。


完全に陣痛にビビっていた私は、「もう帝王切開してくれ〜」と、付き添っていた母に話しました。


その後、薬を飲んだか点滴から注入されたかは忘れましたが、熱は微熱まで下がり、何かの数値は落ち着き、帝王切開は見送られることになりました。


たぶんここで、18時くらいだったと思います。




だんだん陣痛の痛みは強くなり、私は声を出さずにはいられない状態に💨


助産師さんが気を利かせてくれて、もう1つの誰もいない陣痛室に移ることになりました。


その時はまだ歩けていたので、陣痛室に入る前にトイレに行くことができました。


19時頃、20時からはセキュリティの関係で病院の出入りが出来なくなり、付き添いが1人までということで、母は帰ることになり、旦那さんが急いで夜食を買ってきて交代しました。


もうその頃には、喋るのもイヤになるほど痛かったですえーん




何分間隔で陣痛が来ているのか自分では全くわからず、ただただ次に来る痛みに恐怖するばかりでした。


でも、「この痛みは、絶対に終わりが来るんだ!頑張れ自分!!」って、自分で自分をめちゃめちゃ励ましていました。


助産師さんも、もう何時間も付きっきりで支えてくださり、本当に心強かったです🙏


旦那さんはモニターを冷静に分析し、陣痛が来るタイミングで「来るよ、来るよ!」と教えてくるのですが、もちろんそんな言葉に反応できる訳もなくガン無視しました。


他にも、旦那さんなりに少しでもリラックスさせようと笑わせるようなことを言ってきたのですが、私は全く笑う余裕などなく、全てを流しました。

陣痛室はカーテンで区切られて居たので、何床ベッドがあるかは分かりませんでした。

区切られた広さはベッドの横に1人やっと座れるくらいで、モニターや点滴を置くと、もうぎゅうぎゅうな感じでした。


私が入った時にはもう陣痛が来ている方がいらっしゃって、

「痛い痛いえーん

という声と、奥さんを励ます旦那さんの声。


本当に私もあんなに痛くなるのだろうかと思うほど、まだまだ痛みはなく、ただ横になってるだけで付き添いの母と雑談をしながら過ごしていました。




歩けるなら歩いたほうがよいと言われ、散歩がてら病院内を歩き回りました。


ガラス張りの新生児室には生まれたばかりの赤ちゃんがたくさん✨


何時間後には私の赤ちゃんもここに並ぶのかと思うと、

「いよいよ生まれるのか」と言うワクワクと嬉しさが込み上げてきました照れ




旦那さんにも連絡をし、早ければ夕方生まれるかもしれないと伝えました。


今日、入院の可能性もあると伝えていたので、確か旦那さんは昼過ぎには病院に来てくれたと思います。




ただ、そこまでに色々ありました💦


つづく・・・。

2020年2月3日

8時からの診察のため、7時半には家を出発。

昨日のこともあり、そのまま入院になっても良いように荷物を持ち、母と一緒に病院へ病院


旦那さんはいつも通りに出勤。

私は何となくそのまま入院するような気がしていたので、仕事中もできるだけ連絡が取れるように伝えました。




病院に着くと、いつものように採尿&体重測定!

そして、NSTをしたと思います。

それから診察へ・・・。


「昨日の夜、受診したんだね。」

なんて、お医者さんが話しながら診察が始まると、すぐに、

「子宮口が少し開いてるね!

破水もしてるか確認してみよう!」

と昨日使った試験紙のような物を使っていました。

すると、

「破水もしてるし、このまま入院しよう!」

ということになりました。



この時はまだ、

「いよいよ産まれるんだ爆笑

楽しみだな、早く会いたいなラブラブ

という気持ちでいっぱだったと思います。




それから私は、陣痛室(確かこんな名前だったような)で本格的な陣痛が来るまで待つことになりました。

出産記録ですが、だいぶ時間が空いてしまいましたタラー

自分の記録としても、少しずつ思い出しながら書いていこうと思います。




2020年2月2日

その日も日課の犬の散歩を旦那さんとして、シャワーを浴びて、ご飯を食べました。

すると20時過ぎ、何だか尿もれのような感覚がありましたガーン


翌日に朝イチで受信の予約をしていたので、
「まぁ大丈夫でしょう!」

と、軽い気持ちで居たのですが、やっぱり何だか漏れている感じがして、時間が経つにつれて不安になり、病院へ行くことになりました病院





病院では、すぐに試験紙のようなもので確認をされました。
「破水したように感じるかもしれないけど、紙の色も変わらなかったから、これは破水ではないよ!
子宮口も開いていないから、今日は帰ってか大丈夫!」

と言われました。(確か、こんなニュアンスだっと思います!)




旦那さんと、とりあえず良かったねと言いながら、その日は帰って寝ましたショボーン

2019年 12月
職場全体に報告してからは、たくさんご配慮いただきまして、大きなトラブルもなく産休までたどり着きました星

赤ちゃんもすこぶる元気で、すくすく成長しました!
7ヶ月まではずっと逆子でしたが、急にクルッと向きを変えて、普通分娩ができるようになりました音符



2020年 1月
オリンピックイヤー突入💨
予定日の28日になっても、出てくる気配なし!

補助券もなくなり、3日おきの検診は全額負担!
NST+診察で、毎回8,000円ガーン
不妊治療してたときは、金銭感覚がおかしくなっちゃっていたので、

「今日の会計8,000円、安いキラキラ

と思っていたけれど、毎回何百円かの妊婦検診に慣れてしまうと、この出費は高額に感じてしまいましたガーン



さて、予定日も過ぎたことで、どうせなら覚えやすい2月1・2・3日あたりに産まれたらいいかな、なぁんてのんびり構えていると、その日はやって来ました・・・。